ドリーム・キャッスル
「お願いします……」
別に赤い壁が嫌なわけじゃないんだけど、そうなると完璧にゴージャスになりすぎるというか、可愛いものが置けなくなると思うんだよ。
でもこの日、僕たちのお城の壁は赤に決まった。美波に言わせれば、情熱的で大人チックで、上品なゴージャスらしい。
6
僕たちのお城造りに大活躍したのはおしゃれな家具を取り扱ったカタログだった。僕たちはとにかくそれを読み漁って、有力な家具を探したの。壁が赤に決まった時点で僕はもう完全に吹っ切れていたから、かんっぺきなゴージャスを求めてカタログを物色した。
僕が選んだ家具は40万円の食器棚、10万円の小型テーブル、120万円の大型液晶テレビ、20万円のブルーレイデッキ、30万円のパソコンだった。しめて210万円。家具じゃないものも違うカタログから選んでやったわ。
美波がカタログから選んだ家具は80万円の化粧棚、10万円のダイニングテーブル、15万円の全身鏡、5万円のクッションセット、7万円のTセット、3万円の枕、20万円の羽根布団、5万円の毛布、3万円のタオルセットだった。しめて76万円。
これで今ある美波の家財道具と合わせると最低限の贅沢品が揃ったわけなんだけど、ざっと計算してもまだ718万円2000円だった。まだ2千82万8000円が残る。
大体のお城が完成して、2年先の家賃を保証されている。それでなお2000万円も残っている。このはじき出された残りの大金に、僕たちは今までで一番驚いた。
何年か先までの食費や光熱費を計算しても、まだまだ余る。宝くじの力は偉大だった。
カタログの注文品を1週間後にお城に送ってもらう契約を交わし、僕たちはしばしの休息を取ることにした。なんせトイレに入ってる時までカタログを読んでいたから、すっかり2人ともクタクタの家具マニアになっていた。
「すごい生活が待ってるね……」僕は美波が淹れてくれた紅茶を味わいながら言った。「本当に貴族みたいな生活になると思うよ?」
「ああ、ダメ……。ちょっと考えるだけでヨダレが出ちゃう」美波は苦笑。
「せめてそこは鳥肌にしといてよ」でも、僕も鳥肌ものだ。「僕は、今いる家からお気に入りの道具たちを持って引っ越しするでしょ?」
「私はここにある必要な道具を持って引っ越す」美波はティーカップを持ったまま立ち上がった。「それで終わり。引っ越しが終わっちゃえば、王宮の暮らしが私たちを待ってるよ!」
「どれくらい暮らせるのかなぁ?」
「私たちがケンカでもしない限り、ずっとよ」美波はキッチンにあるテーブルに移動した。これは彼女の癖ね。「家賃は16万だから、半分に割って1人8万円。これなら、仕事さえしてればどうにでもなるでしょう?」
確かにそうだった。宝くじの奇跡によって鬼のように物件を探した僕たちは、かなり好条件でいい物件を見つけた。まずはそれがラッキーだったと思う。あのぐらいのパワーがないと、山のようにある無数の物件から2、3個しかない最高の物件を見つけることは不可能だと思う。
でも、ここで気になるのは美波の夢だ――。歌手になりたい美波は、果たしてこれからをどう考えているのだろう。僕はそれをきいてみた。
「いずれどこかに就職するけど、夢はあきらめないよ」
それが美波の答えだった。
「うん。それがいいと思う」
夢をあきらめた僕に、ここで思いもよらなかったことが起こる。
「僕も、もう一度受けてみるわ」
現実という眼の前の障害がなくなった今、僕はもう一度夢を見るチャンスを手に入れたのだ。
「家にパソコンが来たら、いつでもオーディション情報がチェックできるね」
その通りだ。
「これで歌手になる夢まで叶ったら、もう死んでいいよ」
歌手になった後についてくるかもわからないことは、買い物帰りに拾ったひょんな 奇跡によって現実化した。後は歌を歌って生きていけたら、もう、最高だ。これ以上の言葉が見つからない。
「これで2人ともデビューできたら、カノウ姉妹だね」
「それなんか違う……」
7
あれから7日後、ついに全ての終了報告が告げられた。あとは引っ越しを済ませるだけ、それで僕たちは新しい生活を開始できる。
僕は沖縄から上京してきた時のままだった1人暮らしにさよならして、この日から新たに自立する。美波と二人、家族から離れて僕たちだけの生活だ。不便なことは増えるだろうけど、その代わりに完全な自由が手に入る。もう1人孤独な時間を気にすることもない、自由なんだ。
とか思って感動してたんだけど、その自由の前に立ちはだかる引っ越しがつらかった――。
「あ、それそっと運んでください。ごめんなさい、割れ物って書くの忘れちゃった」
「あ、はーい」
引っ越し業者をこき使って、僕は高みの見学。でも、これが意外と大変だった。
積み込み作業はさすがにスムーズにいった。業者さん達とは現地で待ち合わせて、僕は電車に乗る。美波は美波が雇った業者と昨日の時点で引っ越しを終えている。後は僕だけだった。
電車に揺られること約2時間。僕はようやく新天地にたどり着く。駅前でタクシーを捕まえて、そのままお城へと向かった。
タクシーの中で美波に電話してみると、昨日一晩お城に泊まって、今日の朝マンションに帰ったらしい。鍵は僕も1つ持っている。問題はなかった。
部屋の中に入ると、そこは本当に貴族のお家のようだった。ゴージャスすぎるというか、業者さんたちのリアクションが怖いくらい。
部屋の中は電気も取り付けられていない。美波はどうやって一晩ここにいたんだろう。
窓にはブラインドとカーテンが取り付けられていたので、それを全開に開けた。光が差し込んだ部屋の中は異常にゴージャスに見える。テレビドラマなんかに出てくる部屋それ以上の迫力だった。
部屋で待つこと40分。引っ越し業者さんたちは意外と遅かった。親分みたいな人が、1人で部屋に訪ねてきて、場所の確認を私とする。そこで大体のポジションを取り決めて、実際に運んできてもらった。
いざ運び作業が始まるとこれが大変。当たり前だけど、ドアは開けっぱなし。2つあるエレベーターのうち、1つは家の引っ越し作業が占領。隣人さんたちは物珍しそうに見学に来る。中を覗かれるのが本当に恥ずかしかった。
あと心配なのは、やっぱり引っ越し業者さんのお仕事ね。「ばかやろ~」とか言って怒られてる子がいたのよ。その子は私よりも若い子で、多分アルバイトでちょっと小遣い稼ぎにって感じなんだと思うけど、怒鳴り声を聞くとね「壁に傷つけたのかな?」とか思っていちいちドキドキしちゃうの。実際に「気を付けろ」とかそういう類の声が多かったからもう冷や冷やもん。でも、最終的には綺麗なまま終わってくれた。
「ありがとうございます~、いま紅茶淹れますから」僕はそう言って慣れないキッチンへと走る。
「あ、次の仕事があるんで、お構いなく~」引っ越し屋さんがそう言ったから、僕は薬缶(やかん)をその場に置いてリビングに戻る。引っ越し屋さんはてきぱきとしてくれていた。「あ、え~っとですね、ここに、簡単なサインをお願いします」
作品名:ドリーム・キャッスル 作家名:タンポポ