ドリーム・キャッスル
渡された紙は保証書みたいな内容で、こっちが○と✕で記入するようになっていた。もちろん完全な仕事をしてくれたので、私は全ての欄に花丸をプレゼントした。
「ありがとうございます」引っ越し屋さんは満面の笑みだった。
「あと、これ、いつ渡したらいいのかわからなくて……」僕はご祝儀袋を親分っぽい人に手渡した。「煙草銭にでもしてください」
ご祝儀を渡すことは美波と相談して決まっていたけど、いざ出す時が来たら何て言って渡せばいいのかわからなかった。「あの、これ、ご祝儀です」これがギリギリまで有力候補だったんだけど、なんかストレートすぎると思ったから、アドリブを効かせてみました。まさか私みたいな若造からご祝儀袋が登場するとは思わなかっただろう。
僕はその後のリアクションを想像しながらそう言った。袋の中には10万円。奮発に奮発して決めた金額。こんなに嬉しい瞬間はもうこの先にはないだろうから、清水の高台から飛び降りる覚悟で10万円入れたの。ああ、できれば飛び上がって喜ぶ姿を見たかった。まあ、焼肉でも食べてくださいな。
業者さんたちが去った後は、もうどこから湧いた力なのかは知らないけど、僕は家政婦ばりに動いた。美波に電話して、空き家に置いてあった電気を天井に取り付ける。大きい電気が4個あったから、それぞれの場所を電話の美波と相談して取り付ける。
次は食器棚。ダンボールに詰まっていた食器を全部食器棚に移す。これには2時間もかかった。それが終わった後は相棒に電話して愚痴。
「あんたも来なさいよ~」
「え~? い~ま~か~ら~?」
「ぜ~んぶ僕がやることになるじゃ~ん」
行けたら行く。美波はそんな謎の言葉を残して電話を切った。僕はぶたれながらも次の作業。だいたいはもう部屋ができてるんだけど、細かい作業が全然まだだったの。調理道具とか、その辺もまだキッチンの戸棚にしまってあるだけ。僕はそういう細かい作業に専念した。
全ての作業が終わったのは夜の11時。僕は汗だくのシャツを脱衣所に脱ぎ捨てて風呂場に飛び込んだ。
お風呂場だけは何か落ち着く。トイレもゴージャスに改造されてたけど、ここだけは前に来た時よりもシャワーがちょこっとゴージャスに変わってただけで、室内はここを選んだ時のまんまだ。
お風呂で僕から出た声はこの家には相応(ふさわ)しくなかった。
ポワワワ~ンって、そんな音が聞こえた気がした。ここのインターホンは少し変わった音がする。ちょうど低い音のトライアングルが響くような感じ? 僕は美波かな?と思いながら、そのままシカトした。
お風呂を出る時「あっはっは」て笑い声がしたから、そこで私は完全に美波の存在を確認したことになる。超適当だけどね、もう片付けで完全燃焼してまして、あ、いるのかな? 程度からその後に頭が発展していかなかったんです。
「来たの~?」僕は風呂のアコーディオンカーテンから叫ぶ。
「うっわ、ふふ超ゴージャスじゃな~い?」
帰ってきたのはすっごいハイな声だった。
8
オシャレなソファに座る。新品のソファは社長にでもなったって錯覚をくれる。僕たちを挟むように置かれているガラスの小テーブルは超がつくくらいゴージャス。その上にある2つのジュースがミスマッチだった。僕は早速パジャマ。美波はもうちょっとしゃべってからお風呂に入るらしい。
「あ~……、何か変な感じ……」僕はインスピレーションでしゃべる。
「ねえ~」多分美波もそうだろう。ここまで来たら通じ合うものがなきゃ変だ。「なんか、ここまでトントンで来たよね?」
「うん、あり得ない」僕は部屋の中を見回す。「ありえないでしょう?」
なんだか笑いがこみ上げてきた。ここを地元の友達が見たら何て言うだろうか? うちらの家族が見たら何て言うだろうか? 想像できるのが怖い。
「今月いっぱいであっちのマンションとはバイバイ」美波はさっきから窓のあたりばかりを見ていた。「あと1週間くらいあるけど、私は来月まではあっちにいる。だから月曜は理々杏の貸し切りだよ」
美波はおかしそうにそう言った。貸切という言葉は何だかわかる気がする。
「なんで? 別にもう出ても構わないんでしょ?」
「うん、でもぉ、…あっちのマンションは…、うちの親が用意してくれたマンションだから美波は僕を見る。「やっぱり、最後まで居たいじゃん」
「そだね」僕は納得した。
美波はその後、またすぐに窓の辺りに視線を戻す。そして、そこを指さした。
「ここ、私の言った通りじゃない?」
「ああ~……、そう~…ね」
「全く一緒なんですけど~!」美波はま~だテンションが高い。「超カッコイイ~!」
窓のところは、何て言うのかな、お姫様カーテンといえばいいの? あの、お姫様のベッドに屋根があって、そこに垂れてるアルファベットのPの文字を向き合わせたようなカーテンがあるの。色はグリーンと黒と、後なんかごちゃごちゃと細かい色が入った柄ね。このカーテンはかなりかっこいいと思った。
「これどこで買ったの?」僕は今更それをきく。今更は他にもいっぱいある。「カタログ?」
「違う、自分で見つけた」美波は興奮して当たり前のことを言う。でも、突っ込まなかった。「新宿、超レア商品だって。あのね、コマ劇場のそばに4階建てのそんなに大きくないビルがあったの。そこをフラフラ~って歩いてたら、そのビルに何かオシャレな格好した子たちがいっぱい入ってったのよ。それで~、あ、何かな~? とか思って私もフラフラ~っと入ってみたら」
「あったんだ?」
「うん、あった」頷いたんだけど、美波の話は終わらなかった。テレビが見たいのに……。「んでねぇ? そこは何か、デパートじゃないんだけど、洋服の生地とかぁ、あの、洋服を仕立てる時に着てる人形があるじゃん?」
「マネキン?」
「そうそう、そういうのを売ってるビルだったの」美波は一口ジュースを飲んだ。まだ止まらないらしい。「基本的にはそういう専門道具を売ってるところだったんだけどぉ、4階から3階に行ったら、枕とか、なんかそういう小さいものとかが売ってて、これがあったの」
「いくらだった?」僕はこれをちょこっと聞きたかっただけなんです。「結構したんでしょう?」
「激安!」
「いくら?」
「10万円」
「へえ、うそ……」
微妙すぎてリアクションが取れなかったわよ。だって僕の実家にあるカーテン2万だし。
「あの電気は?」僕はリビングの電気を指さす。「いくら?」
もうどこで買ったのかはきかなかった。
「15万え~ん」美波は可愛くそう言って、すぐに真顔でこういう。「違うの、聞いて、これも激安だったの」
「定価は?」
「18万円」
「へ~」
微妙だっつうの。へ~とか言っちゃったわよ。その差額は別にいいとして、でも、この電気は本当に激安。見た目は30万って言っても通用すると思う。僕はそのぐらいしたもんだと思ってたから。シャンデリアですからね、15万は格安でしょう。
「あ、ねえ、挨拶とかはどうする?」
「挨拶?」
挨拶って聞いてすぐにわかったけど、考えてもみなかった。そういえば、隣人への挨拶なんていう習慣があったんだっけ。
「挨拶って、何すんの?」僕はとりあえずそれをきく。
作品名:ドリーム・キャッスル 作家名:タンポポ