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恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―

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「なに、祐希を犬だと思ってんの、ふざけんな」与田祐希は鼻筋に皺を作って可愛らしく笑った。「も、食べてい?」
「いいよ。あ、そうだよ」風秋夕は思い出したかのように笑顔を浮かべる。「乃木坂入って初期の与田ちゃんさあ、シェットランド・ポニー飼いたがってたじゃん? あれ、シェットランド、て国のポニーだからそういう名前なんだけどさ、昔イナッチの実家で飼ってたジャッキーも、実はシェットランド・シープ・ドッグていう犬種なんだよ。シェルティーって略すんだけどさ」
「え、シェトランド・ポニー飼いたかった。でも事務所にダメって言われた」与田祐希はほっぺたに苺を詰め込んで微笑んだ。「あそうなんや~……。イナッチの犬も、シェトランド、ていうんだ~」
「がっはっは、馬鹿言うなってかあ?」
 与田祐希と風秋夕は、咄嗟に与田祐希の右隣りに座る磯野波平の大声に気を向けた。彼は大盛り上がりでしゃべっている。
 風秋夕は苦笑する。「こいつは、不景気とか関係なく人生楽しめる人種だよな」
 与田祐希は、磯野波平の方を一瞥して可笑しそうに笑う。
「何がそんなに面白いんだろ、ちょと聞いてみよっか?」
 風秋夕は眉間を顰めて苦笑した。「耳が腐るよ与田ちゃん」
「がっはっはあ、だからそこは弁当がめんたいのり弁だから、おかずは白身のフライだろうが最高なんじゃねえかそれがあ、があっはっは。だ、でもだから、食おうとしても食えねえわけよ、だってよ、箸が入ってねんだもんふざっけてるよな? だあら俺は弁当屋戻って言ったんだよ、箸がねえから食えねえだろ、てったら、ババアの店員が私に言われても~、みたいな、な? そんな感じでよう、お客さんが自分でお箸を抜き取っていってもらうシステムでこちらもやらせてもらってるので~……、てよう! 知るかんなもん! て俺は思ったんだよ!」
 与田祐希は、恐る恐る、風秋夕に振り返る。
「え……。波平君…、誰に話しとると?」
「ん?」
風秋夕は、大興奮でしゃべっている磯野波平の右隣りに座る、向井葉月を見つめた。彼女は今、姫野あたる達と会話をしていた。
 結果、磯野波平は1人でしゃべっている。
「ね?」与田祐希は弱い笑みで言った。「独り言なん? これ……」
「ええ~‼‼ 嘘だろきキモォ‼‼」風秋夕は椅子から立ち上がって、大袈裟に磯野波平に驚愕する。「えええ~~‼‼ 波平ぇ、あんた今誰としゃべってんのう~‼?」
「あ?」磯野波平は迷惑そうに振り返った。「ただの思い出し笑いだろうが……」
「えー独り言のクオリティー超えちゃってるぜお前それぇ‼‼」風秋夕は嫌そうに磯野波平を見ながら大興奮する。「えーそうなのこわっ‼‼ 恐いよもう‼‼ すっごいもう、会話のリアリティーだったけどうっわキモ‼‼ 怖すぎだろ独り言なら‼‼ 世界が滅んでも一人で楽しめる奴かよあんたすげえな‼‼」
「ああぁ? うっせえ奴だな……」
 磯野波平は、目薬であるウェルウォッシュアイを両眼に点眼し、涙目で、改めて向井葉月にはなしかける。
「はづちゃん夕のクソ野郎が俺を馬鹿にしていじめんだぜ~? 泣いてない俺? な、泣いてんべ? ひどくね~?」
 店内にフィリップ・ベイリー&フィル・コリンズの『イージー・ラバー』がかかる。
 佐藤楓は、駅前木葉に微笑む。
「やっぱり、飛鳥さんの写真集だけあって、タイトルも素敵なんだろうな~、て事しかわからないね?」
「ええ、そうですね」駅前木葉は、流れるような仕草で、右隣りの山下美月と伊藤理々杏にも微笑んだ。「おそろく、飛鳥ちゃんさんが美の塊であることから、美の象徴たるタイトルにはなるんだと思いますが、予想して当てる、という事は、実際にそのタイトルを創る過程をへだてる事とほぼ同義ですので、やはり私達には無理ゲーというやつには変わりありませんね。とにかく、逸る気持ちを押さえつつ、楽しみに待ちます。まずは、卒業コンサートが先ですし」
「そうだね」山下美月は、そう囁いてカウンターの先を見つめた。「絶対、成功させなきゃ」
「いいものにしたいね」伊藤理々杏は微笑んだ。「飛鳥さんが安心して卒業していけるように、いっちょ、僕らでちゃんとやっていけるっていうのを、見せて安心させてあげようよ」
「その目薬どっから出したの?」向井葉月は座視で言った。
「いくちゃんのCMしてるやつだかんな、いっつも一緒だぜ」磯野波平は、爽やかな笑顔でそう言うと、ラム・コークを呑んだ。「ん………。うんぐ、ぶふうう‼‼ からっ! か~れえ、し! まずまじい‼‼ か~れえじゃねえかっ‼‼ 妖精のしわざかぁ‼‼?」
 与田祐希はくすくすと笑う。
 風秋夕は騒ぐ磯野波平から、与田祐希へと視線を移した。
 与田祐希は、風秋夕を笑顔で見つめながら、ブレアーズ・アフターデスソース・ジョロキアを持ってピースサインをしていた。

       8

 二千二十三年四月二十九日(土)――。乃木坂46三期生でありキャプテンでもある梅澤美波と、同じく3期生である岩本蓮加と、久保史緒里と、吉田綾乃クリスティーは現在、PM23時を迎える〈リリィ・アース〉のエントランスフロアに在る、東側のラウンジにて談笑していた。
 そこには乃木坂46の4期生も少数だがいる。遠藤さくらと賀喜遥香、北川悠理と柴田柚菜、清宮レイと筒井あやめ、早川聖来と林瑠奈、矢久保美緒であった。
 天上の高さが十八メートル以上もあり、百五十メートル×百五十メートル以上もある広大なフロアの東側のラウンジ、通称〈いつもの場所〉に、フィル・コリンズの『ユー・キャント・ハリー・ラブ』が流れている。
 磯野波平は、横柄な態度でソファにふんぞり返りながら、風秋夕にしけた顔を向ける。
「おいキザ……。なんかやれや」
「はい?」風秋夕は嫌そうに振り返える。「なになんかやれって……。王様ぁ?」
「せっかく乃木坂が来てくれてんだろうが、なんか楽しいウキウキ企画とかねえのか」磯野波平はでかい態度で言った。「けっ……。支配人がこれじゃあ、リリィもただのでけえ旅館だな」
「楽しくおしゃべりしてんじゃねえか、なんだよお前が話に入れてもらえねえからって」風秋夕は困った顔で磯野波平に言った。「あんたが暴走すっからみんな話に入れてくんないんでしょうが……」
「だってシカトすんだぜ!」磯野波平は泣きそうに叫んだ。
「べっつに……、シカトはしてなぁいよ」梅澤美波は苦笑した。「女子トークについてこれないだけでしょう? 波平君が……」
「だって女っぺえ話ばっかすんだもんよぉ」
「ほら……」梅澤美波は磯野波平を指差して苦笑する。「だから波平君だよ、会話に入ってこないのは……」
「なんかおもしれえ企画やれ、キザ王子」磯野波平はソファにあぐらをかいて、ふてくされた。「早くしろ……」
 風秋夕は苦笑して、溜息をついた。
「子供かよ……。しょうがねえな、じゃあ……」風秋夕は東側のラウンジを見回す。「今話中じゃないのはぁ……」
「あ、私話中だから」梅澤美波は上げた手をおろして、会話に戻った。
 風秋夕は、遠藤さくらと賀喜遥香と眼が合った。
 風秋夕は微笑む。
「じゃあ、普段あんまりしない、質問大会でもしようか」
「ん?」遠藤さくらは、口を直線にして小首を傾げた。「質問?」