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恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―

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「こちとらもっと可愛らしいお揃いが欲しかったわよ!」矢久保美緒は強く言い放って苦笑する。「なんっで、ジャージなの! おっさんかよ、こっちは乃木坂46なんですけど」
「いやうちだって乃木坂だよ、待って待って、嫌だったの?」林瑠奈はソファに座り直して、矢久保美緒を見つめた。「え嫌だった?」
「お揃いのジャージで待ち合わせとかは~、ないわ~」矢久保美緒は座視で言った。
早川聖来は胸の前で両腕を揃えて、びくびくと怖がる。「え、なに……」
磯野波平は早川聖来の領域を、鼻の穴をおっぴろげて幸せそうに吸い込んでいる。
「んのおお~~、せらちゃん今日薔薇の風呂入ったろ? があっはっは!」
「やぁめろ……」風秋夕は嫌そうに言った。
「お風呂、これからやけど……」早川聖来はおどどした笑みで言った。「なんだろ、香水かな? や、かがないでぇ~……」
「あと一分!」
「今すぐやめろ!」
「いや~~」早川聖来は賀喜遥香の方に身を寄せて苦笑した。「波平君、初めて女の子見る人みたいになってる~……、いやっ、か~が~なぁいでぇ~!」
 北川悠理は笑みを浮かべそうな表情のままで、首を傾げた。
「え~?」
 稲見瓶は答え直す。
「どうやって、お金持ちになったのか。だったよね、質問は」
 北川悠理は、頷いた。
「若いのに、もう凄いな~、と思って言ったんだけど……。いま、なんて、何を言おうとしてたの?」
 稲見瓶は微笑んだ。
「金持ちかどうかは別として、お金を作る方法を説明したんだよ」
「なにぃ?」北川悠理は大きな瞬きをした。「もう一回言って」
「利己的人間像に基づいて、人々がどんなインセンティブによって行動しているかについて思考を傾けるんだ」稲見瓶は、抑揚のない声で淡々と言う。「例えば、環境問題を訴えてガソリン消費を抑えようとしても、利己的人間は単なる命令や説教では動かず、自分がどうしたい、というインセンティブが必要になる。そこで、例えばガソリン価格に適切な税金を課すなどして誘導すると、自発的にその分だけ消費を抑えようになる。つまりね、こつは利己的な人間像に焦点を当てる事なんだ」
「利己主義?」北川悠理は小首を傾げた。
「私益の最大化が最終的には社会の繁栄のための決定的要素になる、と考えれば、利己主義な思考こそ、お金を使う思考に最も理想的な環境だと言える」
 北川悠理は頷きながら稲見瓶の話に耳を清ましている。磯野波平が風秋夕に怒鳴られながら大声で何やらを叫んで暴れ回っているが、気にしない。
「心理学とか、脳神経科学なんかからアプローチしていけば、人間は、問題を早期に解決するために、高価なものの方がより質が良いだろうと推測する、ヒューリスティクスとバイアスの理論とか、直近の誘惑や目先の快楽に弱く自制心を働かせにくい、といった筝曲割引の理論などなど、限定合理性や社会性、利他性をも含んだ方法論も外せなくなる」
 北川悠理は、大きく頷いた。
「うんうん」
 稲見瓶は続ける。
「これは経験談がかなり大く反映した理屈だけど、ようするに、単なる数学的モデル分析だけじゃなく、様々な分野との関連を大きく含んだ利己的人間像こそが、お金を消化させる魔法の理論なわけだよね」
「それって、ようするに、当たり前の事言ってますよねえ……」北川悠理は、稲見瓶を見つめたままで言った。「つまり、ようするに自分はどうしたいか、て事だよね? お金を使うなら、自分はどうしたいかを、相手側になって考える、て事でしょう?」
「やっぱり、俺よりも頭が良いね」稲見瓶は嬉しそうに頷いた。「俺は、お金を稼ぐ方法として、この理論を学んだ時に、すんなりとは理解できなかった。理解し難かった部分は、徹底的に心理学なんかを学んで、ようやく、やっとで納得できたんだよ。悠理ちゃんは、本当の意味で、頭脳明晰ってやつだね」
「え、難しいこと言ってました? 今、イナッチ……」
 北川悠理はぱちぱちと不思議そうに瞬きをする。
 稲見瓶は微笑んだ。
「確かに、宇宙際タイヒミュラー理論なんかよりはずっと単純で、簡単な話しだね」
 東側のラウンジ・フロアにイブの『レッツ・ミー・ブロウ・ヤ・マインド』が流れる。
 吉田綾乃クリスティーは駅前木葉を笑顔で見つめた。
「うん、観る時はずっとかな」
 駅前木葉はまた尋ねる。
「ユーチューブ?」
「うん、そだね」吉田綾乃クリスティーははにかんだ。「じゃない時は~、エペやったりぃ……、ま、ゲームかなあ?」
「蓮加ヴァロばっか」岩本蓮加はソファに座り直して、脚を組んだ。「え、でもどぉうだろ……、アニメも、観るっちゃ、観るか……。観る時は集中して観るんだよなぁ~」
「あたしゃ舞台で全生命力をもってかれるわ」梅澤美波は笑った。「今はキングダムが全て。あでも~~、ちょっとした時間? それこそ食べ物とかぁ、楽しみの一つかな。大事にしてる、そゆ時間。ちょっとした、時間? 幸せ?」
「小さな幸せね?」久保史緒里は微笑んだ。「わっかるな~……。もう、野球ある時は、私は、んもう、野球のこっとばっか考えてるから……、そうねぇ、……小さな、幸せか。ちょっとした、ほっと一息みたいな時間は……、それこそ、今かな。今みたいな、みんなと何でもないような会話してる時とか」
「ここに来るようになってから、どんぐらいだ?」梅澤美波は皆の顔を見回す。「どんぐらい経つ?」
「三年、ぐらい?」吉田綾乃クリスティーは言った。「最初、飛鳥さんとか、一期二期の先輩方がここに来てて……。あね? でもぉ、うちらも意外とすぐ来たよね?」
「先輩方ともよくここで会えるしね」久保史緒里は、吹き出すように苦笑する。「あのさ、雑誌のインタビュー? とかぁ、テレビとかラジオとかようは、メディアよ。…でさあ、よく誰々と会うのはいつぶりですか? とか、久しぶりに会うんじゃないですか? とか聞かれるんだけど、実はここで会ったりしてる場合があるから、頭ん中でそれをはぶくのが大変な時あるのよ」
「あるね」梅澤美波は苦笑した。
「飛鳥さん来ないね……」岩本蓮加は呟いた。「実は来てんのかな?」
 梅澤美波と岩本蓮加は、風秋夕の方を一瞥した。つられて、久保史緒里と吉田綾乃クリスティーも風秋夕の方を見つめる。
 風秋夕は、ふとそのソファ・スペースにいる3期生達の視線に気がついた。
梅澤美波は、風秋夕に言う。
「ねえ、飛鳥さん、最近来てんの?」
 風秋夕は、ふっと寂しそうに口元を引き上げた。
「来てないんだ」

       9

 〈BARノギー〉の店内にエミネムft.リアーナの『ラブ・ザ・ウェイ・ユー・ライ』が雰囲気を醸し出しながら流れている。
「あれ、夕殿は確か、エミネムは苦手でござったなあ?」
 姫野あたるはカラのグラスを取れの上に集めながら風秋夕の顔を見つめた。
「はあ?」風秋夕は少し酔っぱらった調子で笑った。「じゃあルーズ・ユアセルフはどうなんだよ……。あのカッケエのを嫌いってか、そんな……」
「あれ、好きでござったか」姫野あたるはそのトレーを〈レストラン・エレベーター〉に乗せる。「そういえば、今かかっている曲もエミネムでござるな?」
「リアーナとのね、間違いねえよ」