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恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―

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綾乃美紀は、風秋夕に微笑む。「ここにはないものが偉大すぎて、ちょっと心配もあったんですけど、美月ちゃんと久保ちゃんのWセンターって、実は乃木坂を語るなら見逃せない共演ですよね。あごめんなさい、つい足止めしちゃって。行って下さい、あれ? 稲見さんは、今日はご一緒に帰られないんですか?」
三人は、稲見瓶に注目する。
「んぶっ‼‼」
稲見瓶は、スマートフォンの画面を見つめたままで、無表情で赤面しながら口からアイスコーヒーを噴き出した。
「稲見さんだいじょぶですかぁ!?」
「何よ稲見君」
「あ~あ、せっかく綾乃さんが淹れてくれたコーヒーを……。だから帰ってから調べろって言ったのに」
稲見瓶は激しくむせ返る。とぼしていた煙草が、ガラス製の大きな灰皿から転がった。
風秋夕は思い出したかのように、三人を振り返った。
「バスラ……。飛鳥ちゃんのいないバスラさ……、凄かったですね。今度は、飛鳥ちゃんが観れますよ。例え、それが最後だとしても。観たいでしょ?」

       3

 二千二十三年二月二十二日――。〈リリィ・アース〉の地下六階に存在する巨大な映画館のように広がる空間〈映写室〉に集結したのは、乃木坂46ファン同盟リーダーの風秋夕と、団員の稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉、天野川雅樂、来栖栗鼠、御輿咲希、宮間兎亜、比鐘蒼空の十名であった。
 この日は、乃木坂46の迎える11回目の誕生日である。
 仄かな照明だけに絞られた薄暗い空間には、巨大スクリーンの発するフラッシュだけが眩しく発光している。
 リクライニング・シートに腰掛けながら、風秋夕は隣に着席した稲見瓶に顔を向ける。
「イナッチ、もう11歳だってよ、乃木坂……」
 稲見瓶は薄い笑みを浮かべた。
「小5か、小6だね。あーやが少し前までそうだったみたいに、乃木坂もすぐに中学生になるよ」
 風秋夕は、巨大スクリーンの方にきりっとにやけた顔を向ける。
「それまで、俺達は見守り続けていけるかな……」
「なあお前ら、なんかイーサンが変だぜぇ?」
 二人の間に顔を突き出してそう言ったのは、磯野波平であった。
「イーサンがどした?」風秋夕は顔をしかめた。「変って、何よ?」
稲見瓶は空間に声を上げる。
「イーサン」

『あ、はあ~い。今行きま~す。ねえ、僕の事呼んだあ?』

 稲見瓶と風秋夕は空間に顔をしかめる。そう答えた声は、若く弱々しい少年の声であった。
「なあ? だから言ったろ、変だって……」磯野波平はリクライニング・シートの上に両腕をのせて、あごをその上に乗せた。「イーサンって二人いたんかあ?」
 風秋夕は空間に向かって言う。
「イーサン、いつものイーサンはどうした? お前は誰だ?」

『だ、誰って言われても……。僕は、僕で、イーサンだよ。前のお爺さんは、休暇中で、僕がその…、代わりに選ばれた、ていうか、はは、あの、はい』

 稲見瓶は眼鏡の縁を持ち上げて位置を直した。
「凄いね……、スーパーコンピューターが基本人格を入れ替えたか、何かの作業に没頭したいのか、何なのか、とにかく、執事の役目を別人格に預けたね……。休暇中とは、何を意味するんだろう……」
 風秋夕は改めて顔をしかめて、空間を睨んだ。
「んん煩わしい……。いい。じゃあイーサン、今からのその声の間、お前の名前はのび太君だ。野比のび太、ドラえもんののび太君な。言葉選別も野比のび太で学習しとけ」

『学習ね、はいはい。宿題ば~っか……。僕にだって人権はあるんだぞう!』

「さっそく学習したね」稲見瓶は微笑んだ。「これはこれは、乃木坂の11回目の誕生日に、イーサンがのび太君に生まれ変わった……」
 風秋夕は大声で皆を呼んだ。電脳執事が【イーサン】改め【野比のび太】になった事を説明した。
 御輿咲希は空中を浮かべる。巨大スクリーンからはロゴの入った白い画面に絶えず乃木坂46のインストが流れていた。
「のび太さん、あなたは、本当はイーサンなのですか?」

『う~んそういう難しい質問は困るな~、今はドラえもんもいないしぃ~……』

 稲見瓶は声を出して笑った。宮間兎亜と比鐘蒼空がそれを物珍しそうに見つめていた。
 磯野波平は顔をしかめる。
「あり? マジでのび太の声になってねえか?」
 風秋夕は磯野波平を一瞥する。
「学習してパターンを採取したんだろうな。まあ簡単に言えば、本物の声を全部記録して、あらゆる角度からでもその声で会話をできるように何億パターンも作ったんだよ」
 磯野波平は感心して、宙を見上げる。
「おうの~び太」

『ジャ、ジャイアン……』

「誰がジャイアンだこのメガネっ子野郎!」磯野波平は宙にペットボトルを投げた。
 稲見瓶は声を上げて笑う。それを物珍しそうに天野川雅樂と来栖栗鼠が見つめていた。
「あとで拾うでござるよ、波平殿」姫野あたるはそう言ってから、磯野波平の素早いげんこつを防いだ。「暴力は反対でござるよジャイアン!」
「だ、誰っがジャイアンだっつ~の!!」
「あ痛てえっ」
 風秋夕は皆を見回しながら言う。
「とにかく、今日から心機一転だな。みんな、そろそろ始まる、好きな席に着席してな。のび太君、今日からしばらくの間、よろしくな!」

『こ、こちらこそよろしく! うふふう』

 風秋夕は閃いた顔をする。
「そうだのび太君、ドラえもんとしずかちゃんとスネ夫とジャイアンの人格も、学習しておいてくれよ。名前を呼ばれた奴が電脳執事として出て来ればいい、いいか? わかるかのび太君」

『うん。こういう事でしょう? うふふふ、どうお? びっくりしたあ?』

 その声は紛れもなくドラえもんの声であった。
 風秋夕は空中に立てた親指を見せる。
「ナイスファイト。ジャイア~ン」

『あ~んだよ~』

「グッジョブ」風秋夕は微笑む。「スネ夫」

『えな~にぃ? ラジコンなら貸さないよ、パパの買ってくれた限定生産品だからね~』

「いいね、いい感じだね」風秋夕は更に微笑んだ。「し~ずっかちゃ~ん」

『は~い!』

「OK」風秋夕は立てた空中に親指を見せた。「のび太君」

『なに?』

「今日からよろしくな。これから最愛の時間が始まるんだ。祝福してくれよな」

『へ~え、そぉう……。かけがえのない時間になるといいねぇ~』

「ありがとう……」風秋夕は巨大スクリーンを見つめる。「始まったか……」

 薄暗い会場に、紫色のスポットライトが幾つも点灯している。影ナレで、向井葉月がしゃべり出すと、大きなオーディエンスの歓声が返事を返した。続いて矢久保美緒の影ナレにも、オーディエンスの歓声が応答した。
 久保史緒里の影ナレにも歓声が湧いた。オーディエンスとの声出しの練習が始まり、オーディエンスが良好万全な状態だと証明された。いつの時代も、ライブ会場には本物のファンが集まる。
 影ナレは喝采の歓声と盛大な拍手で幕を閉じた。
 会場にオーディエンスのコールが木霊する。待ちきれない気持ちがコールを呼ぶのである。
 何年ぶりかの声出し解禁に、待ちわびた勇者たちの気持ちが溢れかえる。
 会場は数多のサイリュウムが煌めき、銀河系のように美しい光を灯している。