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恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―

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「MCが見事だった」稲見瓶は笑顔で頷いた。
「頭のMCを任せて頂きましたし、煽りもほぼ初めてだったんだけど、皆さんがたくさん盛り上げて下さったおかげで、本当に救われた、いい、素敵なライブでした」
「嫉妬の権利ではセンターだったね」
「そう、なんです、その、とっても嬉しくて、責任重大だなって、最初思っていて……。この曲の、歌詞の感情みたいなものを紐解いていきながら、私なりにこの曲を歌わせてもらったんですけど、センターに立たせて頂けて本当に嬉しかったですし、この曲についてたくさん『良かった』と言って頂けて、自分でもこの時間の事をよく覚えていないくらいとにかく入り込んでいて……、とにもかくにも、幸せでした」
「アトノマツリも歌ったね」稲見瓶は、鮪の刺身を箸で取りながら言った。
「うん……。色んな事が、もう大切な思い出かな……」
「思い出か。いい言葉だね。でも、少し寂しい表現にも聞こえる」
「どっちの意味かな~?」北川悠理は、稲見瓶を見つめて笑った。
「いい言葉としてか、少し寂しい表現としか?」稲見瓶は、無表情でマグロを咀嚼する。「どっち?」
「内緒~! あはは」
 一方、テーブル席で――。BGMがキャシディの『ゲット・ノー・ベター』に変わる。
黒見明香は眼を輝かせた。
「私が中学生の頃からプリンセスな存在として憧れ見ていた飛鳥さん……。かっこよくて、優しくて、心は熱くて、ずっと周りを見てて下さってて……。困ってたり悩んでる子を見つけて、いつも、さりげなく笑わせたり、涙をぬぐってくれた、まさに永遠のプリンセス……。ほんと、誰よりもプリンセス」
 風秋夕は、酔い過ぎたので清涼水を飲みながら、黒見明香に微笑んだ。今夜は、来ると信じて齋藤飛鳥を待ち続けた結果、酔い過ぎてしまった。
「偉大な先輩がいた事は、くろみンゴたちの財産になる……。そうやって、先輩のやり方を教えてくれたんだから……。先輩を知らないで一期をやってた乃木坂は、旗揚げ当初から、仲良く楽しげではあったけど、伝統がまだないだけに、必死になって走ってるイメージがある。今は、先輩と後輩、受け継いでいく乃木坂という光のタスキが、あらたな魅力を作ってくれてる。くろみンゴたちが入って来てくれたからだよ」
 黒見明香は声に出さずに笑った。佐藤璃果も、真剣に聞き入っている。
「今度は伝えていく番が来るね。飛鳥ちゃんから、先輩最後のタスキを渡されて……。五期、六期と、飛鳥ちゃんたちから教わった先輩のやり方で、後輩ちゃんたちにいっぱい、色んな事を伝えていってあげてね」
 佐藤璃果は真剣な表情で風秋夕と黒見明香を見つめる。
「飛鳥さんとリハで久しぶりにお会いした時、とっても嬉しかった。飛鳥さんの存在の大きさに、その時ね、改めて気づいたの……。こんなに近くで飛鳥さんの最後までかっこいい姿を見れることも、なんかすっごいことなんだなあ、って……。飛鳥さんは、リハから…、ていうか、もいつもキラッキラ!」
「プリンセスだよね?」
「んーもう、超プリンセス!」
 筒井あやめは髪の毛を触って、清宮レイを見た。
「ねえ、とおかまえぐらいに0センチぐらい髪切ったの……、気づいた?」
 清宮レイは、眼を泳がす。
「お、おん、おおん、気づいてた気づいてた」
「うっそ!」筒井あやめは笑いながら、弱く清宮レイを叩く真似をした。「ちゃんと気づいてよ~、もう~、せっかく切ったのにぃ~」
「気ぃづいたってえ」清宮レイははにかむ。「でも、ほら、私の方が着る時ばっさりいっちゃう人だから……。あやめちゃんの10センチはぁ~……」
「もう!」筒井あやめはあまり変わらぬ表情で清宮レイを睨んだ。
 姫野あたるはにこにこと微笑んだ。
「バカップルでござるな~、レイちゃん殿とあやめん殿は、かっか、草! お似合いでござる。今世紀最大の美少女カップルでござるな!」
磯野波平は誇らしげに、眼を光らせて上を見上げた。「俺とかっきーも、両想いんなってもう三年か……」
賀喜遥香は表情を険しくさせる。「はー? 何言ってんの……」
田村真佑は微笑む。「そ~だよ、かっきーは真佑と夫婦なんだから、ね~?」
「ねー!」賀喜遥香は屈託なく微笑んだ。
 店内のBGMが、キャシディの『ゲット・ノー・ベター』から、同じくキャシディの『ホテル』に変わった。
 磯野波平は、ピュレグミを口の中に放り投げて、遠い眼をした。
「俺なあ……、んぐ、ガキん頃、まなったんに一目惚れしてからぁ……、ま、色々あってな、箱になるんだがぁ、箱になった後でよ、みんなをな、全員を隈なく愛しい心で愛するようになってから、逆に見えてきた事があんだよな……」
 磯野波平はそう言って、後ろ手を組んで、ソファに背を預けた。
 姫野あたるは、興味深そうに磯野波平に顔を向ける。
「なんでござる、箱になってから見えたものとは? 早く言うでござるよ、もったいぶるのは反則でござる!」
 磯野波平は、真顔で姫野あたるを見た。
「メンバー1人1人によ、ぜってえだぶらねえ魅力、てやつがあるってこった。それに気づいた……。可愛い1つとっても、可愛さは全くちげえわけよ」
「そぉうでござるその通りでござる!!」
「でな、そのカワイ子ちゃんたちん中にな、ギラッギラしたな、眩しい光り方するメンバーもいるんだよな~……。まあよ、それが、飛鳥っちゃんよ」
 磯野波平はそう言った後で、ソファに脚も乗せて、横たわって頭に後ろ手を組んだまま、眼を閉じた。
 姫野あたるは囁くように言う。
「表題でなくとも、誰かが何かのセンターをやる時、メンバーたちは、皆、その輝きが自然と宿るでござる……。小生も、魅力とセンターに立つ人物の輝きは、別物として見てござる。飛鳥ちゃん殿がいい例ではなかろうか……。あの控えめな天邪鬼なキャラでは、普通センターにはならぬはず。しかし、飛鳥ちゃん殿はセンターに、エースになった。自分の魅力を信じることに、繋がるのかもしれぬでござるな?」
 姫野あたるはそう問いかけたが、磯野波平は眼を閉じたまま、すでに鼾(いびき)をかいて寝ていた。
 弓木奈於は呆然と視線を泳がせながら、声を出して口を動かす。
「こんなにも、なに……、素敵な、キラッキラしてる、先輩や、同期、後輩たちに包まれて、ライブを、乃木坂のライブを創っていくって、ほんと、素晴らしいなって、思ってる、奈於、最近、マジで思ってる……。それはアンダラを観た時も思ったし、いま、飛鳥さんのコンサートのリハが始まって……、始まりそうで……。飛鳥さんの事考えてるだけでも、思うこと……。だから絶対、飛鳥さんの最後は、最高のライブにしたいなと思ってる」
 筒井あやめは、泣き出しそうな声と表情を浮かべた。
「えぇ~ん? 飛鳥さん、もうほんとに、いなくなっちゃうの?」
 清宮レイは真剣な顔で筒井あやめに眼を開く。
「ヤバいくない? ヤバいよね!」
 駅前木葉はがばっとテーブルから顔を上げた。
「ヤバすぎる! 笑止っ‼‼」
 そのテーブルの皆が、駅前木葉の久しぶりの魍魎のように歪に極まった顔面に驚いたり、笑ったりする中で、電脳執事の【源静香】の声で〈レストラン・エレベーター〉に金川紗耶と田村真佑のカクテルが届けられた事が明るく告げられた。