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恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―

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 店内のBGMは、アシャンティ、ジャ・ルール、R.ケリーの『ワンダフル』を流していた。

       10

 与田祐希の誕生日でもある二千二十三年五月の五日、子供の日が過ぎ立ち、二日後の二千二十三年五月七日(日)――。3期生の与田祐希と向井葉月と佐藤楓は、〈リリィ・アース〉地下六階の〈無人・レストラン〉一号店にて夜会を開いていた。
 今宵の〈無人・レストラン〉一号店には、5期生の五百城茉央、池田瑛紗、一ノ瀬美空、井上和、小川彩、奥田いろは、川﨑桜、菅原咲月、冨里奈央、中西アルノの十名も遊びに訪れていた。
 ジェニファー・ロペスの『イフ・ユー・ハッド・マイ・ラブ』が心地良い程度に店内の雰囲気を拡張高く醸し出している。
 風秋夕は、耳を疑った。キュンと弾む恋心を落ち着けながら、もう一度、五百城茉央にきき返す事にする。
「いおちゃん……、今なんてったの?」
「え?」五百城茉央は、忘れていたかのようにじんわりと笑みを浮かべた。「いや、なんか、お菓子とか、季節限定もので、よく『桜味』ってあるやん? だから、あれ……、誰か、桜食べたことあるってことなんかなあ、と思って……」
「かぁわいすぎる‼‼」風秋夕は身体を力ませて笑った。「なんなの天使なのかそうかやっぱりそうか天使だったか‼‼ 発想が可愛すぎて……、もう、幸せっ~‼‼」
「なんか、変なこと言いました?」五百城茉央は苦笑して、上品に手で口元を隠した。
「いいのいいの、自然体でいいの!」風秋夕はうん、うんと大きく頷いた。「聞いてかイナッチ」
「聞こえてたよ」稲見瓶は無表情でパインを食べた。「桜の香りじゃないのかな。風味、というのかな」
「イナッチ、てなんかたまごっち、みたいですよねうふふん」一ノ瀬美空は人懐っこい美形を笑わせて、稲見瓶を見つめた。「たまごっちやってました?」
「いや……、ううん」稲見瓶はパインを咀嚼しながら首を振った。「たまごっちとは?」
「え、い、たまごっち、知らないんですか?」一ノ瀬美空は口元を手で隠して驚いた。
 五百城茉央ははにかむ。「たまごっちって、学校から帰ってきたら死んでるんだよね、はは」
「ペット?」稲見瓶は2人を一瞥した。「メダカみたいなものかな?」
「うーー……」一ノ瀬美空は瞳を笑わせたままで唸りを上げた。「何で知らないの……」
「電子ペット」五百城茉央は笑みを浮かべて答えた。「こんな、ちっこい、なんか、卵みたいな形の、……なんやろ。オモチャ?」
 奥田いろはは澄んだ瞳をぼうっとさせながら、チーズタルトとチョコナッツを規則正しく順番に口へと運んでいく。
「いろはちゃん殿は、ケーキが好きなんでござるか?」姫野あたるは奥田いろはに微笑んだ。奥田いろはは「はい」と微笑んでいた。「こんな夜に、そんな甘いものを……。しかし、いろはちゃん殿はスタイルが別次元……。どうキープしているのでござるか?」
「えへ~? キープぅ?」奥田いろはは、斜め上を一瞬だけ見上げてから、姫野あたるを見つめた。「してないですよ、別に……。とくに、これといったことは、なんにも……。ギターは練習しますけど」
「ううむ! そぉうでござる!」姫野あたるはひっくり返りそうなリアクションでソファに埋もれ、起き上がる。「いろは殿はギターと歌が別次元!!小生にも秘訣を教えてほしいでござる! あの、なるだけ、努力以外の秘訣を……」
「練習です」奥田いろははいっぱいにはにかんだ。「んふふっ」
 磯野波平は発情期の柄手甲のような顔つきで何度も言う。
「好き、つってみ」
「やだ」小川彩はにやけた。「やですよ……」
「ちと、おら、好き、つってみ!」
「やぁだ……」小川彩は強気で言い返した。「絶対言わない」
「おら! 言ってみ! 好きって言ったら心が気持ちよくなっから!」磯野波平はテーブルに拳を立てて興奮する。「ほんとだよほら!」
風秋夕は嫌そうにそちらを見る。「小さい子に必死に説得する変態だなまるで……」
「誰が変態だこんにゃろ‼‼」
「あら聞こえたの」
 小川彩は網で炙ったロースを口の中に丁寧に折り畳んで入れた。
「おいひ……」
「それ仕入れたん俺なんだよ、ははっ。あーやの為に早起きしたんだぜぇ?」磯野波平はひたいの汗を満面の笑みでぬぐった。「好きって言ってみ」
「やあだ」小川彩はもう笑っていない。
「なんでお前、仕入れたのリリィ・スタッフでしょうよ……」風秋夕は嫌そうに磯野波平を一瞥した。「詐欺師ばりに嘘つきやがって……。なに早起きしたんだぜえ、て……。お前は高1口説いてないで早く寝ろ‼‼」
「うっせえなぁ……」
「ねえ、それってほんとに怒ってるの?」
 興味深そうにそう囁いたのは川﨑桜であった。
「怒ってんだけどさあ。ま、怒るっていうか、叱ってんだけども」風秋夕は小さな溜息をついた。「伝わんないんだよね、馬鹿すぎて」
「誰が馬鹿だ誰が!!」
「いっつも一緒にいますよねえ?」川﨑桜は、くすっと笑った。「え……、それなのに、仲悪いの?」
「さくたん達に会いに来てんだぜ俺は」磯野波平はその美形でにやけた。「べっつにこいつらなんかしょっぱなから眼中ねえし」
「こっちもアウト・オブ・眼中だ」風秋夕は鼻から息を吹いた。「ねー? さぁ~くたん!」
「え?」川﨑桜はにやけながらおどおどと視線を泳がせてから、微笑んだ。「うん、はい」
「もうリハは始まってるの?」稲見瓶はメガネの奥の感情の乏しい眼を、井上和の方に向けて言った。「ダンスとか」
「うん、始まってます」井上和は視線を合わせたが、稲見瓶の視線がまっすぐすぎて、多少たじろいだ。「リハ……、ダンスレッスン、とかですよね?」
「うん」
「もう一か月きってますから、がっつり」井上和は微笑んだ。そこで、視線を外してアイスカフェラテを飲む。
 磯野波平は白い歯を見せて笑いながら、稲見瓶を指差した。「こいつ、なんかハシビロコウに似てねえ? があっはっは‼」
 井上和は口内のアイスカフェラテを噴き出しそうになったが、咄嗟に両手で押さえた。そのまま、稲見瓶を一瞥してみる。
 稲見瓶は真顔で井上和の顔を見つめていた。
 磯野波平は言う。「こいつ動物園のハシビロコウと一時間にらめっこしたことあんだぜ?」
「ぷぶう~‼‼」
「わわ!」
「あああ!!」
「どしたどした!」
 ついに井上和は抑え付けた口からアイスカフェラテを豪快に吹き出した。磯野波平は豪快に笑っている。稲見瓶は、顔面にかかったアイスカフェラテをぬぐう前に、先に濡れたメガネを顔から取り外した。
「そんでよう、メガネはずすとよう」磯野波平は、眼を細めている稲見瓶を指差す。「クリント・イーストウッドになんだよ……、があっはっはあ‼‼」
 稲見瓶は視力が弱い為に険しく眼を細めてメガネをふいていた。その表情がハリウッド・スターのクリント・イーストウッドに似ているらしいとの事であった。
 井上和は口を両手で隠したまま、眼をつぶって我慢したが、口内の残りのアイスカフェラテも噴き出す羽目になった。
 5期生が慌てふためくなか、磯野波平は豪快に大笑いしている。
 風秋夕は素早く出したハンカチで井上和のあごをふいてから、そのハンカチを井上和に手渡して、磯野波平に激昂する。