恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―
「販売元は? どこ?」伊藤かりんは和紅茶を掴みながら西野七瀬に言った。
西野七瀬は答える。「アサヒ飲料」
稲見瓶は、和紅茶を飲んだ。
「……。うん、美味しい」それから、ペットボトルを見る。「ラベルが無いのはなぜ?」
「あー、これね、ラベルレスボトル、って言って、最初からラベルが外されてるの」西野七瀬は2人を見ながら説明する。「分別する時とか、楽な感じ?」
伊藤かりんは「へー」と言って、和紅茶を見た。
「無糖だねえ。これ、なぁちゃんのもイナッチのも無糖?」
稲見瓶は答える。「無糖だよ」
「無糖ストレート」西野七瀬はぽっと浮かんだ柔らかな笑顔で答えた。
また別のテーブル席でも、大型ディスプレイに映った齋藤飛鳥を見上げながらの会話が成されていた。
和田まあやはクリアアサヒをぐびりと煽ってから、景気の良い吐き声を出した。
「ふ~……、でもさ、飛鳥が1期生最後の1人になるって、なんとなくわかってたよね?」
樋口日奈は吐息でたこ焼きを冷ますのを中断して、和田まあやを見た。
「う~ん、なんっか……。わかってたかも。あでも実際にそれ言ってる人いたよね?」
「いた~~」
姫野あたるは腕組みをして、眼を閉じて顔をしかめた。
「ひなちまも、まあや殿も、さいっこうの卒業ライブでござった……。飛鳥ちゃん殿の卒業ライブは、どんな感じになるのでござろうな……。いや~、小生ごときには、いささか深い、深すぎる問題でござる。草!」
和田まあやはパイナップルを食べながら、姫野あたるを一瞥する。
「あんたらオタクが半分は創るんだよ、ライブって」
「おお、そうもういうでござるな」姫野あたるは笑みを浮かべた。
「他人事言ってんじゃないよ」和田まあやはにやけた。「ファンが盛り上げないと。うちらだけ盛り上がったって、ライブってそういうもんじゃないからね?」
「おおう、さすがは元乃木坂!」姫野あたるは短く驚愕した。「ライブの半分は観客が、配信を見守るファンが、創るという言葉、なんという名言でござろうか!」
樋口日奈は苦笑しながら、口にタコ焼きを入れた。「ふふダーリン、おおげさ。あっふ!」
「おおげさで結構! 愛する人が本気で向き合ってきたことに対する本音を言ったのでござる……、小生には、う、んぐ、いささかっ……深い!」
「泣くなサムライ!」和田まあやは普段通りの座った眼で姫野あたるを見つめた。「耐えろ! 堪えろ! サムライだろ!」
「あっははは」樋口日奈は口元を手で隠して陽気に笑った。「な~んで泣くのぉう?」
「ま、まあや殿が今言ったことは……、ようするに、…くう。ファンへの、信頼なのでござる……。ふうう、感動もしよう!」
「なんで怒るのぉ? はっは」樋口日奈は笑った。「ほら、たこ焼きあげえるから、機嫌治しな?」
「く、くく、くれるでござるか?」姫野あたるは鼻の下を伸ばした。「で、では、どうせならば、く、食いかけを……」
「キモい! サムライ、キモいぞ!」和田まあやはそう叱った後で、大型ディスプレイを大袈裟に見上げた。「てか、飛鳥なんか、また顔小さくなった?」
樋口日奈ももぐもぐしながら大型ディスプレイを見上げる。
「なった、かもね……。でも飛鳥さんて最初っから小さいじゃん、顔」
「これ以上小さくなったら逆にヤバいよね?」和田まあやはクリアアサヒを握る。「宇宙人になっちゃわない? あ、え、あ、宇宙人は、身体がちっさくて、頭がでかいのか」
「やぁめてまあや、想像しちゃうから~」樋口日奈は笑った。
「小生は待つでござる」姫野あたるはぼそぼそと眼を閉じて呟く。「ひたすら待つ、要して言わば忠犬ハチ公でござる。たこやきは、くれると約束した……。待つのみ、でござる……」
樋口日奈は大型ディスプレイを見上げながら、たこやきの最後の1つを口に入れた。
姫野あたるをそれを見届け、「なんと‼‼」と驚いていた。
一方、カウンター席でも、上方の空間に設置された何台もの大型ディスプレイにて、齋藤飛鳥が映し出されていた。
与田祐希はスイカをしゃこっと齧った。
風秋夕は可笑しそうに笑う。「与田ちゃん、スイカ手に取ってから噛み付くのが早い。はっは、躊躇が全くない、がしパク、みたいな、はっは、か~わい。野生的」
「ふんぅ?」与田祐希は大きな瞳で、風秋夕を振り返る。
「おふ」風秋夕はノックアウトされる。
賀喜遥香はフライドポテトをぱくぱくぱくと、ハムスターのように小さく小刻みに齧っていく。その眼は上目遣いで、大型ディスプレイの齋藤飛鳥を見つめていた。
磯野波平は賀喜遥香を見つめたまま、声を殺して笑っている。しかし堪えきれずにしゃべった。
「爬虫類かよ!! があっはっは~!!」
「はちゅ、爬虫類?」賀喜遥香はもぐもぐしながら、磯野波平をまじまじと見る。「何が? 私?」
「いやその食い方、リスだろうが」
「いやリス爬虫類じゃないし!」賀喜遥香はおどけて苦笑する。「爬虫類ってあれだよ? トカゲとか、ヘビのことだよ? リスはげっ歯類ね!」
「あ……、そんなん、知っててわざと言ったんだろうが……」磯野波平は笑顔を真顔に変えて賀喜遥香を凝視する。「げっしん類だろうが、リスは最初っから……、そりゃそうだろが、げっしん類なんだから、リスは当たり前じゃねえか爬虫類はだって、鳥とかそっちだろうが」
「いや鳥は鳥類! ええ!?」賀喜遥香は眉を顰めて磯野波平に言った。「でしかもげっしん類って何!? げっし類!」
「あれげっし類っつったけどな、げっし類だろうが~だって最初っから~はっは、笑えんなーかっきー。鳥だってそうだろうが、あ? 鳥はチョウ類だろうが、蝶(ちょう)も空飛ぶんだからな、仲間だろそりゃチョウ類で間違いねえし一緒だろうが、そんなこたぁ世紀末から変わんねえ事実だからな~」
磯野波平は明るい真顔で賀喜遥香に言った。
「いや蝶は昆虫だよ、鳥類じゃないし、世紀末から変わんねーって、いや紀元前から、もっと前から変わんないし……、世紀末この前じゃん」賀喜遥香は、改めて、磯野波平の世間知らずに驚いた顔をする。「ん波平君……、実はバカ?」
「愛の恋愛テストはさ、はっはいっつも、100点だったんだぜ!」磯野波平はにんまりと親指を立てた。
賀喜遥香は「なるほどね」と相手するのをやめた。磯野波平はぎゃーぎゃー騒いでいるが、シカトする。
来栖栗鼠は、遠藤さくらに微笑む。
「さくちゃんさあ~、飛鳥ちゃんの子だよねー」
遠藤さくらはたじたじと苦笑した。遠藤さくらは来栖栗鼠の常時高いそのテンションと大きな声が苦手であった。
「ふふ、はい、まあ……。子です」
「さくちゃんは泣いちゃうんじゃないかなー、飛鳥ちゃんの卒コンで~、そしたら僕も泣いちゃうな~」
「泣かないです」遠藤さくらは誠実に1つ頷いた。「強い気持ちで、臨みます」
「来栖ぅ……、お前ちとさくちゃんに対して馴れ馴れしいんじゃねえか」天野川雅樂は特徴的な三白眼で来栖栗鼠を睨んだ。「天下の遠藤さくら様だぞお前……。可愛いを絵に描いてみたら、遠藤さくらになる、て言われてるお方だぞ、もっと柔らかく接しろ、馬鹿やろ」
作品名:恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023― 作家名:タンポポ