恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―
遠藤さくらは小刻みに首を振り、俯く。洒落た箱に飾られた数多くのチョコレートの見つめて、どれから食べようかを考えていた。
「雅樂さんこそその眼つきやめなよ~怖いよ~僕~」
「てめえ、ディスってんだろ……」
「ねえー、ていうかさー、。さくちゃんさっきっから全然チョコ選べないじゃーんあははー」来栖栗鼠は美しい童顔で笑う。「優柔不断ってほんとーなんだね~」
「うん……、そう」遠藤さくらは渋く頷いた。「全然決められない……。一種類ならいいのに……」
「じゃあ雅樂さんの顔を三秒間まとも見つめられたら、左から順番に食べるのね?」来栖栗鼠は遠藤さくらに、箱のチョコレートを指差して説明する。「三秒間まともに見れなかったら、右から食べて!」
「えー……。いいよう」遠藤さくらは綺麗な表情で薄くはにかんだ。
「いいんすか?」天野川雅樂は顔をしかめた。「俺の顔、正直野郎でも眼ぇそらしますよ」
「いいよいいよ」遠藤さくらは笑みを堪えて、椅子に座り直しながら前を向く。「いつ? いいの、もう見て」
「いいよ、見たら数えるからね~、はいどうぞ~」来栖栗鼠は笑顔で二人を見つめる。「ああ、雅樂さんは変顔とか一切しないでねー、も真顔、ね!」
「頼まれてもしねえわ」
「じゃ、はい……」
遠藤さくらは、改めて、あまりじっくりと観察した事のない天野川雅樂の顔を、まじまじと、笑みを殺しながら見つめた。
天野川雅樂の顔は、鋭い三白眼に、シャープな眉毛。髪型は耳の出たマッシュ×ツイストスパイラル。一見ただ単純に整った綺麗な顔立ちでもあるが、その乾いた三白眼の迫力はなぜか歴戦の修羅場をくぐり抜けた強者を思わせる。
遠藤さくらは「はい!」と横を向いて眼を伏せた。
「何秒?」
来栖栗鼠はにやける。「一秒だよ~~」
遠藤さくらは、おどけて驚いた顔をする。「え~、けっこう、長かったけどな……」
天野川雅樂は白い歯を出して微笑んだ。
「一秒間、俺は世界一幸せもんでした。ささ、右から食ってってくださいね、さくちゃん」
「はぁ~い」
大園桃子はおにぎりに、小さく噛み付いた。その黒目がちな円らな瞳で、駅前木葉をぎょろぎょろとチラ見する。
「え、なんで見てるの?」大園桃子は、また噛み始める。そしてまたしゃべる。「見られると食べれないんですけど……」
駅前木葉はしゃっくりをしてから、赤ら顔を大園桃子に向けて微笑ませた。
「見ていたい人は、実はそんなに多くはありません、うひ、っく……。桃ちゃん、あなたは見ていたくなる! なぜ、ご自身のチャンネルでもっとお顔をうぃっぅく、……見せてくれないんですか!」
「何杯呑んだの?」大園桃子は恐る恐る、なまりのきいた声で言った。「いつもの、駅前さんじゃないんですけど。ちょと、怖い……ふふん、あの、いきなり怒ってぶたないでね?」
「ぶちません‼‼‼」
「ひゃあ~」
「それに、クリアアサヒとスーパードライを、数杯呑ませていただいたうぃ、っく、だけです……。お酒臭いですか?」
「ううん、お酒臭いとかじゃなくて、あの」大園桃子は駅前木葉を恐る恐る凝視しながら、なまって言う。「ただの酔っ払い」
「しょ~~うし‼‼」駅前木葉は後ろに吹き飛びそうな勢いでのけぞって笑った。「天使に心配されてしまいました、笑止っ!」
大園桃子は多少の恐怖を感じてきていた。
「あの、もう、呑まない方が、いいよ」
「了解にす‼‼」
駅前木葉は白い歯を全開で剥きだして食いしばりながら、白目で大園も子に敬礼をした。
「ねえ、誰かぁ、……悪魔がのりうつったよ? ねえ怖いんですけど」
「笑止!」
風秋夕は、頬杖をついて、大型ディスプレイの齋藤飛鳥を見つめている。
与田祐希は、眠たそうにうつらうつらしながら、烏骨鶏の生卵の特上ユッケを箸で摘まもうと、眠気と格闘している。
風秋夕は与田祐希を見る。「ねえ、与田ちゃん」
「起きとうよ」与田祐希は顔を上げた。「だいじょぶ、寝てない……」
「ユッケ食うか、寝に行くか、どっちかしようか」風秋夕は優しく微笑んだ。「寝るなら部屋まで送るからさ」
「食べる……」
与田祐希は、烏骨鶏の生卵に箸を刺して、かき混ぜようと、ゆっくりと箸を動かしながら、眼を閉じた。
「与田ちゃん」
「起きてる」与田祐希は眼を開けた。「このチャンジャを食べてから寝る……」
「ユッケだし」風秋夕は可笑しくて小さく笑った。「さ、お姫様、行きましょう」
風秋夕は、椅子から立ち上がって、与田祐希をお姫様抱っこした。
「んん、ユッケ~……」与田祐希は横目でユッケを儚げに見つめる。「ん~~」
「はい、送るね」
風秋夕は、端正なその顔立ちを至福に満ちた形にして、与田祐希をお姫様抱っこしながら〈BARノギー〉の店内を歩いて行く。
「この前、成城石井で買い物した時の袋より軽いよ、与田ちゃん。ふふ、赤ちゃんですね、祐希姫は」
「自分で歩く~」与田祐希は上目遣いで睨んだ。
「じゃあ、その横を一緒に歩くよ、ずっと」風秋夕はそう微笑んでから、店内の出入り口へと進んでいく。「店出たら、下ろしたげるね、お姫様」
「子供扱いすんな……」
「してないよ、ただ同じだなって思うだけ……。子供と!」
風秋夕は天を見上げて吹き出し、笑い始めた。与田祐希はぷんすかして笑っていた。
「純粋な、て意味でね」
「……、ユ、ケの、怨み、は……。今度……」
「あらあら……。このまま部屋まで送らせてね。おやすみなさい、マイプリンセス」
「……、起き、とうよ……、まだ、寝なぃ……」
「毎日お疲れ様、与田ちゃん。君が飛鳥ちゃんが卒業することで、頭がいっぱいいっぱいになってること、俺にはわかっちゃってるんだ。飛鳥ちゃんを超絶愛してくれて、ありがとう」
風秋夕は〈BARノギー〉の出入り口から、与田祐希をそっと抱き上げたままで退出した。
偶然、通路にいた御輿咲希と宮間兎亜は、〈BARノギー〉の店内から出てきた与田祐希を抱き上げた風秋夕に、驚愕した。
御輿咲希は、ひきつった顔で風秋夕を指差した。「あ、ああた、その、その子は、与田ちゃんじゃありませんの?」
宮間兎亜は半眼をにやけさせる。「ついに本性出したわね」
御輿咲希は、あわあわと言う。「わたくしというものがありながら、ど、どうしても乃木坂がよろしいんですか! わたくしだって実は各界からスカウトされてましたわ!」
宮間兎亜は御輿咲希を見上げて苦笑する。「アスリートみたいねえ、その言い方だと」
「どいてくれる?」風秋夕は優しくはにかんだ。「ごめんね、そういうんじゃないから安心して、今は説明してられないんだ。もう行かないと。お姫様が、夢から覚めちゃうからね」
御輿咲希は、儚く表情を崩して、道を開けた。
「きぃぃ、悔しいですわ……、こんなイケてる人に、会ったことさえないのに……。出逢えたと思えばその人はわたくしと同じく乃木坂に夢中だなんて……。文句のつけようがないもの……」
宮間兎亜は、歩いて行く風秋夕の背中を見つめながら囁く。
「女として、乃木坂にゃ敵いようがないもんねぇ~……。ああいう人は全部乃木坂にもってかれちゃう運命なのよ」
風秋夕は、二人を振り返って、微笑んだ。
作品名:恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023― 作家名:タンポポ