確かなもの
柚飼一哉に、光葉慎弥と、同じセリフで告白された事……。
告白の返事は、していない事。
「ええぇぇ~~‼‼」秋元真夏は、テンションを上げて驚いていた。「それって運命じゃ~~ん!! え、付き合いなようぉ……。付き合っちゃいなよ、ダメなのう?」
「ダメというか……」飛鳥は、視線を下げて小首を傾げる。「うん……、ダメというか」
「飛鳥」
「?」
梅澤美波の声だった。彼女は唇に凛々しい笑みを浮かべて、強い視線で飛鳥に微笑んでいた。
飛鳥は、まじまじと、上司でもあり、友人でもあり、仕事仲間でもある梅澤美波を見つめ返した。
「付き合いな」
「んん~~……」
「柚飼くんでしょう? あの、うちのランウェイのモデルも一年前からやってくれてる……」梅澤美波は、秋元真夏にYesをもらった。飛鳥を見る。「あの人は、ちょっとしゃべった事あるんだけど、真面目だよ……。誠実、ぶすっとしてるけどね」
「うん」飛鳥は、ぼうっと頷いた。「知ってる……」
「じゃあ付き合いな」
「いや……」飛鳥は、首をひねる。「まだ会ったばっかだし……。や、そういう問題でもないか……」
「タイプじゃないとか?」与田祐希は焼き芋のスイーツをほっぺたいっぱいに詰め込みながら、綺麗に発音した。「性格が、あれ、とか?」
「ううん、そんなんじゃなくて……」
「じゃあ付き合いな!」梅澤美波はそう言って、ぐびっとビールを呑んだ。「ふあぁ~~」
思いつめた無表情で、沈黙した齋藤飛鳥に、山下美月は、勇気を出して尋ねる。
「まだ好きなんですか……」
飛鳥の反応を待たぬままに、遠藤さくらも囁く。
「忘れてないですね……、慎弥さんのこと」
「忘れらない?」秋元真夏が様子を見るように、優しく言った。「慎弥さん……」
「………」
飛鳥は、唇を噛んで無くした。
何処を見つめているかもわからぬ視線で、沈黙を続ける。
「でもあんた、柚飼くんに惚れてるよ……」梅澤美波は厳しい眼つきで言った。「気づいてないんだろうけど、さあ……。話聞いてて、みんなもわかったでしょう?」
「うん……」秋元真夏は、穏やかに頷いた。
「はい」与田祐希はスイーツに夢中になりながら頷いた。
「わかりました」遠藤さくらも、頷いた。
「好き、なんですよねえ?」
山下美月はそう言って、窺うように、飛鳥の表情を覗き込んだ。
飛鳥は、はっと我に返り、山下美月を短く一瞥してから、皆の事も一瞥した。
「わからない」
飛鳥の一言が囁かれた後、数秒間をかけて、店内の騒がしさが賑やかさを取り戻したかのような錯覚がった。
皆が「えー」や「なんでえ」を繰り返す中、梅澤美波は自信ありげに、飛鳥を見据えて笑みを浮かべた。
「じゃあ、柚飼くんが、他の人を好きだと言ったら?」
「……それは」飛鳥は、言葉を躊躇(ためら)う。
「もう飛鳥の事は忘れるから、バイバイって言ってきたら?」
「う~ん……」飛鳥は、考える。
「もう飛鳥の事は、守らない、て言われたら?」
「それは……。それは嫌………」
皆が黙ってそのやりとりを見守る中、飛鳥は上目遣いで梅澤美波を見つめた。
「ほらあ!!」梅澤美波は、にかっと笑った。「もう答えは出てんのよ、後は飛鳥がその気持ちに正直になれるかどうか、それだけ……」
クリスマス・シーズンだけあって、店内の飾りつけには幾つもの大きなベルや、緑の葉が連なる蔦、宿り木や、クリスマス・ツリーが装飾を施されて煌いている。
BGMもサンタクロースを歌っている。
もっと違う出逢い方をしていたら……。
自分は、柚飼一哉をどう受け止めていただろうか。
光葉慎弥と過ごした、心温まる穏やかで、楽しかった純粋な思い出が、店内のクリスマスの雰囲気に感化されて蘇っては、シャボン玉が弾けるように消えていく。
光葉慎弥を、愛している――と、そう、今でもはっきりと私の胸はいう。
彼のぬくもりを忘れた事はないと。
彼の香りを愛していると。
彼の笑顔が、世界中で一番の宝物だと……。
梅澤美波や秋元真夏達は、もうすでに他愛もない愚痴話を始めていた。山下美月と遠藤さくらだけが、心配そうに沈黙してしまった齋藤飛鳥の事を心配そうに、控えめに見つめている。
なんなんだろう、あいつは一体……。
でも、
だけど……、
握られた手はとても温かくて。
離したくなかった。
だったとして、そもそも、私に人を好きになる資格があるのか。
また、誰かを好きになっても、いいものか。
誰かを好きになるという事は……――。
飛鳥は瞬きを忘れたままで、弱い溜息を鼻腔からついた。
山下美月は、そうっと、声をかける。
「どう、しました?」
遠藤さくらも遠慮がちに飛鳥を見つめている。
飛鳥は、気がついたかのように、二人に顔を見上げた。
「ううん、うんうん、なぁんでもない。さあ、今夜は閉店まで吞んじゃおっか」
「おお、いいねえ飛鳥! その調子だよ、恋も仕事も!」梅澤美波はグラスを持ち上げて、赤らんだ顔をにやけさせた。「乾杯すっか、カンパイ!」
「もう~、梅ちゃん呑みすぎぃ~~」秋元真夏は梅澤美波を一瞥して苦笑した。「どうすんの帰れんの? 1人で」
「私はいっつも1人だよ! 人間死ぬときゃ1人だろ!」
「そんな急に極論言われても」秋元真夏は、立ち上がった梅澤美波に触る。「ああほら、ほら座って、ね? 乾杯しよ? ねえ、ほら、座って」
梅澤美波は座った眼で、己も椅子に座った。すっかりと酔っぱらった梅澤美波を笑いながら、皆は改めて、グラスを掲げて乾杯をした。
飛鳥は、心の底からそんな時間を楽しみながらも、今夜自宅で開くラインと、この時間帯の森林公園の事が気になっていた。
4
「柚飼くん、もう少し表情に感情を出せるかな? その方がたぶん、言ってる内容がより深くなると思うんだけど……。普段そうしてるみたいに、自然に、ちょっと今やってみる?」
片霧敦也(かたぎりあつや)(50歳)――プロデューサー。番組をつくるにあたっての総責任者であり、企画から脚本家との台本作り、出演者・スタッフの選定、資金管理、撮影現場の立ち合い、編集のチェック、番組の宣伝活動、DVDやグッズのコンテンツ管理まで、全体をマネジメントとする。
「あ、はい……、じゃあ、最初の方から……。待てよ……、話、聞いてるだけじゃねえか、何も泣かなくったって……」
柚飼一哉(ゆずかいいちや)(25歳)――出演者・俳優。役を演じ、物語を展開していく主人公。主演、助演は、実力の高い俳優やタレントが勤め、ドラマをけん引していく。
撮影期間中は朝から晩までタイトなスケジュールで撮影をこなす一方で、それ以外にも番組PRの為に取材などやバラエティ番組への出演を行うなど、かなりの多忙を極める。
「カメラいい? ちょっと回してみて……」片霧敦也プロデューサーはカメラマンを一瞥もせずにメガホンをぶらつかせた。「いける?」
「はいOKです」
カメラマン――。ドラマを撮影するカメラマンの事で、監督と相談しながら、効果的なカメラワークを考え撮影する技術面での要。
「録音いける?」片霧敦也プロデューサーは、背後を振り返って言った。