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冬の梟

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「それで俺らを集めたってことは何か解ったのか?木葉?」
赤葦の誕生日を祝った例の飲み屋に呼ばれた鷲尾が木葉に訊ねていく。
「あれから数日しか経ってないけど赤葦から連絡あったの?」
猿杙もドリンクを頼みながら木葉に重ねて聞き。
「赤葦元気そうだったか?」
小見が唐揚げを頬張り、更に追加の食べ物をオーダーしていく。
「木葉!赤葦は!?」
片手に茶碗を掴みつつ小見の唐揚げを分けてもらった木兎に木葉は遂に爆発した。
「俺だって知るかよ!」
半ば叫びながら揚げ出し豆腐を食べ始めた木葉に一同は首を傾げる。
「お前が俺達を呼んだんだろう」
鷲尾の最もな言葉に、しかし木葉は仲間らを見渡して溜め息を吐いていく。
「それについては説明するから先ずは…木兎、鷲尾と猿の間に座れ」
「なんで?」
「いいから座れ。俺の手羽先もやるから」
肉を餌に木兎の配置を変えた木葉は自身の携帯画面を皆に見せていく。
「俺もこれ以上は知らないけど、これはどう見てもアイツだろ」
黒猫のスタンプで締め括られた画面に木兎は肉を食べていた手を止めて叫ぶ。
「黒尾!?」
「せいか〜い」
木兎の大声に飄々とした声音が重なる。
「うわぁあっ!」
気配もなく背後から突然現れた顔馴染みに木葉は悲鳴にも近い声をあげた。
「いやぁ流石木葉クン。色々と完璧ですね」
木兎の座る位置から集まる店選び、特に指定はしていなかったが全て黒尾が望むままの形で揃えられていた。
「黒尾のところに赤葦がいるのか!」
「いない。でもどこに居るかは知ってる」
「…どこに、いる」
「凄んでも俺には効かねぇよ」
木兎の低い声音も黒尾は笑って流していく。木兎の対面の位置する場所に座り、黒尾は梟の面々ににっこり笑いかけていった。
「さて、と。俺はとある依頼人に言われてここにいる訳ですが」
「依頼人?」
「怪我をして困っていた梟を拾った奴だよ」
怪我、という単語に木兎の身体が揺れる。
「赤葦は怪我をしていたのか?」
鷲尾の問いに黒尾は肩を竦めた。
「そりゃゴリラが手加減無しに力を出せば多少はな」
黒尾の言葉に木兎以外の目付きが険しくなる。だが今は木兎への説教よりも黒尾の話が優先だと解っているだけに誰も追及はしなかった。
「それで俺達を集めた理由は?依頼人、と言うからには何かを頼まれたんだろ?」
木葉の指摘に黒尾は得たり、と笑っていく。
「その通り!俺は木兎がどこまで「あの日」の事を覚えてるか確認する為に来た。お前らを集めたのは、まぁ、あれだ。そのゴリラが暴れたら抑えてもらおうと思ってね」
だから鷲尾と猿杙の間に木兎を座らせたのか、と合点がいく。
「確認したら赤葦に会わせてもらえんのかよ」
「お前次第だ」
名言を避ける黒尾に木兎は髪の毛をガシガシとかき混ぜて唸っていく。
「この前、猿にも言われたけど俺が覚えてんのは赤葦と二人で飲んでて、色々と話をしていたらいつの間にか朝になってて、そしたら……赤葦を襲いかけてたって事ぐらいだって」
「その間に話していた内容とか、どういう流れで赤葦を襲うことになったのか、とかそこら辺の記憶は?」
黒尾の言葉に木兎は暫く押し黙ったが首を振るう。
「覚えてねぇ」
「あ、そ。じゃ不合格だ。木兎が覚えてないなら赤葦に会わせる必要はないと依頼人も言っていたのでね」
そう言って笑う黒尾に木兎が無言で立ち上がるが、それを両側から鷲尾らが抑えていく。
「なんで俺と赤葦が会うかどうかをソイツが決めるんだよ」
「お前が会えと言ったら赤葦は何だかんだと会うだろうぜ。本人の気持ちとは別にな」
木兎の言葉は赤葦にとって良くも悪くも影響力が強すぎる。きっと迷いながらも最後は木兎の意に添おうとしてしまうだろう。黒尾の依頼人はそれを懸念している、と言う。そしてそれはここにいる誰もが同じ意見だった。
「それにせっかく治したのにまた傷付けられたら困るからな。何も覚えてないというなら、お前はまた赤葦を傷付ける」
だから会わせない。笑っていた黒尾の眼差しからも感情めいた物が抜け落ちていく。
「俺が、何を忘れているのか…お前は知ってるのかよ。俺がまた赤葦を傷付けるって何で解るんだよっ」
「記憶に関しては赤葦から聞いてる」
正確には黒尾の依頼人が聞いたのだが。しかしまだ納得のいかない顔で睨む木兎に黒尾は自身の携帯を差し向けていく。
「コレを見ても、まだ同じことが言えるか?」
その画面に写し出された写真に、木兎は金色の瞳を最大限までに見開いた。
そこに映っていたのは目許を赤く滲ませ、気を失うように眠る木兎の探し人だった。顔色も良いとは言えず、何か悪夢にでも魘されいるのではないかとさえ思えるもの。薄く閉じた唇だけがいつもより濃く見えるのは噛み締め過ぎたせいで切れていたのだろうか。一緒に見える手首は木兎の記憶にあるものより酷い状態だった。きっと触れるだけでも相当の痛みを覚えただろうと見ただけでも解る。もしかしたら見えてはいないだけで他にも痛い思いをしているのかも知れない。
その写真は憤る木兎を完全に大人しくさせるには充分な代物だった。
「そんな状態の赤葦を助けて傷を治したのは俺の依頼人だ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないぜ」
黒尾の言葉に木兎は一切反応を示さず、食い入るように画面の中の赤葦を見ていた。そんな木兎に黒尾は少しだけ眼差しを弛めて嘆息を吐いていく。
「……ここからは依頼とか関係なく、お前の友人として言うけどな。多分お前は思い出したくないんだよ、あの日のことを。無意識に思い出すことを嫌がってる。正直、お前だけの事を考えるならそれも仕方ないと思うぜ、俺はな」
普段からは想像もできない真剣な口調で話す黒尾に木兎は携帯から目を離していく。
「だけどな、木兎。ちゃんと思い出してやれ。思い出した時のお前の言葉や謝罪じゃなければきっと意味はない。…でなければ『お前の』赤葦はもう戻ってこないだろうな」
意味ありげに念を押す黒尾に金色の瞳の最奥が揺らめく。本当の意味で赤葦を失う危険性にやっと気付き始めた木兎に黒尾は最後の一押しをしてやる。
「思い出したければヒントだけやるけど、どうする?」
恐らく記憶の蓋を自分でも開け始めた木兎に黒尾は少しだけ底意地の悪い笑みを浮かべる。
「ヒント…?」
「そ。ヒント」
「……いる」
木兎の選択に黒尾はにやり、と笑って立ち上がる。そして自分の携帯を回収しながら梟の面々を見ながらヒントを投下してやった。
「慕っていた先輩にセフレになれって言われたら、いくらあの赤葦クンでもそりゃ泣いちゃうよねぇ」
思い出したら連絡してこいよ、とにこやかに告げる内容に、その場は瞬時に修羅と化した。背後で木兎を締め上げる喧騒や宥める声を聞きながら黒尾はさっさと店を後にしていく。梟達の諍いに巻き込まれたら堪ったものではないからだ。
帰り道に携帯を弄っていた黒尾は研磨に今夜の首尾についてのメッセージを送っていく。直ぐに返信された内容に黒尾は「了解」とだけ送り返し、しなやかな身のこなしで夜闇に溶けていくのだった。
作品名:冬の梟 作家名:さえ