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冬の梟

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「……赤葦、眠れないの?」
呼び掛ける声音に振り向いた赤葦は吐息を白く染めながら「孤爪も?」と返事をしていく。
「俺は今ゲーム配信の整備中。そんな薄着で外にいたら寒いよ」
研磨は庭先に通じる大きな窓を開けていた。澄んだ夜空の下に立つ赤葦を見掛けた為だ。
「月の光がやけに明るくて、つい外に出たけどもう戻るよ。…ここら辺は静かだから、余計に空が近い」
「人の気配が少ない所を選んだからね」
どこか懐かしそうに月を見上げる赤葦の儚げな様相に研磨は部屋の奥を指していく。
「風邪引くから入りなよ」
「うん、今行く」
そう言いながらも夜空を眺める赤葦はまるで「誰か」を待っているようだった。帰りたいのに、戻りたいのに飛び方を忘れてしまった梟が夜の空に憧憬の眼差しを向けている。そんな切なさを覚える姿に研磨は赤葦に聞こえないよう溜め息を吐いて「赤葦」と、もう一度呼び掛けていく。
その声音に研磨の方へと歩みながらも赤葦は月の光に後ろ髪を引かれていた。
「結局ずっとお邪魔してるね」
「俺も冬休みだから気にしなくていいよ。年末年始も実家行くつもりないし。赤葦こそ実家はいいの?」
「…うん。帰らないって連絡いれた」
「じゃあ年越蕎麦はクロに出前を頼もうか」
「黒尾さんにも迷惑かけてしまったな」
「クロは人の世話を焼きたがるから。むしろ楽しいんじゃない?」
赤葦がいてもいなくても黒尾の行動は変わらない、と頷く研磨はちらっと横を流し見ていく。
あれから赤葦は一度も「あの日」の事を口にしない。代わりに気付けば空をよく見上げる姿を目にするようになった。今みたいに夜の空でも眩しそうにする様は見ているこっちが痛々しい。
『ねぇ赤葦』
研磨は心の中だけで隣にいる友人に話し掛けていく。
『赤葦は月の光に、何を重ね見ているの?』
『あの金色の光は、一体誰の……。』
でも、きっとその答えは聞かなくても解る。だから研磨もわざわざ聞きはしない。赤葦の中で納得のいく気持ちの落とし所を見付けるまで羽根を休めればいい。
そう思う研磨だがその眼差しは決して穏やかなものとは言えなかった。
赤葦の状態が芳しくないからだ。手首の怪我はもう湿布を必要とはしない程度には治っている。研磨の記憶にある物より量は少ないがご飯も食べている。だけれど多分赤葦は上手く眠れていないのではないか、と研磨は推測している。深夜に目が覚めた赤葦が惹かれるままに月がよく見える縁側や庭先で眠れぬ夜を過ごしているのを知っているから。夜中限定で開催されるゲームに参加していた時に偶然見掛けた赤葦に研磨は言葉を失った。
いっそのこと泣いていない事が不思議なほどの眼差しで月を仰ぎ見る赤葦は触れれば壊れてしまいそうで、研磨は何も話しかけられなかったのだ。
だけれど何度も見逃せる訳もなく、その見えない涙に気付かないふりをして研磨は赤葦を家に引き戻していた。
研磨としては別にいくら赤葦が家にいても構いはしなかったが、もしかしたら赤葦の限界は思ったより早いかも知れない。今の赤葦はまるで緩やかな感情の自死に近かった。もしかしたら辛いと感じる感情がなくなれば木兎の傍にいられると、どこかで割り切り始めているのだろうか。
しかしそれは、とても危険な可能性だ。
非常に不服ではあったが、今度幼なじみが訪問したら幾つか用事を頼まねばならない。まだもう少し焦らしてやりたかったが赤葦が長く苦しむことはもっと不本意だからだ。
次の日、研磨からの要件を聞いた黒尾は気軽に了承し、手を振りながら踵を返していく。それを見送った研磨は次の段階に移るべく携帯を取り出していくのだった。
作品名:冬の梟 作家名:さえ