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冬の梟

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「赤葦〜」
「はい」
黒尾に呼ばれ顔を上げた瞬間を写真に撮られ、赤葦は思わず目を瞑ってしまう。
「なんなんですか?昨日から隙あらば人の写真を撮りまくって」
研磨の家を出てから車中や、ご飯時、部屋でコタツにいる所から湯上がり、寝起きと、ことあるごとに赤葦の写真を撮る黒尾に赤葦は怪訝な面持ちを通り越す。
「ん?嫌がらせ」
とても楽しそうな笑みが研磨にとても似ている二人は確かに同じ音駒で幼なじみなのだな、と赤葦は妙に納得した。
何がそんなに楽しいのかは解らないが赤葦は言わばオマケでここに連れてきてもらっている身分だ。研磨や黒尾がやりたい事に自分の意思を挟む余地はない、と思っているので基本的には好きにしてもらっていた。写真を撮ることの何が嫌がらせなのかは知らないが、それで気が済むなら構いもしなかった。
「もう少しで研磨の仕事が終わるから、そしたら店に行こうってさ」
「わかりました」
「いやマジで寒いな、ここ」
「そうですね」
淡々とした返事に黒尾は手袋に包んだ指先を赤葦の眉間にぐりぐりと捩じ込んでいく。
「ちょっと止めてください。痛いし冷たい…孤爪に言い付けますよ」
「いんや〜?かれこれ暫く一緒にいるけど笑った所を一度も見てねぇなって思ってね。ずっとここに皺が寄ってるぞ、お前」
「………元々こんな顔です」
「感情を殺しても何も解決はしないぜ」
その言葉に対して赤葦は何も言い返すことはしなかった。出来なかった。
「お前さん達は感情のコントロールが上手すぎるんだよな。それに加えて分析も計算も速くて正確。その時に求められる最善を直ぐに叩き出す。でもそれが人との付き合いとなると、そうもいかない」
それは赤葦ともう一人の元セッターに向けられた言葉だろう。
「似ているよ。だから研磨も余計にお前を見過ごせないんだろうな」
「何が、言いたいんですか」
「自分の中だけで答えを出してやらないでくれ」
この前の研磨と同じような言葉に赤葦は喉の奥が詰まる。苦しいような、重いような塊がずっとそこにいる。ともすれば泣きたくなるような苦しさに赤葦は知らず唇を引き結んでいく。
「赤葦を泣かせたら海に捨てるからね」
「っあぁあつ、つめた!研磨ぁ!?人の背中に雪をいれてはいけません!」
むしろ黒尾の方が半泣きになって慌てて背中の雪を取り除いていく。しかし上手くいかなかったのか、小走りに車へと戻る後ろ姿を見て研磨は鼻を鳴らした。
昨日まで厚いだけの雲からは遂に大きな雪を降らせ始め、辺りは少しずつ白い景色に染まりつつあった。
「赤葦、行こう。お店の予約時間になる」
「うん」
雪の白さに、今研磨がどんな顔をしているか赤葦には見えなかった。それが妙に心へ残ったが、差し出された手が優しく赤葦を連れ立ったのでその違和感も直ぐに消えていく。
一歩前を歩く研磨もまた迷ったりするのだろうか。そんな取り留めのないことを考えていた赤葦は黒尾が待つ車に研磨と共に乗り込んだ。
「孤爪…ここは?」
黒尾に連れてこられた店内に入った赤葦は首を傾げていた。店構えはとても立派で、学生の赤葦では到底入れないと一目で解るものだった。尻込みしそうになる赤葦を黒尾と研磨が半ば強制的に店へと連れ込み、とある一室へと通されて今に至っていた。
部屋の造りは和風なのだが、何かが可笑しかった。先ず部屋に窓がなく男が二人座ると少し手狭なほどの広さしかない。ここに入るのにも一つ部屋を通らねば入れない仕組みになっており、この部屋に扉はない。どちらかと言うと、メインの部屋の続き部屋といった所か。いやパッと見でこの部屋の入り口は言われねば解らなかったから隠し部屋と言った方が近いかも知れない。
その部屋に研磨と座る赤葦はただひたすらに不思議だった。ご飯を食べるだけの場所にしては机も何もないのだから、赤葦の疑問も当たり前である。
「もうすぐ木兎さんが来るよ」
研磨の言葉に赤葦の時間が止まる。
瞬きも、呼吸も、鼓動も止まってしまったかのように感じていたが、それでも思考だけは何とか動いていたのだろう。反射的に立ち上がり入ってきた扉らしき所に手を掛けたところで研磨がまた口を開く。
「今出ていったら木兎さんと鉢合わせになると思う」
店内に入ったと連絡きたからね。
携帯を揺らし見せる研磨に赤葦は「なんで…?」と掠れた声を出していく。
「騙し討ちみたいな事をして、ごめん。詳しくは後で話すから今は静かにしてて。木兎さんは赤葦がここに居ることは知らない。隣の部屋でクロが木兎さんと話をするから一緒に聞こう」
無意識に耳を塞ぎかける赤葦の手を研磨はなるべく優しく引き留めていく。
「怖いだろうけど、逃げないで。カードを揃えて答えを出そう。大丈夫………どの道を選んでも、赤葦を一人にはしないから」
まるで願うような、祈るような声音に赤葦はゆるゆると両手を下げていく。何で研磨の方が泣きそうな顔をしているのか、その疑問が少しだけ赤葦を落ち着かせていったのだ。
しかしその疑問を形にする前に人の気配が隣部屋に入ったことを察した赤葦は口を閉ざしていく。
「よく俺達がいる場所が解ったな」
「悪趣味な地図を残しやがったのはお前の入れ知恵かよ!」
「半分な。残り半分は依頼人。赤葦は知らねぇよ」
楽しそうな黒尾に憤然と言い返す木兎の声を聞いた赤葦は鼓動が一つ跳ねるのを自覚した。思ったよりも元気そうな声に安堵してしまう自分が情けなくもあった。
後で聞いた話だが、赤葦のアパートに木兎にしか解らない暗号などを記した紙を残していたらしい。それが駅の暗証番号式のコインロッカーの場所を示していたり、中には新幹線の券やら新しい暗号やらが置かれていたりで全てを解くのに一晩はかかったと木兎は嘆いていた。
「しかも凄い男前な顔になったんじゃねぇの?」
「あの後あいつらからタコ殴りにされたからな…!全部解決するまで俺の連絡先もブロックするって言われるし」
もしかしなくとも他の先輩達から強烈なお叱りを受けたのだろうか。
「連絡してこいって言うから電話したのにお前はこんな所にいるしっ!」
「いつ電話が来るとか俺は知らないし?たまたまだろ?」
「嘘つけ!直ぐに俺から連絡くるって解ってて予定組んだだろ!」
「さぁねぇ?」
「しかも俺からの連絡は一切取らない癖に楽しそうな写真を一方的に送り付けてくるし!」
「サービスだって」
人を食ったような笑顔で木兎を翻弄する黒尾の顔は簡単に想像できてしまう。
「そんで?連絡してきたってことは全部思い出したのか?」
「……お陰さまでな」
その言葉に赤葦は瞠目する。
思い出す?ということは、木兎はあの夜の事を忘れていたのか?
むしろ、それは赤葦にとって都合が一番いい状態だったのではないか。木兎が忘れていたのなら全てが元通りとはいかなくても取り返しのつかない事態になることは避けられたのでは。
作品名:冬の梟 作家名:さえ