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冬の梟

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「木兎っ、待て!」
黒尾の制止を促す声音に研磨の内側から警戒音が鳴り響いた。毛を逆立て隠し扉と赤葦の間に身を滑り込ませていく。
同時に隣の部屋の扉が勢いよく開けられる。
「どうした、忘れ物か?」
そう聞きながら黒尾は内心で「マジかよ」とぼやいていた。部屋の中を見回す木兎が店を出ようとした瞬間、突然背後を振り向いて金色の瞳を少しずつ見開いていったのはつい先ほどのことだ。
黒尾が声を掛ける間もなく木兎が「赤葦?」と応えていたのを聞いた。それから真っ直ぐに部屋へと足早に戻る木兎を追ってきたが…。
『これだから本能で生きる奴はっ』
そして黒尾は見る。部屋の手前で止まっていた木兎の瞳がクルリ、と動きとある場所に据えあてられていく様を。そこは部屋の片隅。続き部屋へと通じる扉がある壁側。
そこへ大股で近付いた木兎の瞳、瞳孔だけが細められていく。
一見にして飾り細工が施された壁にしか見えないそこは、よくよく見れば引き戸特有の窪みが細工の中に紛れているのが解る。言われなければ視認できない造りの窪みに木兎は迷わず手をかけ横に払っていく。黒尾の制止など聞こえていないのだろう。木兎の瞳と意識はただ目の前の光景だけに注がれていた。
…ずっと探していた。
詰られても、怒られても…嫌われてても、もう一度だけ会いたかった。そこに居るのは木兎の唯一だから。
「あかあ…」
「赤葦の名前を呼ばないで」
そこで初めて木兎の意識が赤葦の前に立つ人物に向けられていく。
「木兎さんが呼べば、赤葦は無意識にでも応えてしまう。ちゃんと赤葦に選ばせて」
ゆらり、と揺れる金色の瞳に正面から見据えられた研磨は視界の端で黒尾の姿を捉えながら、視線を逸らさず木兎を見返していく。猛禽類そのものの瞳に曝され背中に冷たいものが伝い落ちる気がしたが、ここで研磨が引く訳にはいかなかった。
「やっぱり孤爪だったんだな」
「そうだよ。ここに何も知らない赤葦を連れてきたのも俺だから」
「そうか…」
赤葦の顔は研磨の身体によって見ることは出来ない。でも直ぐそこにちゃんと居る。今はそれで、きっと充分過ぎるのだろう。
意識的に研磨を通し、その先を見透すように瞳を細めた木兎は口を開いていく。
「助けてくれて感謝する」
「……別に、木兎さんの為じゃないから」
「だとしても、無事で良かった」
怪我をさせた俺が言うことじゃないけどな、と続ける木兎の声音は柔らかい。
「さっき黒尾に言ったことも全部本当だから」
それだけを伝えて木兎は黒尾のところへと踵を返し、今度こそ振り返らず店を後にしていった。
「……ナニあれ、コワイんだけど」
研磨は鳥肌を立てながら誰もいなくなった隣室をそれでも警戒しながら見ていた。
確実に研磨を見ている筈の木兎と一度も目線が合わなかった。あの金色の瞳はずっと研磨に向けられながらも、その後ろにいる赤葦だけを見ていたのだ。瞳も、意識も、言葉も全て赤葦だけに向けられているそれらは狂気にも似ている。
赤葦との仲を取り持とうとした事を既に後悔し始めた研磨は苦い顔付きである。
「孤爪…ありがとう」
まだ何も選んではおらず木兎と何を話したらいいのかも解らない赤葦は掠れる声で研磨に礼を述べた。しかし研磨は顔だけで振り向き、そして疲れたように首を振った。
「御礼はいいよ。むしろこっちは謝りたい」
赤葦をあの猛禽類の手が届かないところに逃がした方が良かったのかも、と思っているのだから。
「赤葦いつもあの人の相手してて疲れない?大丈夫なの、アレ」
「?まぁ手は掛かるけど、あんな物でしょ」
「……赤葦って時々そういう所あるよね」
研磨の言わんとする事がいまいち赤葦には伝わらなかったが、本人が疑問に思ってないなら野暮というものだ。もし『次』があったら、その時は責任を持って害獣駆除をしようと心に決めた研磨だった。
「まぁいいや。クロ達は他で食べるみたいだから俺達はここで軽くご飯済ませよ」
「うん。…でもここの支払い高くない?」
「それなりに。お金なら気にしなくていいよ」
「いや気にする。結局交通費も宿泊費も孤爪持ちだし。いくら起業しているとはいえ流石に…」
「これは先行投資だから」
「先行投資?木兎さんに?」
「違うよ。赤葦に」
「俺?でも俺はこの先、孤爪にマージン返せるだけの出世は難しいと思うけど」
「返して欲しいのはお金じゃないから大丈夫」
「じゃあ何を」
「もしも…」
そこで研磨は言葉を飲み込み、小さく笑んでいく。その微笑みがどこか寂しそうで、哀しそうで赤葦は既視感を覚えた。
「もしも俺がクロから離れたくなったら一緒に逃げてよ」
本気か冗談かも解らない口調と微笑に、しかし赤葦は間髪入れずに頷いていく。
「わかった」
「即答していいの?」
少し驚いたような研磨の様子に赤葦は不思議そうに尋ね返す。
「迷う理由がないと思うけど?」
そもそも赤葦からの救難信号を受け取り、理由も聞かず助けたのは研磨が先ではないか。その指摘に二人は吹き出し、今後のことを話ながら遅めのご飯にありついていったのだった。
作品名:冬の梟 作家名:さえ