冬の梟
かい摘んで昨夜のことを研磨に話せば猫のような瞳をこれでもか、というくらい歪めていた。その様子を見た赤葦は申し訳なさそうに笑いながら「ごめん」と口にしていく。
「変な話を聞かせて、ごめん」
また謝る赤葦に研磨は首を振るう。
「俺が引いたのは木兎さんの言動に対して。赤葦が謝る事は何もないよ」
ココアを一口飲んで研磨は首を傾げた。
「赤葦はやっぱり木兎さんの事が好きだったんだね」
「…気付いていたんだ」
「俺とクロくらいだよ。他は誰も気付いてないと思う。梟谷の人達は解らないけど」
淡々と告げる研磨の声に赤葦は少し肩の力が抜けるのを感じた。赤葦の気持ちを特別な事じゃないように当たり前の事のように話してくれる研磨に救われた気がした。
「セフレになろうと思わなかった?」
研磨の問いに赤葦は口の端だけで笑う。
「少し、思った。それでも構わないどころか、むしろ上出来なんじゃないかって。でも…」
赤葦は両手で包んだマグカップを揺らす。
「思ったより、精神的にきつかった。俺を通して他の誰かを想う木兎さんに抱かれるには…まだ覚悟が足りない」
きっと割りきれば受け入れられる。でも突然知らされた現実を赤葦はまだ処理仕切れないでいた。木兎があんな風に…愛おしそうに、切なそうに誰かを想い語る姿を目の当たりにしても受け入れられるかと言われれば今の赤葦には無理だった。セフレだと割りきるには木兎の気持ちを知り過ぎた。
「それが普通だよ」
研磨の静かな声に赤葦は伏せていた眼差しを少しだけ上げる。
「好きな人に触れたいって思うのも、他に気持ちが向かれてしまう不安を覚えるのも、誰かを好きになるのも全部普通だよ」
「そう…かな」
「そうでしょ。赤葦は考え過ぎ」
色んな人に揃って言われる言葉を研磨にも言われ、赤葦は瞳を瞬かせ微かに笑んでいく。
「とりあえずココを知ってるのは家族とクロだけだから安心していいよ」
研磨の言葉に赤葦は頷いたところで瞳を擦っていく。直ぐ近くにいる筈の研磨の姿がぼやけ始めたからだ。
「眠ければ寝て。もう、大丈夫だから」
大丈夫、という言葉に赤葦は意識が途切れていくのを他人事のように感じていた。ココアの水面のように揺れる意識の中で思い浮かぶのは切なそうな顔の中に赤葦と同じ痛みを湛えていた金色の瞳だった。
そうだ、あの時、何でそんなに泣きそうなのかも…聞きたかったのに、結局聞けなかった。それが心残りだった。
その思考を最後に赤葦の意識は完全に眠りへと沈んでいく。
テーブルに伏せる赤葦の両手からそっとマグカップを抜き取った研磨は音を立てずにコタツから抜け出し、和室を後にしていく。廊下に出た所で携帯を立ち上げ慣れた動作で電話をかけた。
数コール後、幾つかの会話をした所で通話を切った研磨は猫の目を虚空に据えあて細めていくのだった。