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自分らしく
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彼方から 第四部 第十話

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 口惜しさと苛立ちを隠そうともしない、タザシーナの美しい横顔。
 残されたチモを手に、視界の端を横切ってゆく彼女の姿を、ドロスはぼんやりと見送っていた。
 ……少しの間の後――
 徐に立ち上がり、彼女の影を追うように振り返る。
 この遺跡と、チモの飼育部屋とを繋いでいるあの『黒い渦』へと入ってゆく彼女の背を、ドロスはまるで『憑き物』でも落ちたかのような瞳で、見やっていた。
 力ない足取りで、自分も渦へと向かう。
 脳裏に残る、チモたちの無残な最期。
 その悲痛な断末魔が、何時までも耳朶を捉えて離さない。
 両の手の平の中で蹲り、小さく震えている残された『ぬくもり』……
 確かめるように見詰め、もう一度優しく胸に抱き――
 『黒い渦』から薄く透けて見える、タザシーナと他の傭兵たちの姿を見据え……
 ドロスも渦の中へと、歩を進めていた。
  

          **********
 

          ガサッ……――


 ……そっと、顔を覗かせる。
 地の面近くにまで、豊かに葉を茂らせた低木。
 その木の根元、葉の陰に身を隠しながら――
 ノリコは辺りの様子を窺い、なるべく音を立てぬようにゆっくりと、顔を出していた。

 ――凄い音と閃光が見える……
 
 ――……どうなっているんだろ
 ――様子を、見に行こうか……

 大気を伝い、地の面を震わせ、聴こえる闘いの音。
 此処から、かなり離れた場所だと分かるのに、その凄まじさ、激しさが分かる……
 だからこそ、気になってしまう……彼の、イザークの安否が。
 
 ――いや、だめだ

 だが、直ぐに思い直し……

 ――イザークがここで待ってろって言ってたし
 ――下手に動いちゃ……
 
 再び、低木の葉陰へとその身を隠す。

 聴こえ続ける激しい戦闘の音。
 縦横無尽に迸る、眼が眩むほどの閃光。
 先刻、逃げている時……イザークの腕の中で護られていても尚感じた衝撃波が、脳裏に蘇る。
 一瞬で、地に大きな穴を穿つことが出来るほどの威力。
 そんな攻撃を互いに受け、そして放っている……
 きっと、もっと、強い『能力』で――――
 
「……………」

 無意識に、地の草を握り締める。
 『能力者同士』の戦いの激しさ、凄まじさ……
 自分はそのほんの一端を感じただけに過ぎない。
 けれど分かる。
 イザークはきっと、『本気』で戦わなければならない相手だと、そう思ったのだ。
 そうしなければ『護れない』と…………
 だから『その』為に、ここで『待ってろ』と―――― 

 …………彼の『弱点』にはなりたくない。
 少なくとも、『心配だから』と勝手に動いて危険な状態に陥るような――――
 他にもいるかもしれない追手に、見つかってしまうような――――そんな真似はすまい。
 だから、今の自分に出来ることは、彼を…………イザークを信じて待つ、こと。
 不安な気持ちを、逸る気持ちを堪え、ただ彼を信じ、待つ……それが一番良いはずなのだから。
 …………そう――それが、一番…………

 ――……っ!?
 
 不意に、視界の端に『違和』を感じ、眼を向ける。
 そこに在る『歪み』に……
 何もなかったはずの空間に在る『歪み』に――
 ノリコは思わず、息を呑んだ。

 ――あの変なのが移動してきてる……!!

 嫌な予感に胸が締め付けられる。
 『何故』『どうして』と、そんな疑問符が頭に浮かんだ刹那…………

 ――……っ!!

 全身から、血の気が引いた。
 『歪み』から再び人の手が……頭が、身体が――――出てこようとしているのを眼の当たりにして……

  
          ――  イザークッ!!  ――


 必死に彼を呼ぶ。
 同時に葉蔭から飛び出し、無我夢中で走り出す。
 一体どうやってこの場所を知ることが出来たのか……疑念は残れど、今はそんなことに気を回している余裕はない。
 振り返る視界に、『歪み』から地に降り立つ追手が一人。
 『歪み』から出てこようとしているもう一人の追手の姿も、入る。
 大人しく捕まる訳にはいかない。
 少なくとも、彼が……イザークが戻ってくるまで、出来得る限りの抵抗をしなくては……
 自分の為にも彼の為にも――――けれど…………
 追手との距離があまりにも近すぎた。
 此処は、適当に身を隠せるような場所すら見当たらない草原地帯。
 たとえそんな場所があったとしても、互いが直ぐに視界に入るような距離に居ては、意味がない。
 タザシーナに追われた時のように、障害物になってくれそうな木々が乱立する林もない。
 ただ、力の限りに走ることしか…………

 追手の気配が、直ぐ後ろに迫ってくる。
 強い力で、腕を掴まれる。 
 
「――イザークッ!!!」

 声の限りに彼の名を叫び、腕を振り解こうと力の限り抵抗する。
 だが直ぐに、もう片方の腕の自由も奪われてしまう…………
 ……成す術がない。
 二人の男たちの成すが儘、身体が引き摺られてゆく。

 ――…………っ!!

 あの『歪み』が視界に入る。
 そこに向かっている。
 ……迷うことなく――

 ――今、イザークと戦っている人もこの人たちも
 ――ここから出てきた……
 
 それはつまりこの『歪み』が、『何処か』と繋がっているということ……
 考えたくはないが『逆』もまた、可能であるということなのではないだろうか。
 
 ――連れて行かれちゃう!!

「きゃーーーっ!!」

 追手に二人に力尽くで抱え上げられ、『歪み』の中へと連れ込まれる。
 激しく身を捩り、必死に抵抗を続けながら……ノリコは喉が張り裂けんばかりに悲鳴を上げていた。 
 
 
           **********


          ――  イザークッ!!  ――

 ――ノリコの声!

 苛烈な戦闘の最中……
 助けを求める声が頭の中に響く。
 イザークは思わず、彼女を隠した場の方に眼を向けていた。

 ――まさか……
 ――こんなに早く見つけられるとは……!!

 地を蹴り、即座に戦闘を放棄する。
 優先するべきは『ノリコの命』『その身の安全』。
 決して、『男』との戦いなどではない。

 『男』との戦闘に因って更に離れてしまった彼女との距離。
 それを取り戻さんが為に全力で地を蹴る。
 己の名を呼び叫ぶ、ノリコの声――悲鳴が、大気を伝わり聴こえてくる。
 あの『禍々しい気配』が何故か……彼女の気配と共に在る。
 嫌な予感に眉を顰め、更に速度を上げた。

「――イザークッ!!!」

 ハッキリと耳朶を捕らえる、ノリコの叫び。
 二人の男に捕らえられ、連れて行かれる彼女の姿を遠く、視界に捉える。
 更に、地を強く蹴る。
 ノリコを隠した時には『なかった』あの『歪み』が、瞳に映る。
 その事象に驚く間もなく、『歪み』に連れ込まれようとしている彼女の姿が眼に入る。

「――ノリコッ!!!」

 吸い込まれるように消えてゆく彼女の姿に、臓腑が竦む。
 今、イザークの意識は全て、眼前から消えようとしている『ノリコ』に、向けられていた……


          ――  ドカッ! ――

「ぐっ……――!!」