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自分らしく
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彼方から 第四部 第十話

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 ほぼ真横から……
 不意に食らわされた衝撃。
 意識も警戒すらもしていなかったイザークに、その攻撃を避ける術などない。
 受け身を取る間もなく地に叩きつけられる。
「女のことなど考えるなっ!!!」
「くっ!」
 『男』の、苛立ちの籠った怒号――――
 同時に放たれた、荒々しく降り注ぐ容赦のない『気弾』の攻撃を、イザークは咄嗟に身を起こし、辛うじて避けていた。

「きさまはっ! 今おれと戦っているんだっ!!」

 激しい憤りの籠められた拳が、避けた身を狙い振り下ろされる。

「この! ケイモス=リー=ゴーダと――!!」

 素手で地表を穿つ、破壊力。
 己の名を、姿を――相手の脳裏に焼き付けんとするかのように『男』が、吠える……
 烈火の如き激しい闘争心。
 意識も……眼を逸らすことすらも許さぬ、自己の顕示。
 常軌を逸していると言っても過言ではない示威の意識……
 押し付けられるあまりにも強いその『我意』に、イザークは『男』を見据え逸る気に、歯牙を剥き出していた。


          **********


「きゃーー!! きゃーー!! きゃーー!!」

 ――捕まえられた!
 ――早く逃げなきゃ!
 ――どこかに連れて行かれる前に!!

 必死に、渾身の力で手足をばたつかせ、眼に入った男の手に思いきり歯を立てた。
「ぐぎゃっ!」
「ゲッ!」
 多分、顔にばたつかせた足が当たった。
 痛かったのだろう、一瞬とはいえ悲鳴を上げるくらいなのだから。
 でも今は、そんなことを気に留めてなどいられない。
「……ったあ!!」
「あ……こいつ……!」
 痛みに怯み、拘束の手が緩んだ隙に、ノリコは脱兎の如く走り出していた。
 だが…………
 
          ―― どしんっ! ――

 いくらも走らないうちに、『何か』に行く手を阻まれる。
 先刻まで居た『場所』に、行く手を阻む『何か』など――無かったはずなのに……

「――……っ!?」

 手に触れた『何か』の感触に眉を顰め、確かめるように眼を開く。
 視界一杯に入ってきた『それ』は……

 ――光る、コケ……?

 一瞬、『金の寝床』を思わせるような、自ら光を放つ『苔』だった。

「すいません、ラチェフ様」
「ふふ……なかなか元気がいいな」

 ――……えっ!?!
 
 背後から聞こえた『会話』に、思わず振り向く。
 振り向いた先に広がる光景に……ノリコはその瞳を大きく、見開いていた。

 ――何? 
 ――この青白い空間は……

 とても――
 とても広い場所だった。
 石造りの建物の中、視界に入る柱にも壁にも床にも、至る所に蔦が這い、光る苔が生している……
 異様な雰囲気を感じる場所――
 
「ようこそ、【目覚め】の娘」

 落ち着きのある、穏やかな声音――
 薄い笑みを湛えどこか品のある、面立ちの綺麗な黒髪の男性と、眼が合う。
 彼の傍らには、顔と腕を抑えながらこちらを見据える男たちが……
 他にも、数人の男たちの姿が眼に入る。
 ……嫌な感じしかしない。

 ――さっきまでの青空は?
 ――イザークは?

 忙しなく辺りを見回す。
 そう……
 先刻まで確かに感じていたのだ。
 『イザーク』の、近づく彼の気配を……
 それが今は、一切感じられない。
 
 ――あっ!
 ――あそこっ!!

 見渡した視界に入る、見覚えのある『歪み』。

 ――あの変な入口だ!

 建物の壁に張り付くように波打つ『歪み』に気づき、ノリコは咄嗟に駆け出した。
 きっと、あの草原と繋がっている。
 イザークが今戦っている、あの場所と。
 だって、あの変な入口に、無理やり連れ込もうとしたのを覚えている。
 だから――――だから、あの入口にさえ入れば…………!

「おおっと――!」
「そっちじゃないよ、あんたが行く場所はな」
 
 男たちの、小バカにしたような嘲笑の声音が聴こえる。
「……あっ!」
 直ぐに行く手を阻まれ、捕らえられてしまう。
 しかも今度は暴れるのを警戒してか、三人掛かりで――

「ゆっくり挨拶も出来ず申し訳ないが、君にはさらに別の場所に移ってもらう」

 『ラチェフ様』と……
 そう呼ばれていた男性が静かに、言葉と共に視線を移動させる。

 ――……え!?

 その視線の動きに誘われ見た先に在ったものは、あの『歪み』とはまた違う禍々しさを感じさせる、黒い渦だった……


          **********


     ――――   ノリコッ!!!   ――――


 津波のように押し寄せる焦燥が、イザークの身体を突き動かす。
 眼前で連れ去られてゆく彼女の姿が更なる懼れを生み、冷静さも判断力も、失わせてゆく……

 行く手を阻もうとする『男』。
 ケイモス=リー=ゴーダと名乗った男の顔面に、力任せの拳を叩き込む。
 相手が倒れたかどうかなど確かめもせず……
 イザークは即座に地を蹴り、ノリコを連れ去った男たちが入り込んだあの『歪み』へと、身を翻した。

 駆ける背後から、幾つもの『気弾』の気配が迫る。
「ぐっ――!!」
 避ける間もない攻撃にその身を弾き飛ばされながら、咄嗟に、受け身を取った。

「おれの名を覚えておけ!!」

 ケイモスの怒声が、荒々しい戦気と共に迫る。

「きさまを倒す男の名をっ!!!」

 辛うじて張った気のバリアに、動きを封じるかの如く、凄まじい勢いで『気弾』が降り注ぐ。
 男の……ケイモスの怒声が聴こえる。
「……くっ」
 
 ――こんな……ところで
 ――きさまを相手にしている暇は

 ――……ないっ!!

 絶え間のなく放たれる気弾の衝撃音の中……
 イザークの胸に在るのはただ一人――――


      ――――   ノリコッ!!!   ――――


 彼女……だけだった。


 ……『力』が――――
 身体の内から『力』が膨れ上がる。
 彼女を救わんとする焦りが、己が行動を妨げられる苛立ちが――内なる『力』を奥底から呼び起こす……
 沸き上がり漲る【天上鬼】の『力』。
 気弾を防いでいたバリアが凄まじい威力で、爆発したかのように一気に膨張してゆく。

「――――ぐあっ!!」

 反応、回避しきれず、膨張したバリアの勢いに呑まれ弾かれるケイモス――
 舞い上がる土煙の中、彼の者を追い飛び出してきたイザークの姿は……
 ブルーグレイへと変容した髪を振り乱し瞳の色を水色へと変え歯牙を剥き出し――――閃光のように迸る苛烈なエネルギーを身に纏っていた。

 呼び起こした【天上鬼】の『力』をそのまま拳に籠め、相手の反撃を許さぬ殴打を連続で叩き込む。
 苛立ち、焦燥、憤り…………
 イザークは、それらの『感情』をも『力』と共に籠めるかのように、エネルギーを拳に凝集させた一撃を……
 ノリコを連れ去った連中の後を追う為。
 連れ去られたノリコを救う為。
 渾身の一撃をケイモスの顔面へと、打ち抜いていた。


          **********
 

「最初は君を――殺そうかと思っていた…………」


 ……青白い光に満たされた、ただただに広い、石造りの空間――