天藍ノ都 ──天藍ノ風──
霓凰はそのまま飛流に拳を向け、飛流もまたそれを迎え撃つ。霓凰が地に降りる前に、二人は拳を合わせた。
霓凰の本気だった。
蒙摯が飛流に言った。
「飛流、頑張れよ。霓凰郡主は美しい女人だが、中々容赦が無いぞ。」
霓凰には、本気で手合わせが出来る相手も、数少ない。本気で、思い切りやれる霓凰が、嬉しそうに笑っている。
霓凰のえぐい攻撃に、飛流は防戦一方だ。
必死に応戦する飛流を、霓凰は『可愛い』と思った。
靖王は暫し、二人の手合わせを見ていた。
霓凰の攻撃を防ぎ、絶妙な一手を繰り出す飛流だったが、霓凰には終始、笑顔が見え、余裕があった。
甲乙つけ難い攻防が、続く。
囲む者達は、二人の戦いぶりに応援をし、楽しんだ。
靖王はこの輪の中に、入る気にはなれなかった。
霓凰と飛流の様子を、離れて見、楽しげだとは思ったが、ふぃと踵を返して、誉王府の庭園の方へと、足を向けた。
蒙摯や霓凰、飛流だけならば、良いのだが、大勢が騒いでいる、あの中に入るのには、靖王には勇気がいる。
靖王を誤解している者も多い。
『真面目くさって、粋も解さぬ、間違いがあれば正される、場が台無しになる』など、、、。
そこまで酷い事をした覚えは無いのだが。
一々、誤解を解いたり、挨拶をしたりするのも面倒だった。
━━軍人だけならば、楽なのだが。
私には、煌びやかな雰囲気が、、、空気が合わぬ。━━
「ふぅ、、。」
━━来てはみたものの、場違いだった。
招待した誉王や、『出席した方がよい』と言っていた、梅長蘇にも義理は立てた、、、。
早々に去るとしよう。━━
なるべく、人気のない場所を探しながら、庭園の奥へと進んだ。
どの位歩いたのか、あまりに離れていたのか、人気のない場所に入り込んでしまった。
木々は人の腰ほどの高さに、綺麗に刈り揃えられ、整えられた庭だった。
初夏に向かい、美しい草花が、風に揺れて、ほのかに香った。
小さな東屋が一つ、ひっそりと建っていた。
誉王府にしては珍しく、飾りのない、簡素な造りだった。
人が一人、東屋に佇んでいた。
━━ああ、、先客がいたか。━━
遠目に、髪を流した風流人であるのが分かる。
この宴の出席者は皆、清蘭を着ていたが、どうも東屋の御仁は、着用していない
見慣れぬ衣を着ていた。
異国の客人なのか。
客人が振り返り、靖王に気が付いた。
客人は、靖王に拱手をして、頭を下げる。
靖王は足早に歩き、東屋の下へ。
「、、!、蘇先生?!。何故?。」
客人は、梅長蘇だった。
そう言葉にして靖王は、愚問だったと、我に返った。
梅長蘇が誉王府に居ても、何らおかしいことは無い。
表立っては誉王の策士なのたから、招かれて当然。
むしろ、誉王がこの機会に、梅長蘇と自分の関係を、ひけらかさぬ訳が無い。
長蘇はこういった、華やかな宴には、目的も無く出向くことはない。
だが、この誉王の宴に、長蘇に目的がある様には思えない。
どちらかと言うと、普段、江湖の者を蔑んで、見向きもしない貴人でも、公子坊一位の江左の梅郎は、一目見たいと思うはず。たちまち野次馬に、取り囲まれるてしまうだろう。
━━梅長蘇が来た目的は、謎であるが、、。
人目は避けたいには違いない。━━
「ああ、そうか。蘇先生は、自分に纏わりつく客が鬱陶しくて、静かな場所に逃げ込んだのか。」
「正解です。殿下と同じですよ。」
そう言うと、梅長蘇はくすりと笑った。
「あははは、、蘇先生も苦手か。
なるほど、人に会わぬから、梅長蘇は、正体の分からぬ、謎の公子になってしまうのだな。ふふふふ、、、。」
「謎めいていた方が、掴み所がなくて良いのです。
人嫌いの気難し屋だと思わせれば、皆、会いに来なくなる。
仮にも、一人に会うのを許せば、全員に会わねばならなくなる。
虚弱な私の体が、持ちませんよ。」
「あはははは、、、。
私は良いのか?。」
「良いも悪いも、私は宴の人目を避けていたのに、殿下とは、こうして会ってしまいました。」
━━梅長蘇とは、『縁』が有るという事か。━━
先だっても、群衆の中、馬車から長蘇を助け出した。
靖王は、『策士、梅長蘇』との縁をそう思って、悪い気にはならなかった。
━━策士と繋がるなど、以前ならば虫唾が走る程、嫌だったのだが。━━
靖王は、改めて、自分の心境の変化には驚いていた。
━━策士に対する、私の心持ちが変わった訳では無い。
梅長蘇が私にとって、特別なのだ。
梅長蘇は、そこらの策士とは何かが違う。━━
これまで、策士とは誰であろうと、ただの策士。
靖王の中で、『特別な策士』など、存在しなかったのだから。
「大変な賑わいだ。
来たばかりだが、早々に去ろうかと。
中々、居心地が悪くてな。
霓凰と、誉王府の門で会い、一緒に誉王府に入ったのだが。
霓凰は、蒙摯と飛流の手合せが見過ごせなくて、今は飛流と、手合わせをしている事だろう。」
靖王が、賑やかな方を見て言った。
「そうでしたか。
私はそろそろ、誉王府を出ようかと思っていたのですが。人が多くて、きっかけを逃してしまったようです。」
梅長蘇は、苦笑して言った。
「誉王は皇太子にかかりきりだ。
挨拶し損ねた者や、その後に来た者は、日が暮れるまで言い争いは終わらないと、もはや自由に出入りしている。」
「あははは、、。
それは良い。ならば勝手に帰っても、責められませんね。」
「まぁ、、そんなところだ。」
梅長蘇は、異国風の見た事も無い衣装を纏っていた。(平安時代の朝服の袍の様な、、)
━━この前の衣も良かったが、この衣も、蘇先生に、とても良く似合っている。━━
靖王はそう思ったが、何だか口にするのは憚(はばか)られた。
━━武人の自分が、蘇先生の衣をどうのと、、。
、、、、、自分らしくない。
この前は、うっかり口を滑らせて、蘇先生を褒めてしまったが、王府に戻った後、どれ程一人で赤面したか。
戦英には、訝しがられるし、、。
この度は、絶対に口にするものか!。━━
実用的な軍服ならば、上手い具合に言いようがあるし、言い方も慣れている。
だが、長蘇の宴の衣がどうのと、武人は口にしてはならない気がした。
以前、ど派手な馬車に乗った梅長蘇を、助け出した時も思った事だったが。いつも簡素な衣に身を包んでいた長蘇が、衣一つで、これ程美しく変容しようとは。
梅長蘇の事を、男にしては透ける様な肌と、整った顔立ちをしている、とは思っていた。だが男に『美貌』などと、使う事には、。
あの時、長蘇は靖王の意外な一言に、目を丸くして驚いた。
自分の言った言葉を思い出して、靖王は、また恥ずかしさが喉からこみ上がり、頬に熱がこもる。
━━何か言わなければ、、。━━
この沈黙が、何となく気まずく思える。
だが、長蘇の衣以外に、靖王には考えが回らない。
靖王が会話に困っていると、長蘇が口を開いた。
「靖王殿下、やはり、清蘭が良くお似合いだ。
私の思った通りだった。」
「ぁ、、ぅ、、、、そうか、、、。」
作品名:天藍ノ都 ──天藍ノ風── 作家名:古槍ノ標