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天藍ノ都  ──天藍ノ風──

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 思わぬ長蘇の褒め言葉に、褒められ慣れぬ靖王は、どう返していいかが分からない。

「、、誉王が、、誉王が送ってきたものだ。
 皆に贈られたのは、この様な物なのだろう?。」
「ふふふ、、。」
「どう、着れば良いのか分からなくて、、、。
 今朝、地下道の戸が開き、藜綱が出てきたのには驚いたが。
 藜綱に着せてもらって、事なきを得たのだ。」
意味深に、長蘇が笑う。
「清蘭を初めて着るとなれば、どう着こなすか、中々、分かりません。
 ましてや、女子手の無い靖王府となれば、尚の事。
 お迷いかと、藜綱を向かわせました。
 お役に立って何よりでした。」
「藜綱は、装飾品や、合わせる下衣まで持ってきてくれて、、。
 正直に言うと、困っていたのだ。
 今朝、藜綱が持ってきたそれらは、蘇先生が用意してくれたのだろう?。」

「クスクス、、、今朝、持っていった物どころか、殿下に誉王が贈った衣は、実は私が見繕いました。
 誉王の選び方が、少々、ぞんざいでしたのでね。
 ガマンガナラズ、、。
 誉王が靖王府に届ける際に、今、お召しの衣に、こっそりとすり替えたのですよ。」

「何っ、、蘇先生がか?。」
 靖王はそう言われて、改めて、自分が着ている衣を見た。
 品の良い、黒の紗。
 蒙摯が着ていた衣も、同じ黒だったが、蒙摯の黒とは僅かに違う。落ち着き、重厚感のある漆黒。
 革製の帯にも、細かな彫り物があり、一つ一つの模様にも、目新しい柄が施され。
 何より軽く、そして丈夫なのが、靖王には気に入った。

「はい、武人らしさと、威厳を損なわぬ様に。

 靖王殿下を、その辺の忠臣と、一緒にされては、困ります。
 私は表立っては動けず、陰で支えているとは言え、我が主には、ちゃんとした物を召して頂かねば。
 主を、愚鈍な者達と同じに並べられては、私の名が廃ります。」

「は?、名が廃る、と?。
 蘇先生、表立って支えられぬのに、私の衣に心を砕いて、何の意味が?。
 陛下の客卿として?、、の立場でか?。
 、、、、?、どの立場で?。」

 チクリと、痛い所を突く靖王。
 そんな事を指摘されるとは、長蘇は夢にも思っていなかった。

 長蘇は大急ぎで、考えを巡らした。
「、、、いいえ。
 、、、何というか、、、、、。
 私との繋がりなど、知られぬ事に越したことは無く。
 誉王に贈られた、イマイチな衣を来たほうが、色々と都合が良いのは分かるのですが、、、。
 だが、あの衣を選ぶとは、誉王は酷い。
 味方にするために、靖王殿下の力になる様にと、私があれ程進言していたのに、、。
 私の意見を組み入れぬとは。
 私を軽んじているのか、靖王殿下の軍を軽んじているのか、、、。
 、、、全く、、、、フゥ。」

「、、、、。」
 靖王は、長蘇の言っている事に矛盾を感じ、納得出来ずに押し黙ってしまう。

 その視線に気がついた長蘇。
「、、何か?。」

 じっと、真っ直ぐに、長蘇の眼を見つめ、言った。
「蘇先生、私は目立ってはいけないのだろう?。
 良い衣を、蘇先生に見立ててもらい、感謝している。
 だが、衣服に拘らぬ私が、人よりマシな格好をしていたら、周りの者たちは、察してしまうのでは?。
 本末転倒に、なりはしないだろうか。」

「ウッ、、。」
 不思議な顔をして、聞いてくる靖王に、今度は長蘇の言葉が出なかった。

──確かに!。
 藺晨からは、そう言われていたのだが、、、。
 誉王の贈った衣が、あんまりにあんまりだったから、つい、、、つい、手を回してしまった。
 まさか景琰に、それを指摘されようとは。──

「、、ふふふ、、、。」
 長蘇は不敵な笑みを浮かべ、靖王に背中を向けた。

「蘇先生、私は何か、おかしな事を言っただろうか?。」
 靖王が長蘇の背中に放った言葉には、少し怒気が含まれていた。

「、、、実は、誉王は、、、。」
 長蘇は、ゆっくりと言葉を選び、慎重に言う。

「、、、?。」
「誉王は、靖王殿下に、皇太子と似た布地を贈ったのですよ。
 あの皇太子の性格からして、それを指摘せぬ訳が無い。
 私は、皇太子が得意な、『難癖』の餌食になる事を、危惧したのです。」

──そう、柄はともかく、確か、色は同じだった気がする。
 贈る布地の、余りの数の多さに、靖王の布地は適当だったはず。
 誉王が重きを置かない者達は、家職に選ばせたりしていたのだ。──

「これから、日が落ちても、くだらない言い争いが終わりませんよ、あの二人は。
 帰り際にうっかり見つかったりすると、皇太子の格好のネタにされ、靖王殿下はとばっちりを受けてしまいます。
 皇太子の、どこからでも、難癖を見つけ出す能力。あれは皇太子の天賦の才です。
 、、靖王殿下が、あの二人の下らない諍いの、巻き添えになるのですよ。
 皇太子の難癖を受ける、覚悟がお有りで?。」

「、、まぁ、、皇太子の難癖は、気分のいいものでは無い。
 無いに越した事はない。」
 真面目に考え、真面目に答える靖王。

「でしょう!!!。」
「ぷっ、、。」
 あまりに必死に、待っていたかのように相槌を打った長蘇に、靖王はつい、笑いがこぼれてしまった。
「ふふふふ、、クククククク、、、、。」
「、、え、、ぁ?、、。」

━━多分、蘇先生が心配しているのは、そこじゃない気がするが、、。
 だいぶ無理やりな、論理の持っていきようだな。
 ククク、、いつも冷静沈着な梅長蘇が、これ程必死に、、。
 
 いかん、笑いが止まらぬ。━━

「まぁ、、そういうことですよ、殿下。
 目立つ目立たない以前に、人々への印象は、良いに越した事はありません。
 野暮な人物が、人に推される事はありませんよ。」

 靖王はそう言われて、姿勢を正して、長蘇に向き直った。
「、、、ククク、、、、良く、分かった、、。」
「ご理解くださり、幸いです。」

 苦しそうな言い訳をして、靖王の言葉にほっとしている、長蘇の心の中を考えると、靖王は可笑しさに耐えらられなくなり、、。
「ウン、、、ククク、、、。」
「、、、殿下〜、、!、、。」
 靖王は笑いのツボに入り、長蘇を見ただけで、笑い出す始末だった。

──そうだよ!、景琰をかっこよく着せ替えたかったんだよ。
 分かってるんだろ?!、なんでサラッと流してくれない!。

 、、、、、、、、、、景琰のバカッ。──


 長蘇に背中を向けて、靖王は笑いを堪える。
 その背中を見ながら、長蘇は少々、忌々しく思った。

──ただ景琰には、格好良くしてもらいたかった、それだけだ。

 誉王が選んだ衣も、悪くはなかったが。
 景琰には、私が用意した物を、着て欲しかった。
 特別に厳選した、布地と意匠なのだぞ。
 どれ程時間をかけ、どれ程藺晨と喧嘩したか。

 、、、、なのにコイツと来たら、私の気持ちも知らないで笑い転げて、まったく!。
 止まらないじゃないかッ。
 止める気ないのか!、おいッッ!。──

 長蘇はこれだけ笑われて、、、それでも、悪い気がしていない。
 むしろ、笑う靖王を見ていて、昔を思い出していた。

──これだけ笑う景琰を、『笑うな!』と怒っても、止められやしなかった。