熱の行方
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人食い寺の情報をもとに山中に墓地を擁する廃寺に赴いた煉獄は、先ほどから感じる鬼の気配にぐるりと視線を巡らせる。
町から離れていることもあり、周辺に視界を確保するような灯りはない。
月明かりを頼りに鬼の姿を探すが、それらしきものを捉えることはできなかった。
「……」
ふむ。擬態に長けている、もしくは姿をくらます能力を有しているといったところか。
いっそここら一体を吹き飛ばしてしまえば、あるいは容易に見つけることができるだろうかなどといった考えが、冗談ではなく現実的な手段として頭に浮かぶ。
普段はまずそのような暴挙を選択肢に挙げることなどないが、生憎と面倒見がよく優しい炎柱は今は不在だ。
煉獄は刀を引き抜くと、鬼の気配が強く感じられる御堂の前に歩みながら、同行していた隊士たちに指示を飛ばした。
「鬼を炙り出す。少し離れていろ」
慌てて離れていく隊士に背を向けて、大きく片足を引き、深く腰を落とす。刀の先にまで気を巡らせ、集中するように片方しかない目をゆっくり閉じる。
「……、」
そのとき、周囲に拡散されるように広がっていた鬼の気配が急速に一点に絞り込まれていく感覚に、煉獄は眉根を寄せた。
広範囲を焦土としてしまうより、ひと息に距離を詰めて確実に仕留めるべき。
生来より優れた判断力が即座にそう結論づけ、煉獄は足場を蹴って御堂の裏側に回り込む。
目を開けても鬼はいない。しかしその気配は確実にそこに存在していることを示している。
見ようとしても姿を捉えることができないなら、見なければいい。
再び目を閉じて視界を遮断する。
一拍置いて、眼前に殺気が迫る。
相手の射程範囲が不明な以上、後方に引くことは得策ではない。即座に煉獄は潜り込むように深く屈み、刀を横薙ぎに振るった。
「ぐっ…」
手応えと同時に呻き声が聞こえ、頭上を一陣の風が吹き抜けていく。
…固い。鱗のようなものに覆われているのだろうか。
続けて、脳天に視線を感じて刀を上段に構えると、金属が衝突するような耳を劈く音が周囲の空気を震撼させる。
そのまま振り抜き、何かを切断する感覚。
急所までの軌道を掴み、呼吸を使って下段から袈裟に鋭く、重く、斬り上げた。
捉えたと確信して右目を開くと、眼前に首の落ちた、蜥蜴のような鬼が立ち尽くしていて。
表皮は爬虫類の肌のように硬質で、鱗と思ったことにも得心いった。おそらく周りの景色と同化する血鬼術か何かだったのだろう。目に頼っていては捉えることは難しいかもしれない。
ぼろぼろと崩れ落ちていく鬼の身体を見つめつつ、煉獄は別の気配に意識を向けていた。
「……。任務完了だ!すまないが、きみたちは報告を頼む」
離れた場所で待機していた隊士たちに指示を出して解散させて、
細く息を吐き出し、深く吸い込む。
ぐっと足場を蹴り、一足飛びに己の後方へ。森の中に入り込み、目標の目と鼻の先に肉薄するなり刀を振るった。
そこにいた人物が掲げた腕を容赦なく斬り飛ばし、返す刀で首を狙う。が、死角を穿つように拳を突き出され、それを背中で受け流すために半身になったことで首に刃は届かなくなる。
そのまま踵を軸に反転し、刀を返して相手の背に刺突を見舞う。
しかし刃の先に目的の背はなく、はっとして弾かれるようにその場を飛びすさって離れた。
直後、上空からその人物が突貫するが如く降ってきて、地面に拳をめり込ませていて。
「…よう、杏寿郎。」
巻き上がる土埃の中でも、爛々と輝く金色の瞳。
上弦の参、猗窩座。
その姿を捉えるより先に、飛び退いた直後発条のように煉獄は呼吸を駆使して斬りかかり、再生したばかりの相手の腕を容赦なく落とす。勢いを借りて首に迫る白刃を、猗窩座は咄嗟に反対の手で掴んでやり過ごした。
さすがの猗窩座も驚いたように目を見開いていたが、楽しくて仕方ないとばかりに哄笑する。
「はははっ、随分な挨拶だなぁ!しかしその身のこなし、更に磨き上げら」
直後、煉獄に蹴り飛ばされて後方に吹き飛び、一際太い木の幹に強かに背を打ちつける猗窩座。
一時息を止めるが、その胸中には違和感が渦巻いていた。これまで話している途中を彼に遮られたことはない。それに煉獄の剣技はこんな粗野で暴力的ではなくて……
顔を上げる前に、己の真正面に覇気が迫る。横っ飛びに身体を流すと、背を預けていた巨木が斬り倒されていた。
「…き、杏寿郎……何か、怒っているのか?」
バサバサとけたたましい音を立てて、林立する木々の枝や葉とぶつかりながら倒れていく木には目もくれず、ゆらりとこちらに隻眼を向ける煉獄。
顔を合わせてからひと言も発さない炎柱に異質なものを感じ、猗窩座は恐る恐る訊ねた。
「……」
質問には答えず、煉獄はひと息に距離を詰めてくる。同時に空いているほうの手で猗窩座の胸倉を掴み上げるなり乱暴に唇を重ね、突然の行動に狼狽える相手の口腔内に舌を捩じ込んだ。
縮こまっていた舌に己のものを絡ませて吸い上げ、上顎をぐるりと撫でていく。
その後も散々暴き倒して、ようやく口を離した頃には猗窩座は軽く目眩を覚えていた。
そんな上弦の参を見遣りながら、煉獄は抜き身の日輪刀を手にしたままの甲で自身の口元を拭って、恨みがましそうな低い声音でひと言呟いた。
「…来るのが遅すぎる」
「な…」
そう言うなり、日輪刀を乱暴に地面に突き立てる煉獄。
これまで耳にしたことのない声は、怒気というよりも気怠さのほうが濃厚で。
捕食者さながらの飢えた表情に、猗窩座は身体の内側からぞくぞくと官能が這い上がってくるのを感じた。
「これはきみのせいだ。責任を取れ」
「…その漢らしさ。堪らない……なんの責任だか覚えはないが、覚悟しろ」
口角を無意識に上げ、猗窩座は金色の頭に手を回してぐっと引き寄せ深く口付けた。