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その先。

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とっぷりと夜が更けた頃、草を踏みわける足音を聴覚が捉え、左近は杯を煽る手をとめた。
もとより気配を消す気はないらしく、堂々とこちらの陣幕の前で立ち止まる。

逡巡する間もなく暖簾のように布が捲られ、宗矩が長身を屈めて入ってきた。


「失礼するよォ」

「随分遅かったじゃないですか。もう寝ちまおうかと思ってましたよ」


言いながら空の杯を置いてやると、やれやれと言わんばかりに宗矩はかぶりを振りつつ腰を下ろした。


「お宅の大将がお酌なんぞに来るからでしょー」

「ははは、天性の人たらしなんですよ。大目に見てください」


徳利を持ち上げ、相手の杯を満たしてやる。
ついでに自分のぶんも注ぎ足した。

決戦前に勝利を確信してひらいた宴の途中で、総大将たる豊臣秀吉は前田利家ら重鎮やねねを引き連れて、徳川陣営に顔を出していた。
通常の感覚でいえば、総大将がお酌まわりなんて有り得ないが、百姓の出であるあの大人物には、その常識は特に重んじるものでもないようで。


「秀吉殿は打算抜きで大局を見るよね。相手が喜ぶことを骨の髄で理解してるって感じかなァ」


それに引き換え家康殿は打算にまみれてるよね、と宗矩は声を上げて笑い、ぐいと杯を傾ける。
己の雇い主に対してこの言い種である。怖いもの知らずというか何も考えていないというか…


「ねェ、島殿。天下泰平って、なんだと思う?」

「…唐突ですね。……いや、いつものことか。」


その何も考えていないであろう男の口から、そんな言葉が飛んできて左近は苦笑した。
酒を口腔に流し込み、舌で味わいながら逡巡する。


「そうですね…。戦をしようと考える人がいない世ってことじゃないですか?」


深く考えずに答えてみると、杯を手にした右手の人差し指をびしっとこちらに向けて、宗矩が大仰に頷いた。


「そう!そういうことだよ。捉え方は人それぞれだろうけど、拙者も概ね島殿と同じ意見だね。」


ぐいと再び右手のものを飲み干し、更に注ぎ足そうとしたところで宗矩の動きがぴたりと止まった。
何事かと視線をやると、空になった徳利を逆さにして、唇を尖らせ寂しそうに振ってみせる相手。
存外酔っているのではと訝しみつつ、左近が新しい酒を出してやると素直に受け取ってそそくさと酒を注ぎながら、宗矩は言葉を続けた。


「家康殿が目指してるのは天下泰平なんだってさ」

「へえ。ご立派ですね」

「でもそれって、刀を捨てるってことじゃないかい?」

「…でしょうね。刃物を持ち歩いて互いに互いを牽制していちゃ、平和なんて上っ面だけですし」


そこまで返して、宗矩が何を言わんとしているのか察した。

戦をするしか脳のない武将たち。
その行く末を案じている。

一般兵らは農民の出も少なくない。が、階級が上にいく者ほど刀を捨てられないのではないか。


「島殿は、どう生きる?」


相変わらず緩んだ表情をしているくせに、妙に核心的なところを突いてくる御仁だ。

左近は軽く顎をさすって目を伏せてから、嘆息混じりに口をひらく。


「…どう生きるかと訊かれても……。」

「おや、意外だねェ。身の振り方を決めていないのかい?」


愉しそうに細い目を更に細くする宗矩に、微笑を返した。


「ええ。必要ないでしょ?…だって、その世が成った暁にゃ俺は死んでいるでしょうから」


徳川の野望が叶うとき。
それは即ち、豊臣が崩れたときだ。

大一大万大吉を豊臣の世にしか見ていない石田三成は、きっと豊臣とともに潔く散るだろう。
ならばそれは、俺が散るときでもある。


あっけらかんと言ってのけるこちらに、宗矩はこれ見よがしな大きな溜息をついてみせた。


「だーかーら、訊いたの。徳川の世で生きている自分ってやつを、少しは想像してみてよ…」

「はっはっは」

「……。…あーもう、」


身を案じて頭を抱えてくれる大剣豪に、なんとも言えない愛しさのようなものが込み上げてくる。
左近は笑いをおさめて相手に手を伸ばし、そのまま頭部を引き寄せて覗き込むように屈むと、掠めとるように唇と唇をあわせた。

文字どおり触れ合わせただけで身体を離し、くすりと笑う左近を宗矩はぽかんとした顔で凝視する。


「大丈夫ですよ、柳生さん。俺が死んでも、あんたが覚えていてくれるなら、俺はあんたの中で生き続けてるってことだ」

「……、」


勘のいい大剣豪は、酒を酌み交わす二人の総大将から未来を見たのだろう。

時代は移ろうものだ。
混沌とした時代から抜け出るには、三人もの英雄が必要であり、その英雄にはそれぞれ役目があった。

武をもって新たな道を示した、天下布武の織田。
その道を切り拓きすべてを平らげる、天下統一の豊臣。
そして三人目は、平らかになった国をまとめ上げる役目を担う。
それは残念だが主たる石田三成では成し得ない。
天下泰平は徳川のものだろう。

役目を終えれば、潰えるのは必然。
いつまでも拘泥していては、時代は止まり、進化は望めない。

口を噤む宗矩は、眉間にしわを寄せて手元に視線を落とす。


「…なんて顔してるんですか。まだまだ死にませんよ。」


普段はまずお目にかかれない思い詰めたような表情に、左近は穏やかな声音で低く宥めてやる。

時代に応じて生き方を変えることだってできるだろう。
しかし、それは可能であるというだけで、どう生きるかは己で選ばなくてはならない。


作品名:その先。 作家名:緋鴉