特別への一歩
「確かに、我としても街に不利益を招く事態は避けたい。しかし、ここの住民たちの間ではそういった心配りで商売が成り立っているように感じるのだが…」
「喧しい。いいから貴様は黙っていろ」
有無を言わさず奴の前に手を出し、財布を差し出すよう催促する。
そんなこちらに穏やかに笑い、ネツァワルピリはグランから預かってきていた財布を素直にガウェインに手渡した。
「ふん。いいか、絶対に喋るなよ」
「では後方に控えていることとしよう」
その後、目的の店に辿り着くなりネツァワルピリは言葉どおり荷車の後ろで待機し、注文と支払いをガウェインが受け持つこととなったのだが。
「随分とお求めになるのねぇ。何人くらいの団体さんなの?」
「200人程度だ。まだ増えていくのだろうが、貴様には関係ないだろう」
店主の老婆の問いに適当に答えてやると、老婆は大仰に驚いてみせた。
「あらあら!それはまたすごい人数ねぇ。…そうだわ、これ良かったら持って行ってもらえないかしら」
手を打って店の奥にゆっくり消えていく老婆を無視することもできず、ガウェインは舌打ちして店先で腕を組んで待っていたが、少しして老婆の声が「ちょっとお手伝いしていただける?」とかかった為、嘆息を落として店に足を踏み入れる。
そこには酒樽が五つほど鎮座しており、老婆はまるで不可能だというのにその一つを運ぼうとしていた。
「お、おい店主!貴様何をしている!とっとと手を離せ!」
老婆と酒樽の間に身体を割り込ませて声を荒げる。
「倒れて怪我でもしたらどうする!馬鹿かっ」
「ごめんなさいねぇ。持って行って欲しいのはこの樽なのよ。出来たら全部、お願いしたいんだけど…」
「…理解できん。これは貴重な商品だろう。売上を考慮できないほど耄碌しているのなら、早々に若い者に店を任せることだな」
辛辣な言葉にも老婆は優しく微笑んで、ゆるゆるとかぶりを振った。
「違うのよ。これは一度開封してしまった果実酒でねぇ。新品なら売れるけど、これじゃあねぇ…。場所ばかりとって、私じゃあ動かせないし…。捨てることもできなくて困っていたの」
「身内で飲めば問題ないだろうが」
「あなたみたいな優しい子にあげるほうが、私たちはよっぽど嬉しいのよ?」
「優しいだと?貴様……愚弄しているのか」
「これでも人を見る目はあってねぇ。年寄りを助けちゃくれないかい」
しわがれた穏やかな口調なのに、一歩も引く気がない老婆の様子にガウェインは次第に反論できなくなっていく。
…仕方ない。
これも呪いを解くための人助けと思えばいい。
「……わかった。もらってやる」
「あら、ありがとうねぇ」
目尻の皺を深くして喜ぶ姿に、理解しがたいものを覚えつつガウェインは店の外に声を張った。
「ネツァワルピリ、手を貸せ!」
すぐに顔を出した男に事情をかい摘んで説明し、酒樽を外へと運び出していく。
既に購入していたものとあわせて酒樽は10。荷車はほぼ一杯となり、さすがに強度が心配になってくる。
「ねえあなたたち、これも持って行ってくれない?」
姿が見えないと思ったら、またぞろ奥から袋に入った何かを手にして老婆が戻ってきた。
「ええい面倒だ!もらう!もらうからもう勘弁しろ!」
ひったくるように袋を受け取ったガウェインは逃げるように店から出て行き、取り残された老婆とネツァワルピリは笑顔を交わすのだった。
先程よりも随分大きくなったモーター音を垂れ流しながら、荷車をひいて艇に引き返す。
相変わらず重さを感じないというのはどういう仕組みなのだろうか。考えたところで理解できるとも思えないため、ガウェインは黙々と歩みを進める。
…若干の気まずさを覚えながら。
そんなこちらの胸中を知ってか知らずか、隣で荷車をひく鷲王はすこぶる機嫌良く(……否、この男が機嫌が悪かった試しなどないが)口をひらいた。
「誰が買い手であろうと結果は同じ。なれば、この街の人々は他者に施しをすることに喜びを感じているのであるな」
「何が喜びだ…。俺のアレは単なる都合のいい廃棄処分で、貴様のは下心からくる媚びだろうが」
忌々しそうに吐き捨てると、声も高々と笑い飛ばされた。
「はっはっは!捉え方はそれぞれとは言え、さすがにそれは暴論と言えよう。人の温かみというものであるぞ」
その単語に、ガウェインはぴくりと反応する。
あの憎き魔導師も\\\\\\\"人の温かさ\\\\\\\"とやらを口にしていたか。
「あれが人の温かさだと?自己満足の押し付け合いの間違いだろう」
「己の利益よりも相手の心を優先する。誰かに施すことで、その誰かは恩に報いようとするであろう。人の温かみの輪廻で、この街は成り立っているのかもしれぬ」
「…意味がわからん」
「自己満足の押し付け合いも、受け取り方次第では双方に幸せをもたらすと言ったほうが良いか」
耳に心地良く染み渡る相手の言葉を噛み砕こうと試みるが、頭の中が花畑に埋め尽くされている凡愚の馴れ合いとしか思えず眉根を寄せる。