特別への一歩
身体を離し、これ以上触れる気がないことを証明するように両手を肩の高さに挙げて、ガウェインの様子を伺った。
「……お、……っ、」
「……?」
何かを言いかけて、口をぱくつかせるが、顔を真っ赤にして歯噛みする青年。
ネツァワルピリは長身をやや屈め、相手を刺激しないようそろそろと耳を寄せてみた。
「…お、終わり……なのか」
「……………」
雷に、打たれた気分だった。
終わり、とはつまり接吻が、という意味で良いのだろうか。
嫌がられていなかったどころか、まさか彼の口からそんな言葉を聞くことができようとは…
ごくりと生唾を飲み下しつつ、偽りなく胸の内を明かす。
「ガウェイン殿…、今はこれ以上お主に触れると我の理性が危うい。今はまだ、児戯にも等しい口付けを許してもらいたい」
「べっ、別に俺はっ!そういう意味でっ…!」
「我は、足りぬ」
「ッ…」
かっとなって否定してくる相手に被せるように、強く、真摯にネツァワルピリは訴えた。
「叶うならば、今ここでお主を押し倒し、深くその口腔内を犯してしまいたいところであるが、」
「犯す…!?」
「如何せん、怪我もしている上に団長たちと落ち合う約束もある。日が暮れる前に町に着かねばならん」
平静を装ってそう告げたところで「ただ、」と続ける。
「我もそう長くは我慢できぬ。…夜までに覚悟を決めておいてほしい」
「……わ、…わか、った」
真っ直ぐ劣情をぶつけると、ガウェインはいっぱいいっぱいになりつつこくこくと頷いた。
(ガウェイン視点)
その後、足場が悪い中川沿いに町へと進んでいき、なんとかグランたちと合流を果たした。
「ガウェイン!よかった……無事だったんだね!」
「オイラもひやひやしたぜ…。コルワなんか、ハッピーエンドしか認めないって言って、すげえ怖かったんだからな」
心底ほっとした様子のグランの横で、ビィも気が抜けたように笑いながら言う。
ガウェインは軽く鼻を鳴らして顔を背け、嘆息を落とした。
「…貴様らに心配されるほど柔ではない」
「とか言って…傷だらけじゃない。打ちどころ悪かったら笑えないわよ」
じとっとした目でコルワに横槍を入れられ言い返せずに口籠っていると、グランがネツァワルピリに目を向ける。
「ネツァも無茶して……大丈夫だった?」
「うむ。団長たちも、道中は大事なかったか」
「平気だったよ。土の中の魔物っていうのもあのあといなかったし。でもキャラバンの人たちが、あそこの崖道は通行禁止にするって言ってた」
グランとネツァワルピリが騎空艇の停泊場に向かって歩くその後ろを数歩離れてついて行くと、不意にコルワに腕を引かれた。
「…勘違いだったらごめんなさい。…鷲王さんと、何かあった?」
「!?」
慌てて前方に注意を向けるが、未だ二人での会話は続いており聞こえていないようだった。
咄嗟に歩みを緩めて声を抑える。
「な…何かとはなんだ……っ」
「……ふうん。」
精一杯はぐらかしたはずなのに、コルワはにんまりと笑い得心いったように何度か頷いていて。
彼女は何も言っていないのに、何故か図星を指された気分に陥り焦って言葉を募らせた。
「ち、違う!貴様は何か勘違いをしている!」
「…そうかしら」
「とにかく違うからな!そういうアレではないからな!」
「いいじゃない、アレでも。私はハッピーエンドが見たいだけよ」
「ええい煩い!違うと言っているだろうが!」
そんなこちらのやり取りに、先行していた二人と一匹もさすがに気がついたようで振り返って足を止めていた。
「へえ。ガウェインがネツァ以外の人とあんなに喋ってるの、珍しいね」
「はっはっは!仲が良いのは素晴らしいことであるな!」
「うーん。…あれ、仲いいのかぁ?」
ビィの疑問を他所に、ネツァワルピリは声を張った。
「ガウェイン殿!なんの話であろうか!」
「煩い黙っていろ!貴様のせいだ!」
「なんと…」
ネツァワルピリの介入にコルワは目を輝かせたが、即座にガウェインが切り捨てた。
目に見えてしょんぼりと肩を落とす長身の男の様子に後悔の念が押し寄せるものの、この場を切り抜ける術も思いつかずガウェインは全てを否定しながら艇へと戻る足を早めるのだった。