芽吹き
+++
そろそろ日暮か。
日が傾きつつある空を見て、ガウェインは喫茶室から甲板に足を向けた。
邪魔にならないよう壁沿いに置いておいた鉢植えをそっと拾い上げ、土の具合を確認する。
午前中にくれた水はすっかり吸い切ったようで土はもう乾燥していた。
…これは、もう一度やったほうがいいのか?
植物に詳しくはないが、やはり乾いているのは良くない気がする。しかし水のやりすぎも逆効果だと聞いたことがあるし…
どうしたものかとモミジと睨めっこしていると、横合いから声がかかった。
「なに怖い顔してるんだい?」
顔を上げると、なかなか艇で会うことのないシエテが歩み寄ってくるところだった。
「珍しいな。団長に用事か?」
「うん、もう済んだけどね。それってカエデ?…いや、モミジかな?」
こちらの手元を見て訊ねてくる男に、モミジだと答えてやるとへらりと笑みを向けてくる。
「ガウェイン殿にこういう趣味があったのは意外だね。綺麗に育ってるじゃない」
「…俺のではない」
「ん、そうなの?」
そう。
俺のものではないのだが、これの持ち主が艇を離れてかれこれ五日。
要らぬ世話だろうが、葉が紅くなることをあれほど楽しみにしていたのだ、帰ってきて木が弱っていたら落ち込むだろうと思い、勝手に水やりをしていた。
うまく育ってほしい。
そう言っていた男の暖かな笑顔を思い出すと、大事にしたくなってしまう。
「おい、水はどれくらいやればいいか知ってるか?」
「俺も詳しいわけじゃないけど……地植えじゃなくて鉢だし、毎日やったほうがいいんじゃない?」
「土が乾いたら水を足すのか?」
「花なら表面が乾いたらって聞いたことがある。木は……どうかな。あんまりあげたら腐る気もするよね」
「やはりそうか。あまり参考にはならないが、礼は言おう」
「あはは、酷くない?」
西陽があたってしまわないよう、移動させるために屋内に足を向けると、シエテが感心した様子で言う。
「…随分大切にしてるんだね」
「なっ……べ、別にそういうわけではない…!」
なんだか図星を突かれたような気がして咄嗟に否定するが、かえってその反応が相手に確信たらしめてしまったようで。
得心いったとばかりに、シエテが大きく頷いた。
「あー、なるほど。ネツァ殿の、だね」
「ぐっ…」
…くそ。何故わかる…?
内心舌打ちしつつも、嘘をつくのもどうかと思い返答に窮しているガウェインに対し、天星剣王は皆まで言うなとでも言いたげに「まあまあ」と手で制してくる。
「そういえばまだ見かけてないな。部屋かい?」
なんの気なしに飛んできた質問に、ぎゅっと胸が苦しくなる。
「……、いや。外出中だ」
「?……いつ帰ってくるの?」
「…わからない」
精一杯平静を装い、端的に切り返す。余計な感情をのせないように。
なんてことはない。あいつは王としての務めを果たすために帰ったのだ。部外者たる俺が口を挟む道理はない。
自分自身に言い聞かせるように胸中で呟くが、シエテははっとした表情で唐突に踵を返した。
「ちょっとグランちゃーん!どこー!」
おもむろに、大きな声で団長を呼びながら探しに行ってしまう。
胸にぽっかり穴が空いたような虚しさを覚え、ガウェインは唇を引き結んで屋内に戻った。
翌朝。
食堂で朝食をとるガウェインの肩を、グランが背後からがっしと掴んだ。
口に頬張ったばかりのパンを咀嚼せずに飲み下してしまい、やや涙が滲んだ目を恨みがましく後方に投げる。
「…俺を殺す気か」
「おはようガウェイン!」
そんなこちらのことなど意に介した様子もなく、我らが団長は元気な笑顔を見せてくれる。そして、予期せぬ発言が続いた。
「もうすぐ翼の一族がいる島に着くよ!」
「……な、なん…だと?」
翼の一族の島……つまり、ネツァワルピリが現在里帰りしている島だ。
いつも枠に収まらない言動をする団長だが、今回はまたどういうことか。
ガウェインは、話が見えないながらに曖昧に訊ねる。
「…奴から、手紙がきたのか?」
「まだだよ」
「……」
ならば行かないほうが良いのでは。
迎えを希望していないということは、後継ぎ問題が難航しているか、解決の最中…つまり子を成す過程にあると考えるべきだろう。
そんな渦中に割り込んだところで、邪魔以外の何者でもない。
たっぷりの不信感を込めてグランを見つめると、少年は自信満々に腰に手を当てて軽く胸を反らしてみせる。
「大丈夫だよ。行けばわかるって」
「…何か知っているのか?」
「うん。シエテが教えてくれたんだ。翼の一族の、王様の決め方ってやつ」