天空天河 七
長蘇の見せかけの弱さに騙され、すっかり侮った夏江は、ついぽろりと、『魔』の事を口走ってしまった。
「何だと!、滑族の『魔』だと??!!。
何故、そんな物を夏首尊が。」
夏江が手に持つ、小さな筒の周りを、黒い『魔』がもやもやと渦巻いている。
──いや、、違う、、。
夏江の使う『魔』は、こんな物では無い筈。
もっと、強大な何かが、何処かにある筈だ。
それを出させないと、、、。
まだだ、、、まだ、耐えるのだ。
一発で夏江を仕留めねば。
それに、飛流はまだ金梁に戻ってはいない。
飛流が戻れば、それは景琰が戻ったという事。
真っ先に私の元に来るはず。──
油断した夏江は、語り続ける。
「陛下は滑族の繁栄を約束して、玲瓏公主を後宮に入れ、『祥嬪』とする代わりに、玲瓏公主の持つ『魔』力を提供させた。
陛下はその玲瓏公主に『魔』力を利用し、帝位に就いたのだ。」
「何だと!、祥嬪だと!、滑族の女が妃になっただと?。
ならば、誉王殿下は滑族の血筋か、、、。
だが何故、それが今は夏首尊の手元にあるのだ?。」
長蘇は大体の事情は知りつつ、大袈裟に驚いて見せた。
夏江はその長蘇の反応に満足した。
「ふふふ、、、、。
陛下は滑族なぞ、初めから、根絶やしにするつもりだったのだ。
騙されたと気がついた玲瓏公主は、反旗を翻した。
だが、滑族の最後は、皆が知る通り。
玲瓏公主が、自分の『魔』力の残りをこの玉の筒に入れ、妹の璇璣公主に復讐を託したのだ。
私はな、その璇璣公主を娶った。
私はこの秘密を、知っていたからな。
そして璇璣に、『魔』を増幅させる術をかけさせた。
『私が復讐の協力を惜しまぬ』と言えば、璇璣は私の言葉に絆(ほだ)され涙した。そして自分の命を削り、この筒の『魔』の増幅に尽くして、精魂尽き果て、死んだのだ。
璇璣が死んでも、玉筒の『魔』は増え続ける。
この世に恨みや、苦しみで死んだ者は数知れない。そういった怨念がこの筒に集まり、『魔』を作り出し、増やしているのだ。
これは、無限の『魔』力を生み出す宝よ。」
さっきの男の額にある黒い痣から、苦しみ恨みが湧き出し、この筒の『魔』力となる。」
「ならば、私にも黒い痣が出来、『魔』の糧となるのか?。
そんなのは嫌だ。」
「アハハハハ、、、。
察しが良いな、梅長蘇。
お前の精魂は『魔』に溶け合い、一つになるのだ。
素晴らしいだろう。
光栄に思うが良い。」
「うぅぅぅ、、、、何と恐ろしい、、、。」
「諦めろ。
今、この世に、私に敵う者などおらぬ。
そう、、、かつて、友だった者も、私が排斥した。
私の計画には、最も邪魔だったからな。
赤焔軍の林燮。
奴を嵌め、奴の軍隊をも滅ぼしてやった。
それまでに作り貯めた『魔』の丸薬を兵士に与えた。
私の兵士達は、死をも恐れぬ、思い通りの兵士になった。
赤焔軍七万など、蹴散らしてやったのだ。
疲れも恐れも感じない私の兵士を止められる兵器など、この世の何処にも有はしない。」
ドクンッ、、、 ドクッ、、、、
赤焔軍と林燮の名、梅嶺での記憶が、長蘇の仮面を外させた。
巻き上がる炎の中、義兄弟や仲間達が、、、、、父が、、、、、まるで紙屑の様に倒され、燃やされ、息絶えた。惨たらしい梅嶺の惨状が、、、、。
昨日の事のように、鮮やかに甦る。
林殊の身体の記憶が、一瞬で呼び覚まされた。
目の前の夏江に斬られ、倒れた、その記憶。
夏江への怒りで、長蘇の身体中の血液が逆流する。
手足を括る、鉄の錠など、引き千切って、夏江の頭に鉄槌を下したい、そんな衝動に駆られる。
夏江は、長蘇の瞳の色が変化した事を、見逃さなかった。
「お前ッ!、一体、何者だ!!!。」
「チッ。」
「やはり只者では無いな。
、、、、、まぁ、良い。
この姿で何が出来る。」
「お前が誰でも、どうでも良いのだ。
懸鏡司にいる、お前を助けに来るなど、不可能な事。
お前を助ける者はいない。
ここに来た勇気を讃えて、一番の苦しみを与えてやろう。」
そう言うと夏江は、手に持った黒い丸薬を、玉筒に入れ、ゆっくりと振ると、もう一度掌に出す。
丸薬はまるで、灼熱の鉄の玉の様に、真っ赤に焼けていた。
だが、夏江は平気で、掌に乗せている。
「この丸薬は別物だ。
未だ誰にも試したことが無い。
梅長蘇よ、特別にお前に与えてやろう。」
「、、、、それを飲めば、私はどうなる?。」
「はははははは!!、怖いか!、梅長蘇。
そうだろう。
お前は『魔』者になるのだ。
身体も心も、醜い『魔』に変わり、私の傀儡として生きるのだ。
生きる間、『魔』に蝕まれ、苦しみぬけ。
だが安心するが良い、私が苦しみの和らぐ薬を、更に特別に与えよう。薬が効くあいだだけは身も心も安らげる。
お前は一時の安らぎに、私に感謝をするだろう。
あっはっはっはっはっ、、、、、、。」
「狂ってる、、。」
長蘇が苦々しく言ったが、言葉は、楽しげに笑う夏江の耳に、入りようもない。
息を切らし、自分に陶酔し、高らかに笑う夏江。
余程嬉しいのか、笑いが止まらない。
だが直後、突然に、夏江の様子が変わってきた。
「ふふふふ、、、、、おほほほほほ、、、、、、、。」
口元に手を当て、淑やかに笑う夏江。
───、、、む?。
夏江に異変が?、、、、、キモッ。───
「それだけでは無いわ。
お前は『魔』王として、この金陵を襲い、陛下を、亡きものにするのよ。
梁の民の恐怖と恨みの象徴とおなり!。
私が怪物のお前を、討伐してやるわ。
そして誉王が、この国を継ぐの!。
ホホホホホ、、、、、、。」
──違う、これは夏江では無い。
、、、、何だ?、、、、、一体、、、。──
夏江に、別の人物が表れた。
憑依でもされたかの様だった。
淑やかに、そして高らかに笑う夏江。
──これはまるで、女子の様な、、、。──
「我が滑族は滅ぼされ、奴婢となり、辛酸を舐めた日々。
あの日々を、この梁を滅ぼす為に、耐えたのだわ。
だが、我が滑族を滅ぼした赤焔軍と林燮を、皆、殺せた事は、滑族の誉れだわ。首長の一族としての宿願を果たせた。
ほほほほ、、、赤焔軍など、逆賊にしてやったわ。
林家の一族は汚名を着せられ、滅ぼされ、墓碑も無く、子孫に供養されることも無い。
我が滑族と同じ目に遭わせてやったわ!。
ほほほほほほ!!!!。
お父様!、お母様!、死んだ滑族の英雄よ!、そしてお姉様!、見ていて!、間もなくよ!。
梁の者は許さぬ。
一人残らず、地獄に送ってやるわ!。」
──璇璣公主か!。
璇璣公主が夏江に、憑依でもしたのか。
璇璣公主は死に、肉体は朽ちたと言うのに、何という執念だ。──
夏江の様子をじっと伺う長蘇。
その長蘇を見て、夏江の表情が、にわかに変わった。
いままでに見せなかった、恐怖の色を含んでいる。
「お前ッ!!、何者だッ!!。
嫌な匂いがする!!!、何だこれはッ!。
、、林家!!、お前、林家の者かッ!!。
生き残りなどいない筈!!。」