天空天河 七
だから、我らは安心して小殊に付いていけた。
夏江の事を、掴みきれないまま、金陵に来て、そして風雲を起こすと、、、小殊には急がねばならぬ理由があるのだろう。
、、、、、一体、、それは何なのだ?!、、、、。━━
今更ながら、長蘇のやり口を、恨みがましく思った。
━━嘗て小殊は、夏江に一泡吹かせた事が。
林燮と夏江は義兄弟ではあったし、確か、恨みには思わなかった筈。
だが、梅嶺で小殊を討ったのが、夏江だと聞いて、ずっと小殊を恨んでいたのかと、背筋が凍った。
私には、梅長蘇は、小殊にしか見えぬのに。
、、夏江を欺けるだろうか。
夏江は、一目で見抜いてしまうのでは。
伊達に懸鏡司の首尊なぞが、出来ている訳では無い。それなりの実力と実績があるからだ。
きっと『林殊だ』と、正体は直ぐにバレる。
、、、、ぁぁ、、、不安で仕方がない。━━
精一杯走る馬に、鞭をくれるのは、可哀想で、今まで鞭を使ったことは無い。
━━だが、急いでくれ。
頼む、分かってくれ!。━━
靖王は心の中でそう言うと、ぴしりと鞭を当てた。
馬は、靖王の気持ちを理解するかの様に、速度を上げた。
街道の一部には、普段は賑やかな場所もあるのだろうが、今は馬車一台、人一人、見かけない。
江左盟が、全て止めて、通さない様にしていた。
靖王と魏奇達を護りやすくする為、そして、万が一懸鏡司と対決する時には、一般人を巻き込まぬ為だった。
江左盟に向けた、梅長蘇の強い指示だった。
今は無人の街道が、靖王の馬が、思い切り駆けるのに、役立っていた。
もう一つの不安は、謝玉以上の『魔』力を、夏江が持っているという事。
謝玉でさえ、飛流がいなければ、太刀打ち出来なかった。
この先、夏江の見えない力で、魏奇を殺されてしまう不安もある。
「飛流!、ぎりぎりまで魏奇を護送しろ!、だが私が金陵に着いたら、共に金陵に入るのだ!。」
疾走する馬上から、靖王が叫んだ。
どこかで飛流が『云』と言った気がした。
追従する甄平ですら、靖王の馬から離され気味で、靖王が叫んだ内容までは、理解できない。
ただ、靖王の馬に、必死に食らいついた。
「はっ!!!。」
靖王は、今一度鞭を振るい、疾走してゆく。
━━小殊!、無事でいろ!。━━
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「ぐ、、、ぅっ、、、、、ぁぁぁぁ、、、、、。」
夏江が呪文を唱える度に、胸の『魔』玉は大きく脈打ち、長蘇を苦しめる。
『魔』玉はもう、半分以上、長蘇の胸に埋まってしまった。
『魔』玉から、長蘇の胸に赤黒い根の様な物が、四方に広がっていて、一部は腹部まで達していた。
脈打つ度に、根も太くなり、長蘇の白い肌に、浮き上がっていた。
一頻(しき)り苦しめた後。
「さぁて、、ちゃんと答えて貰おうかしら。
お前は都に来て、何をする気なの?。
黒幕は誰?。」
「、、、、、、私は林殊、、、、ハァ、、ハァ、、。」
長蘇は、息を荒げながら答える。
「同じ事ばかり、答えないで!。
林燮の息子は、夏江が止(とど)めを刺した!。
第一、あの生意気な林殊とは、顔も姿も違うじゃないかッ!。
嘘を言うんじゃないよ!。」
思い通りに喋らない長蘇に、夏江は苛つき、癇癪を起こして声を荒げた。
「さっさと吐いておしまいッ!。」
夏江の目が吊り上がり、また呪文をあげ始める。
「ぐぁぁぁぁぁぁ、、、、、。」
「ほぅら、苦しいだろう?。お前が悪いのよ。
だけど、何度、『魔』を増幅させればいいの!?。
もう『魔』玉はすっかり身体に埋まって、こいつと同化しているのに。
こいつときたら、何てしぶといの。」
夏江はうんざりした様に、溜息をつく。
「ハァ、、ハァ、、、お前、、璇璣公主、、、なのだろう?。」
「!!!、何てやつなの!!!。
私に問いかけたわ、、、、呆れたわ。
お前は弱そうに見えるのに、、、、私の力が足りないの?。
胸に埋めた分、額よりも効果は薄いのか?。」
「、、、フッ、、、、。
璇璣公主の『魔』は、尽きる事があるらしいな。
次第に痛みも弱くなっている。あははは、、、。」
「そんな馬鹿な!!。
これだけ痛めつけられて、平気だと言うの??。
くぅッッ!!!、なんて奴なのッッッ!!!。
お前、いい気になるんじゃないわ!。
お姉様から取り上げたこの『魔』力で、お前など直ぐに殺してしまえるのよ!。」
吊り上がった夏江の目が、更に吊り上がる。
また更に挑発する様に、長蘇が「にぃッ」っと笑う。
「こ、、このッッ!!!。」
──璇璣公主の『魔』が、私と同化している、、、。
私が、『魔』である飛流から、体を変えられたせいかも知れない。
鞭打ちや焼き鏝の拷問ならば、私の身体が持たなかったが、、。
『魔』玉だから、死なずに済んでいる。
江左盟を手中にしたいという、奴らの欲が、私に幸いした。
、、、、だが、良かったのか悪かったのか。
私の身体が『魔』に侵されていく、、、。
手足の感覚が、薄れていく、、、。
長い時間、磔られているせいだけで無く、、私の身体に変化が起こっているのだ。
もう指先が、『魔』の影響で、真っ黒に、、、。──
長蘇は上を向き、自分の手を見れば、掌は全て真っ黒になり、腕まで薄黒くなり、『魔』の影響か、脈打つ濃い赤黒い筋が、腕に何本も走っていた。
脈打つ『魔』玉は鼓動を起こし、長蘇の体内に、『魔』液を送っているかの様だ。
まるで蛹から孵る蝶が、体液を羽根に送り、広げている時の様な。
長蘇の抹消血管が、『魔』のせいで、赤黒く変色して、『魔』玉に同化して脈打っている。
懲りずに夏江は、また呪文を唱える。
「ぐぅああああああ、、、、。」
長蘇は今までに無い程の、絶叫をして、気絶し、項垂れた。手足は痙攣を起こし、震えている。
「ほぅら、ごらん、嘘つき坊や。
やっぱり『はったり』だったね。
痩せ我慢はしない事よ、素直におなり。」
長蘇の叫び声に、ほくそ笑む夏江だった。
「、、、なぁんてな。クククク、、。」
気絶した筈の長蘇は、むくりと頭を上げ、笑っている。
「こっ、、、このッッッ!!。」
夏江の顔が、怒りで真っ赤になった。
「このッ!、このッ!!。」
夏江はそう言うと、呪文を念じ、ありったけの『魔』力を長蘇に注ぎ込んだ。
「あははははは、、、、。
璇璣公主よ、諦めたらどうだ。
お前の『魔』力は尽きかけてるのでは?。
そんな微弱な『魔』力を当てられても、何ともないぞ。
あの璇璣公主も、大したことは無いな。
あはははははは、、、。」
「そんな馬鹿な!!。」
「あはははははは。
夏江に取り憑いて、何をしようとしているのかは知らぬが。
夏江がこの梁を乗っ取っても、死んだお前に享受できる物は何も無いのだぞ。
一体何を?、、。滑族の再興か?。
生在る滑族の者は皆、この梁に馴染んでしまった。
今更、滑族を再興してどうなる?。
また権力に翻弄されるだけだぞ。」