天空天河 七
「ぐぬぅぅぅ、、、言わせておけば、、、。
だが、私の力が何故、お前には効かないのだ?。
まさか、お前は私と同じ、、、。」
夏江の言葉に、にやりと口角を上げる長蘇。
笑った長蘇を見て、夏江が青ざめた。
「ちくしょう!、、。
こんな者の為に、私は『魔』力を、、、。」
夏江は悔しがり、子供の様に地団駄を踏む。
「このぉ、、、。
お前など生かしてはおけぬわ。
だが、お前に注いだ私の『魔』力も惜しい。」
夏江は長蘇をじっと見て、暫し考え込んだ。
「お前にやった『魔』力を、奪い取れば良いのよ、、
そう、、お姉様にしたように。
私も痛みを伴ったけど、一度出来たんだもの、出来るはずだわ。
確か、、あれは、、、。」
夏江は、ぶつぶつと、独り言を言っている。
「忘れてないか?、私は痛い目に遭わぬ為なら『璇璣公主に協力する』、と言っているのだぞ。」
「お前の言う事など、どう信用できると!!!。
お前など、とんだ食わせ者じゃないの!!!。」
「酷い言われ様だな、、、私はこんなに善良なのに。
懸鏡司は、善良な一般市民をこんな目に、、、。」
「きぃ──ッ!、やかましいわッッ。
静かにおしッッ。」
「きつぃ物言いだな。
璇璣公主、そんな言葉を発していると、酷く荒々しい表情だぞ。
髪を振り乱して、、、、まるで女鬼の様だ。
そんな姿では、奴婢から成り上がった、嘗て一世を風靡した、女策士が台無しだ。今の姿を、見てみれば良い。
少し休養して、身なりを整えれば、皆が一目置く、美しい璇璣公主が蘇る。
それ、そこに水鏡に出来る、水瓶がある。」
「、、、、、ぁぁぁぁ、、、ぃゃ、、、、。」
夏江はよろよろと、水瓶の側にに歩いていき、中を覗き込んだ。
「夏江!。」
夏江は水瓶の中を暫し見ていたが、ふっと、我に返った。
──しまった、撹乱するつもりが、逆効果だったか。──
長蘇はごくりと唾を飲む。
髪を振り乱した、老いた夏江の姿に、がっかりすると踏んでいたのだが。
事態は、長蘇の思った様には、ならなかった。
──寧ろ、酷くなるかも知れぬ。
、、、、、ただ、少しは、時間稼ぎが出来ただろう。
、、、、景琰、、、、早く、、、。──
「ありがとうね、坊や。
冷静になれたわ。」
夏江はすっかり、落ち着きを取り戻した。
「今から、お前に注いだ、『魔』力を取り戻すわ。
なぁに、簡単なことだわ。
私がお姉様からそうやって、『魔』力を奪ったのだもの。
だって、お姉様は頼りないんですもの。
『魔』力は私の様な、強い者が持つべきよ。
私が『魔』筒に、お姉様のありったけの『魔』を封じ込めたから、お姉様は『魔』力を枯らして、死んでしまったけどね。
全く、お前は只者じゃないわ。
この私の手に負えないなんてね。
大きな力を持つ前に、殺してしまわなきゃ。
きっとこの先、お前が邪魔をするわね。」
夏江はじりじりと、長蘇に歩み寄り、舐めるように長蘇を見た。
「そうね、、『魔』力を抜くなら、玉が要るのだわ。
うふふ、、、折り良く、お前の簪は玉製ね。
それも『魔』気を宿せる、質の良い物だわ。」
夏江は長蘇の頭に手を伸ばし、簪を摘んだ。そして、玉製の冠から、ゆっくりと簪を引き抜いた。
簪を外されると、冠が長蘇の頭から転げ落ち、そのまま石の床に落ちると、ぱりん、という音を残し、砕けた。
長蘇の黒髪の束は、肩に落ち、そして濡らす様に首筋や胸に広がっていった。
何とも麗しい瞬間だったが、璇璣公主に乗っ取られた夏江が、その美しさを感じるわけも無い。
「うふふ、、冠よりも、こちらの簪の方が、質が良いわね。」
嬉しそうに、引き抜いた簪を見ながら、じゃりり、、と、夏江は、砕けた冠を踏み付ける。
「ぁぁ、、、冠の方が高額だったのだが、、、。
璇璣公主が、簪の方を気に入ったのなら、良いだろう。そちらも同じ玉で作られた物だ。」
長蘇は惜しそうに、砕けた冠を見た。
「私を撹乱しようとしているね?。
お前、ここまでされて、気が狂わないとは、やっぱり只者じゃないわ。
味方に出来れば良いのだろうけど、お前は危険過ぎる。
やはり、生かしてはおけないわね。」
夏江は、長蘇の顎を、簪の先で、くい、と上げ、顔を近づけ、じぃッ、と長蘇の瞳を覗き込んた。
夏江の瞳の奥底の、漆黒の闇の煙。
汚(よご)れて、汚(けが)れた、悍(おぞ)ましい生き物が、ぞわぞわと蠢いている。
『魔』とは別の、穢れた物。
不遇な環境の中で、璇璣公主が自身の中で、こっそりと育んだもの。
滑族の首長の血を引くにも関わらず、その生は生まれた時から、不遇であったのかもしれない。
どれだけの闇を抱えて、生きていたのか。
長蘇は、深い深い闇の深淵を、覗き見てしまった。
恐怖に、長蘇の胸に鳥肌が立った。
「おっほっほっほっほ、、、怖い?、怖いのね!!。
梅長蘇!、やっと恐怖を感じてくれたわね!。」
夏江は嬉しそうに笑った。
「ほほほ、、、お前には、もっと楽しんでもらわなきゃね。」
夏江が念を唱えると、簪は夏江の手から浮き上がり、長蘇の目の前で止まった。
夏江は険しい表情になり、簪に喝を入れる。
簪の周りを、夏江の額から出た、黒い煙が取り巻いて、ぐるぐると渦を成した。
更に夏江は念を唱える。
「おほほほほほ、、、、、。」
漆黒の渦を取り込む、白い玉の簪は、忽ち薄汚れた斑を織り成す。
滲み一つ無い、極上の玉は、どんどんと薄汚れ、汚らしく変化していった。
「ほほほほほほほほ、、、、。」
夏江は、玉の出来栄えに満足している様で、高らかに笑った。
煙を全て吸い込み、白かった玉は、不気味で汚らしい、蛇の様な文様が浮き出ている。
「さぁて、、これをどうするか分かるかい?。」
「、、、、。」
夏江は宙に浮いた簪を、指で摘んだ。
小指を立てて簪を摘む、夏江の空いた手が、長蘇の開かれた胸を舐ぞる。
そしてまた呪文を始める。
夏江は指を離したが、簪の先は、長蘇の鳩尾に向けられ、宙に浮いたままだ。
「これをお前の身体に、突き立ててくれるわ。
この玉は、お前の身体に入り、私の『魔』力と、お前の微かな命の灯火を、吸い集めるのよ。
ほほほほ、、、より強い『魔』力となって、私の手元に返ってくるの。」
簪は長蘇の鳩尾の真中、夏江が『魔』玉を埋め込んだ場所に、ぴたりと止まった。
「ほほほほほほ、、、。」
夏江は嬉しそうに笑いながら、簪を指で押す。
「、、、グッ、、、、、、ぅ、、ぁああああああああ、、。」
長蘇の全身に激痛が走った。
長蘇は、声も漏らさず耐えようとしたが、痛みに身体は反り、がしゃがしゃと手首や足首の鎖が音を立てた。
『魔』の簪を飲み込むように、ずぶずぶと『魔』玉を突き通し、長蘇の鳩尾の奥に突き刺さっていく。