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いのちみじかし 中編

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 手汗が恥ずかしいだなんて、昔読んだ姉の蔵書に出てくる恥ずかしがりな少女のようだ。そんなのは柱うんぬん以前に、男の自分には似つかわしくない。けれども身を焼くような羞恥は、どこか甘やかであった。
「どう、して……」
「君を好きになった理由か? それとも……柱だというのに色恋にかまけるなと、告白したことを責められているんだろうか」
 そうだとも、違うとも言えず、義勇はかすかに視線をさまよわせた。好かれる理由など皆目見当つかないのは確かだ。かといって、色恋など言語道断と責める気だって毛頭ない。しかし困惑もまた、厳然として義勇の思考に根を生やしている。

「君に恋した理由は、自分でもわからん。君が好ましい人柄であることも、尊敬する柱であることも、好意の理由にはなるが、恋しさの理由には足りない気がする」

 自嘲なのかはたまた諦観か、ひたむきな眼差しはそのままに、煉獄はほのかな苦笑の気配をにじませた。煉獄の右手が、義勇の手から離れていく。熱い手は、義勇が口を開くより先にそろりと頬に触れてきた。
「君の顔立ちの美しさや、母にどことなく似た立ち居振る舞いが、心惹かれた一因なのは認める。だがこんなにも心が乱されるのは、君の外見が理由ではないと思う。わからないんだ。なぜこれほどまでに君への恋しさが募るのか。君にだけ、俺は欲すらおぼえる。誰かに恋い焦がれる日がくるなんて、思いもしなかった。君の好きなところを挙げるのは簡単だが、恋した理由にはどれも足りない気がする。直したほうがいいと思う点だっていくらもあるのに、それらも含めて君の全部が好きだ。恋しい理由をしいて挙げろと言われれば、君だからだとしか言えん」
 煉獄の手は、熱を集める義勇の頬よりも、さらに熱い。固く大きな手のひらは少し湿っていて、煉獄も汗をかいているのだと知れる。柱としては不甲斐ないことだと、お互い少々反省すべきだろうか。

 どこか的はずれな思考を読まれたわけでもあるまいが、続いた煉獄の言葉は、心なし自嘲気味だった。
「色恋にうつつを抜かすなど、柱としてもってのほかと、責める者もいるだろう。君にももしかしたら、見損なったと軽蔑されるかもしれないが」
「しないっ」
 最後まで言わせず遮り放てば、煉獄の目が驚愕をあらわに見張られる。圧の強さはそのままにかすかに揺れる煉獄の瞳は、うっすらと涙が浮かび上がってさえ見えた。
 潤んだ金朱の瞳は、稚《いとけな》い子供を思わせる。熟して甘い果実の色にも似た瞳だ。
 こんなにも雄々しく堂々とした男に対して、なぜ幼子だの果実だのと、手のなかでそっと守りたいよな言葉が浮かぶのだろう。やみくもに抱きしめ、大丈夫だと慰めてやりたい気すらした。

 いっそ甘やかしてやれたらいいのに。煉獄は、嫌だろうか。たった一つしか違わぬ男に子供のようにあやされたら、さしもの煉獄も腹を立てるかもしれない。

 それでも許されるならば、抱きしめ、髪をなで、甘やかしてやりたいと義勇は思った。そんなことを考える自分が不思議だった。
 ほかの誰にもこのように甘い庇護欲を感じたことはない。なのになぜ煉獄にだけはそんな願いと欲がわきあがるのか。答えを己に問うより早く、胸の奥にジワリと染み渡っていったのは愛おしさだった。

 愛おしい。……そうだ。俺は、煉獄を愛おしく思っている。これこそが答えだ。

 煉獄に対して胸に湧き上がる喜びや恥じらい、焦燥や悲しみ、苦しささえも、愛おしいがゆえに生まれる感情か。思い至った瞬間に義勇の脳裏にくっきりと浮かび上がったのは、婚礼が決まったおりに姉がはにかみながら教えてくれた文字だった。
 真白い半紙へと墨痕鮮やかに書かれた『戀』の一文字。
 遠い日に姉はそれを「|糸《愛》し糸《愛》しと言う心」と言いながら、ゆっくりと書き記してみせた。
 愛しい愛しいと、心は言う。煉獄が愛おしいと、もはや隠しようなく心はささやく。姉や錆兎への情愛とは違う、狂おしいよな愛おしさ。ならば、これが恋だ。
 甘苦しく、切なくて、傍らにいるだけで心騒ぎ、多幸感に浮き立って揺れる。彼が自己を卑下する言葉は己への侮蔑以上に耐えられず、苛立ちと焦燥に突き動かされ、悲しみを覚えもする。煉獄へと向かう心のゆらめきすべては、きっと恋だからだ。これこそが、恋なのだ。

 実感は少々の戸惑いとともに、それでも義勇の胸にあった隙間に、ストンとはまった。
 姉を奪われ錆兎を失ってからずっと、ヒュウヒュウと物悲しい音を立てて冷たい風が吹き込んでいた、小さな隙間。生涯埋まることないこの傷跡とともに、戦うだけの人生を送るのだと思っていた。おそらくは短く、市井の人から見れば儚いばかりの一生を、ひとりで終えるのだと。
 なのに、煉獄は心を凍りつかせるその隙間にしっかりと入り込み、あまつさえまばゆく照らし、温めてくれる。
 凪いで揺れぬ心にさざ波を立てる者はそれなりにいた。けれど、煉獄だけなのだ。隙間をふさいでくれるのは、ただ一人……煉獄だけ。
「軽蔑なんて、しない」
 うれしいとは、言えなかった。恋はまだ義勇の胸で芽吹いたばかりだ。代々炎柱を輩出してきた煉獄家の嫡男が男と恋仲になるなど、許されぬことだと思いもする。けれども、喜びはたしかに義勇の心に湧き上がり、愛おしさはどんどん募っていく。恋しさが血となって、体中をめぐっているかのようだ。

「……ありがとう、冨岡」

 今日は何度煉獄に礼を言われるんだろう。礼を言うべきはむしろ自分のほうだろうに。義勇は知らず唇を引き結んだ。
 生まれてきてくれてありがとうと、言いたかった。好きになってくれてありがとうと、万感の思いを込めて告げたいのは自分のほうだ。思っても言葉がうまく出てこない。予想もしなかった煉獄の告白と、自覚した己の恋心が、いつも以上に義勇の口を重くする。
 煉獄の面映げな笑みと噛みしめるような言葉は、いかにも幸せそうで、義勇は思わず羞恥にうつむいた。
 握られた右手が、少し痛い。頬に添えられた手はどこか及び腰めいて感じるのに、手を握る力は、決して離さんと言わんばかりだった。



 ざわざわと周囲が騒がしくなってきているのに気づいてはいたが、動くきっかけがつかめない。こんなザマを先生が見たら、判断が遅いと叱られるだろうか。
 思えどもわからないのだ。こんなときどんな言葉で、どんな態度で応えればよいのか、まるで思いつかない。
 戦闘ならば迷いはほぼない。決断は一瞬だ。先生の教えや錆兎との鍛錬で培った戦う術と、必死に走ってきた鬼殺の日々で積み重ねた経験が、いつだって義勇に即座の判断を促した。実体験に基づく膨大な戦闘技術が判断材料となってくれる。考えるより早く手足が動く。迷えば迷うほど死へと近づくのだ。悩む余裕などないに等しい。
 だが今、この状況下においては、義勇の経験はなんの役にも立たない。鬼狩りしか知らないのだ。恋などまるきり経験がない。
 誰かを恋しいと思うことも、誰かに告白されることも、義勇にはまったく未知の体験である。記憶のどこを探しても、恋慕に彩られた場面などひとつも見つからない。
作品名:いのちみじかし 中編 作家名:オバ/OBA