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いのちみじかし 中編

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 だから義勇は動けない。なにも言えない。どうすればいいのか、皆目わからなかった。判断をくだせないことがさらに焦りを生んで、逃げ出したくすらなってくる。

 なんて未熟なのだろう。いっそ泣きたいだなどと、先生に滝壺に落とされても文句など言えぬ為体《ていたらく》っぷりではないか。

 困惑と焦燥が、義勇の目をも潤ませる。瞳に映る煉獄の男らしい顔が、ゆらゆらと揺らめいていた。煉獄は、どう動くのだろう。なにも言えずにいる自分を、どう思っているのだろうか。義勇の眉尻が心持ちさがる。視界はいよいよぼやけてきた。
 唇が知らず震えたら、また少し、煉獄の手に力が込められた。ゴクリと小さく聞こえたのは、煉獄が喉を鳴らした音だろうか。
「とみ」
 呼びかける煉獄の声をかき消して、腹に響く重低音の咆哮が辺りにとどろき渡った。
 驚きよりも早く、義勇の手は刀の柄を握っていた。煉獄も同様に、殺気に呼応し抜刀の構えを取っている。バッと獣の檻に向き直った次の瞬間には即座に状況を悟り、義勇は幾分拍子抜けの体で肩の力を抜いた。

「……どうやら、威嚇を無視され怒っているようだな」

 少しばかり気の抜けた声音で言った煉獄もまた、バツ悪げな苦笑を浮かべていた。顔を見合わせれば、先までとはくらべものにならぬ羞恥が襲いくる。色恋など経験がないとはいえ、情けないにもほどがある事態だ。

 告白され答えに詰まっていたら虎に脅された、なんて。とうてい人には言えそうにない。どうにもこうにも喜劇めいている。
 義勇自身、巷間囁かれる浪漫などまったく解さぬ朴念仁であるのは否定しないが、さすがにこれはあんまりというものだろう。ただでさえ公衆の面前で男に告白するという醜聞を、煉獄には晒させてしまったのだ。そのうえ結末がこれでは、目も当てられない。申し訳なさに消え入りたくなる。

 義勇の落ち込みとは裏腹に、煉獄はもう気持ちを切り替えたのか、明るく笑い出した。
「虎といえども、人に囲われ見世物になって眠るばかりでは野生も失ったかと思いきや、いやはやこれは、迫力があるものだな! 冨岡と一緒でなければ、こんな咆哮は聞けなかったかもしれん。得をしたなっ!」
 煉獄が義勇に対する恋情を口にしてから、数分と経っていない。だというのに、煉獄のカラリとした笑みや快活な声からは、痴話の風情は露と感じられなかった。
 ただの戯言《ざれごと》、本気ではなかったのだろうか。もしかしたら、付き合いの悪い同僚へのからかいだったか。
 馬鹿な。煉獄がそんなことをするなどあり得ない。疑う端から、義勇は己の疑念を否定した。
 煉獄の誠実で公正な為人《ひととなり》は、疑うべくもない。ならばこの反応は、と、沈思するまでもなく答えは出た。

 俺を思って……俺のためだ。

 きっと煉獄は、義勇の沈黙を曲解したに違いない。柱ともあろう者が色恋に時間を費やすなどあり得ぬとの葛藤は、煉獄にも少なからずあったはずだ。義勇の応不応に関わらず、ぎこちない関係になるのを厭うているのだろう。いや、義勇が応じるとは、もはや微塵も思っていないに違いなかった。
 だから煉獄は笑っている。答えを求めず、義勇を困らせたりはしないと、ただ笑う。

 義勇は刀の柄を握る手に力を込めた。焦燥と幾ばくかの苛立ちが表れた強さだった。
 たいがいのことには動じぬ平静さを身につけたと思っていたのに、今このときばかりはどうしても、心を泰然と保てない。恋とはこんなにも心乱されるものなのか。
 では、煉獄は? 思えば納得が心を占めた。いつから煉獄が想ってくれていたのかはわからないが、煉獄もまた、日々のなかで冷静さを失うことがあったのかもしれない。彼にとって恋は、不要どころか足かせとなる恐れがある。であれば、煉獄のこの反応は正しいのだ。鬼狩りに、恋などいらない。きっとそれが正解だ。
 心地よい風が二人の羽織を揺らすなか、義勇の肌がサッと粟立ち、すぐに静まっていった。

 このまま終わろう。胸の奥でひっそりと義勇は自分に言い聞かせる。

 恋はすでに義勇の心にもある。いや、思いがけず自覚したのがこの日になっただけで、あるいは義勇自身も気づかぬまま、ずっと煉獄を恋い慕っていたのかもしれない。だがそれも今となっては、考えたところで詮なきことだ。己の恋への決別は、わずかばかりの動揺と嘆きに肌を震わせはしたが、取りすがる気は微塵もなかった。
 煉獄ももう、恋を終わらせるつもりでいるに違いない。判断が遅かったのだ。義勇は胸中で己を嗤う。迷えば死に近づく鬼狩りと同じことだ。人の心は移ろいやすいもの、躊躇する合間に心が離れることもあるのだろう。
 冷静でいなければ。恋は気づいたその瞬間に破れた。乱されている時間など自分にはない。期待に反し、炭治郎が水の呼吸を極めることはなさそうだ。残念ではあるが、今しばらくは自分が水柱を名乗るよりない。炎柱である煉獄と顔を合わせる機会は多くないとはいえ、稀とも言えないのだ。少なくとも半年に一度の柱合会議では必ず顔を合わせる。気まずい時間を過ごさせたくはない。
 自分と違ってまっとうな柱である煉獄の、負担になってはいけない。煉獄を死に近づけるかもしれないのなら、恋などしてはならない。

 黙りこくった義勇に会話の接ぎ穂を見つけられなかったのか、煉獄の笑い声が尻すぼみにやむ。きまり悪さを覚えてもいるだろう、自分の気遣いをくみ取る気がないのかと、苛立たれてもしかたがない。けれど煉獄は、どこか困ったように微笑んだだけだった。

「冨岡、俺は」
「こっちこっち! ほらっ、刀抜こうとしてやがる奴らがあそこに!」

 ドタバタと騒がしい足音とともに、そんな声がひびいた。突然の怒鳴り声にポカンとして、声のしたほうへ顔を向ければ、こちらを指差す男の背後から警官が駆けてくる。
「貴様ら! 帯刀しているばかりか、こんな場所で刀を抜こうとするとはなにごとか!」
 こういうことは幾度もあって、任務ならば隠や下級隊士が対応してくれることもあるが、義勇は一度もうまく切り抜けられた試しがない。殺気には敏感に反応もできるが、周囲の気配ははた迷惑な者たちへの不愉快さや困惑ばかりだったから、官憲を呼ばれていたとは思いもしなかった。
 どうしたものかと思いあぐねる間はなかった。
「これはいかんっ。冨岡、逃げよう!」
「え?」
 ふたたび手を取られた途端、檻越しに襲いかかろうとする虎の咆哮やら、警官の怒鳴り声を背に、煉獄が駆け出した。引っ張られた義勇も、ためらいつつも走り出す。
 こういった場面を切り抜ける経験値は煉獄のほうが高いだろう。それなのに躊躇なく駆け出した煉獄に、義勇は目を白黒させるばかりだ。

 困惑にはやっぱり、甘いときめきと少しの切なさが入りまじる。終わらせるのだと決心したそばから、ささやかな接触への歓喜が胸に満ちた。
「跳ぶぞっ!」
 突然の宣言は、義勇ならついてこられると疑わない。タンッと地を蹴った煉獄につづき、義勇も敷地を隔てる樹木へと跳び上がった。一連の騒動からなる逃走劇を注目していた人々から、驚愕と感嘆の声がわいた。
作品名:いのちみじかし 中編 作家名:オバ/OBA