いのちみじかし 中編
噂などあてにはならない。柱とはこれほどまでに強いのか。交々《こもごも》に湧き上がる熱狂とやはり自分では駄目だとの悲嘆を抑えつけつつ述べた礼を遮り、吐き捨てるように告げられた言葉が耳によみがえる。
『死を恐れぬことと死に急ぐことは違う。おまえが抗うことをやめ死を受け入れれば、背後にいる者もまた死ぬ。それを忘れるな』
彼の言葉には激励ほどの熱は感じられず、そのころの義勇にさしたる感銘を与えるものでもなかった。けれど、不思議と忘れがたい言葉であったのは間違いない。この場で死んでもいいとがむしゃらに刀を振るうだけだった義勇の戦い方が変わったのは、あの言葉が頭から消えなかったからだろう。
二度目に逢ったのは、義勇が水柱として初めて柱合会議に座したときだ。彼からはもう、義勇を助け出したときの精悍さなど、感じられなくなっていた。義勇に倦んだ眼差しを向けた彼からは、酒の臭いがした。
悲しみが、絶望が、さながらぶ厚い雨雲の如くに、ゆっくりと彼を覆い尽くしていったのだろう。信じたくないと思えども認めざるをえない恩人の凋落に、義勇の胸に兆したものは、これほど強い人からでさえ恋はすべてを奪うのかという、哀惜と驚愕だ。
鬼狩りは恋などしてはならない。あぁ、そうだ。義勇は煉獄の背に回せぬ手を、強く握りしめた。
あの日たしかに自分は誓ったのだ。鬼狩りに恋など不要、努々《ゆめゆめ》それを忘れてはならないと。胸に芽生えた煉獄への恋心に気づけなかったのには、おそらく、あの決意が無意識に警告していた面もあるに違いない。
煉獄の父によって抑止されていた恋心は、それでも、彼の息子である煉獄によって芽を出した。なんという奇縁か。なんだか泣き笑いたくすらなってくる。
義勇個人としての憂慮だけでなく、柱の不在は鬼殺隊にとっても悩みの種だ。柱は画数にちなみ九人と定められているが、義勇が柱となる以前より、柱の人数が揃うことは長らくなかったという。義勇も鴉が告げる殉職の報を何度も聞いた。
柱合会議から人が減るごとに、次に空く席は炎柱かもしれないと危惧していた、あのころ。煉獄が甲のまま柱合会議に列席した日に、心のどこかで感じたのは……そうだ、思い出した。安堵だ。
義勇の瞳がかすかに揺れる。柱としてはありうべからざることかもしれないが、恩人である先代炎柱の延命を、たしかにあの日の義勇は喜び、安堵していた。
自分の死ならば恐れはしない。命果てようと無惨を斃す。覚悟には髪一筋ほどのほころびもなく、宿願のためなら己の命をかけることになんのためらいもない。それは、義勇にとっては生き抜くことと同義だ。守るためなら。守れるのなら。命なんていくらでもかけられる。
それでも死に急ぎはしない。守るのだ、今度こそ。己の限界まで死に抗い戦い続ける。先代炎柱の言葉を聞いたその日から、ただそれだけが義勇を突き動かし、資格はないと自己を否定しつつも、重責を担う決意も生んだ。
ほかの柱に対しても守りたいのは同じことだ。先代炎柱の処遇について柱たちが議論するのを聞きながら、脳裏に浮かべた言葉を思い返せば、やはり自分は柱失格なのだろう。熟練の域に達した技と肉体を持ちながら鬼狩りを降りる是非を問うより早く、生きていてくれるならそれでいい、そんなことを願った。
同時に、奥方に対する炎柱の深く重い情愛を思い、恋とはやはり遠ざけるべきなのだとの確信もわいた。
柱の空席を憂慮する面々のなかで、ひとり呑気なものだと義勇が自己嫌悪したあの日は、煉獄と出逢った日でもある。
炎柱の雅号を代々継ぐ名家の当主であり、当代柱のまとめ役でもあった先代から、気概を奪ったのが妻への恋ならば、鬼狩りに色恋など不要だと煉獄を弾劾すべきかもしれない。この胸に芽吹いた恋を枯れさせ、煉獄を諭すのが年長者としてあるべき姿だとも言えるだろう。
けれど、明けの明星に似た光は強く義勇に訴えかける。そうじゃない、逆だと。
恋がいらぬものならば。先代炎柱の恋を否定するのなら。それはすなわち、煉獄の存在をも否定するのにほかならない。
そんな馬鹿な話があるものか。義勇は強く、強く、拳を握りしめる。爪が食い込んだ手のひらが痛みを訴えるほどに。
先代の妻に対する恋が、深い情愛が、煉獄をこの世に生み出し、これほどまでに強く思いやり深い柱へと育てたのだ。定めを背負った家系に生まれた責任だけならば、煉獄が、こんなにも鮮やかな光を放つ男になるわけがない。
父と母のあいだにあったのが純粋な愛であったればこそ、煉獄もまた、愛を知る男になったのだろう。人を愛し、人を守ることを信念とし、己を磨くのに余念がない男に。
だから煉獄は、劣る者を見下すことなく、優れたる者へは素直に尊敬の念を抱く。どっしりと揺らがぬ大樹のように庇護の枝を伸ばし、誰にも平等に笑いかけ守り抜く。煉獄杏寿郎という、暗い夜を終わらせる明け星の如き雄々しい柱を世に生み出したのは、先代夫妻の恋であり、煉獄に対する愛なのだ。
そうだ。先代炎柱とその奥方の恋が、歴代随一の炎柱――煉獄杏寿郎を、顕現させたのだ。恋のせいではなく、恋のお陰でだ。
思い至った答えは、義勇をおおいに戸惑わせた。
明るく晴れた思考は、義勇に認めてしまえと訴えかける。震えるこの手を、煉獄の背に回せばいい。抱きしめ返し、俺もおまえが恋しいと告げればいいのだ。煉獄もきっとそれを望んでいる。
だが。
鋭い痛みが義勇の胸を襲った。息が浅くなる。意識せずとも続けられるはずの全集中の呼吸が乱れかけていた。
恋とは決して不要なものではない。絶望を生みもするが、それでも輝く未来への種を蒔くのだと思えば、鬼と人との違いこそが恋なのだという気すらする。けれどもそれは、男女の場合にかぎるのではないだろうか。
この恋には、先がない。実れども、次代の命を生むことなどあり得ぬ恋だ。いいのか、それで。恋と罪悪感の狭間で、義勇の心は千々に乱れて、いっこう落ち着く気配がなかった。
自分はいい。姉が亡くなったときに、冨岡の家を守り血を繋ぐ命《めい》を背負った自分も死んだのだ。ここにいるのは鬼を狩ることでしか価値を得られぬ男でしかない。いずれは誰かを守り死んでゆく。それだけだ。けれど煉獄は。
「煉獄の子は、かわいいと思う」
美しく気立てのいい細君を得た煉獄が、彼によく似た我が子を腕に抱く姿を、義勇は思い浮かべてみた。想像のなかの細君の顔は、姉に似ていた。義勇が知る誰よりも美しく気立てのいい女性が、姉だからかもしれない。
朗らかで慈しみ深い笑みを浮かべ、眠る赤子を覗き込む煉獄と姉に似た女性の姿。涙が自然と浮かび上がるほど、清らかであたたかな、幸せを絵に描いたような光景だ。
煉獄には、そういう幸せをつかんでほしい。守れなかった姉の幸せを、煉獄には。
なにを突然にと怪訝に思われかねない言葉だろうが、煉獄には、義勇の言わんとするところが伝わったらしい。反射的に強まった束縛が、ゆっくりとゆるんでいく。
「冨岡、俺は子をなすことがすべてだとは、思わない」
固い声音はまだ耳元近く。抱きしめる腕から力は抜けたが、煉獄は義勇を抱擁したままだ。
「炎柱が」
作品名:いのちみじかし 中編 作家名:オバ/OBA