天空天河 九
「そうだ。」
くるくると指で回してみたり、匂ってみたり。
ちらちらと長蘇を見る靖王の視線は、全く話を信じてはいない。
「ま、私が持っているだけで、小殊が安心出来るのなら。」
靖王はそう言うと、ふっと柔らかな顔になった。
長蘇はほっと安心をした。
「だが、だいぶ乾燥している様だが、、、私が懐に持ち歩いても、大丈夫なのか?。
懐に入れている間に、粉々に砕けたりはしないのか?。」
「それは大丈夫だと思う。脆そうに見えても意外と強靭だ。」
「、、ほう。」
「あ!!!。」
靖王がいきなり枝の両端を持って、撓(しな)らせたのを見て、長蘇が大きな声を上げる。
「、、、さすがに折ろうとすれば折れると思う。
二つと無い物なのだ。ぞんざいに扱えば砕けるし折れる。大事に扱ってくれ。
霊効は枝が大きければ、それだけ大きい。
箱に綿の入った厚めの布が有るだろう?。
それで包んでおけば、持ち歩いて多少の衝撃があっても大丈夫だ。」
「分かった。」
靖王はそう言うと、布で枝を包み箱に収めた。
「、、、だが、これを使って、、、まずは小殊の腹の痣を、消せば良いのではないか?。
小殊の痣が消えてくれれば、私の心も軽くなる。」
「、、、ふふふ、、。
今、私に使うにはまだ惜しい、な。
今後、私は更に『魔』に染まる可能性が、、、。」
「何だと!!、小殊の身体が今以上『魔』に侵されるだと!!。」
眉間に皺を寄せて心配する靖王を見つめ、長蘇は微笑んだ。
「景琰、この『千年梅樹』の枝は、世を浄化する最後の切り札なのだ。
最後の最後に、『魔』を殲滅する時に使う。」
「、、、陛下、、か?。」
長蘇は無言で頷いた。
「小殊の策は細々とした所は、都度都度に変化する。
、、、、まさかと思うが、陛下と刺し違える気か?。」
「あはは、まさか!。
そんな事をしたら、私は本当に逆賊ではないか。
景琰と会えなくなる。
心配するな、そんな事はせぬ。」
「そうか。」
長蘇の言葉に、安堵をするが、それでも靖王の心には幾許(いくばく)かの凝(しこ)りが残った。
「景琰、納得出来ないか?。」
「、、、いや、、。」
靖王は納得出来ている顔ではなかったが、もうそれ以上は長蘇から聞き出せない、と諦めていた。
━━小殊ならば、、、、━━
少年の頃ならば、二人は常に共に行動し、考えや情報を共有していた。
小気味よく大人の鼻を明かしたりもした。
(当然、大人には怒られ罰されたが。)
軍に籍を置き、二人で遊ぶ事から遠ざかっても、お互いが気になり、軍報に注目していた。
互いの赴任地がもたらす軍報を読んで、『あいつならこうやる』と思っていると、次の軍報ではその通りになって報告が上がってきていたり。
『如何にもあいつらしい』とじわりと、心が熱くなる。
今の長蘇もまた、林殊同様、考え方も行動も分かるのに、靖王は、何処か釈然としないものを感じてしまう。
━━説明のつかない何かが、、、、。━━
━━何かを、小殊は私に隠しているのだろうか。
、、、、、、何故?。
問い詰めれば、答えるだろうか。━━
ここまで靖王にも隠さなければならない何か。
靖王は憐れに思った。
隠される自分が憐れなのではなく、
言えない何かをずっと秘める長蘇に。
━━言えないのは、今後の作戦に支障をきたすからだ。
そして何よりも、私の事を考えての事。
、、、、私は顔に出るからな。━━
「『千年梅樹』が何かは分からぬが、私が持っていれば良いのだな。」
そう言うと靖王は、梅樹を戻した箱を懐に入れる。
━━考えるまい。
私が小殊を疑う事はない━━
長蘇は微笑んでいる。
「さて、私が贈った真珠も見て欲しいものだ。
私が磨き上げたのだ。そこらの真珠よりも質は良い筈だ。」
そう言って、靖王が長蘇の手を取ろうとした時。
バチツ
「痛ぅ、、、。」
靖王の手から火花が飛び、長蘇の手を拒絶した。
長蘇が弾かれた手を擦った。
靖王の眉間に深々と縦筋が浮かぶ。
「これは、、、、一体、、、、。
さっきまでは、小殊に触れても平気だったのに、、、。
、、、、、まさか?、、これか??。」
靖王はそう言うと、懐から、入れたばかりの『千年梅樹』の箱を取り出した。
「景琰、それは肌身に持っていてくれないと、、、私が安心できぬ。」
弾かれた手を擦りながら長蘇が言った。
靖王は、長蘇と箱を交互に見て、意を決した。
小箱を極力遠ざけられるように、隣の部屋の隅に持っていき、改めて長蘇の手を握る。
今度は何も起こらなかった。
「不便な。
小殊の側にいる時は、『千年梅樹』は持たない!!。
ここには飛流もいるのだ。
蘇宅では不要だろう?。」
「あははは、、、。
懸鏡司の件以来、この箱に触れられなかったが。
そういう事か。
『千年梅樹』に拒まれていたのだ。
引き出しも開けられなかった。
そうか私の『魔』が障っていたのか。」
「小殊、全くお前は、何て呑気な奴だ。」
「『千年梅樹』は、誰にでも触れさせて良い物ではないからな。
何故、保管していた引き出しが開かなくなったのか、確かめようも無かったのだ。
景琰に渡すのが第一だった。」
「そもそも、あの日小殊が身に付けて、懸鏡司に持っていけば良かったろう。
そうしたら、小殊が夏江から傷を受けずに済んだかも知れないのに。」
「懸鏡司にだと?。怖い事を言うな。
『魔』の影響の無い懸鏡司の下男あたりに横取りされて、所在が分からなくなったら、私の打つ手は無くなるのだ。
まぁ、分からぬ者にはただの枯れ枝だからな。捨てられてしまうか、燃やされてしまうか。
私は切り札を無くし成す術もない。
な?、景琰!、考えただけで怖いだろ?!。
心配をせずとも私の『魔』は、最後の最後に綺麗に屠る。
何も心配は無いのだ、景琰。」
長蘇はそう言って、あどけなく笑った。
それは靖王が昔から知っている笑顔。
━━ぁぁ、、小殊だ。━━
その表情は林殊そのもので、靖王は『枯れ枝事案』を、心で飲み込んで納得をするしかない。
━━こんな顔をされたら、私は何も言えない。
小殊のこんな表情は、妙な事でも、小殊が言ったことなら大丈夫だと思えてしまうのだ。
(半分以上は騙された)━━
「では小殊、気を取り直して。
私が贈った真珠を見てくれ。」
「、、、ぇ、、、ぁぁ、、、、後で、、、ゆっくりと、、。」
何とも長蘇の歯切れが悪い。
靖王は長蘇の手を取ったが、どういう訳か長蘇の手に力が入っている。
まるで真珠に触るのを、拒絶しているかの様だ。
靖王が長蘇の掌に真珠をのせようとすると、長蘇は掌をぎゅっと閉じてしまった。
━━小殊は、何か怖がっているのか?。━━
長蘇は、『勘弁してくれ』という感じで、決して手を開かない。
靖王がその理由にピンとくる。
「小殊、この真珠が黒く変わるとでも?。」
林殊の為に苦労して手に入れ、そして磨き上げたこの真珠。