天空天河 九
もしや小殊、誉王を捕らえているのでは?。」
滑族の話から、ふと靖王の脳裏に誉王が浮かんだ。
靖王は祥嬪の正体を知っている。
「、、、、。」
「小殊が捕らえていないのならば、、、誉王は世間の噂通り、金陵には居ないのか?。
まさか、夏江の手下に、既に捕らわれていのか?。
今、誉王は失脚し、誉王府で禁足という形にはなっているが、、、、。
失脚したとは言え、誉王は皇族だ。
夏江が、誉王を擁立して、金陵を襲撃し、帝位を簒奪する、という可能性は?。」
「、、、無くはない。」
靖王の話に長蘇の眼差しが変わった。
「小殊は、夏江と誉王が接触した時、こうなる可能性が大きい事は、分かっているのだろう?。
尚更、城門から出る前に、夏江を捕縛せねば。」
「、、、、。」
長蘇は無言で聞いていた。
靖王は話を続ける。
「、、、誉王は、、、、もしも、夏江から『皇帝にする』と唆されたら、夏江の口車に乗ると思うか?。
誉王を帝位を簒奪する為の『駒』に祀り上げる事が出来たなら、夏江は金陵を攻撃する糸口を掴むことが出来る。
夏江が『魔玉』を飲ませた死士を、思うままに動かし金陵に攻め入り、陛下を捕らえ、皇宮を掌握したならば、夏江が正義になる。
梁の中では罪人でしか無い夏江は、こうする事しか活路が無いのではないか?。
今は失脚し、誉王の一派は鳴りを潜めている。
あれ程誉王と元皇太子は、次期帝位を巡って争っていたのだ。
誉王にとって、夏江の『魔』」軍が後ろ盾になる事は、は魅力的なのでは?。」
長蘇が何を考えているか、今、何故、動かないのか、隠された物を探るように、靖王は話を続ける。
「、、、、。」
「祥嬪が滑族の姫ならば、誉王は滑族の血を引いている。
誉王以上に『魔』軍の主に相応しい者はいない。
誉王はどうすると、、思う?、、、小殊、、。
、、、、、、もう、ここまでは考えていて、小殊にはその先も見えているのだろ?。」
「景琰、何が最善だと思う?。」
「分からぬ。
時間が経つ程、誉王の叛逆の可能性が大きく広がる、と思う。
今は夏江を捕らえる事が先決かと。
誉王が応じなければ良いのだが。
帝位は誉王の望みだし、滑族の宿願なのだ、応じぬ訳が無い。
夏江の中の、璇璣公主が誉王の情を擽れば、誉王は絆(ほだ)されよう。
、、、、、、小殊?、私が心配性なだけではなかろう?。
小殊?、この緊急時に、何故そこ迄、落ち着いているのだ?。」
『ふふ』と笑う長蘇に、靖王は違和感を覚えた。
「小殊?、ま、まさか、誉王が手中にあるのか?。
だから平気な顔で?。
それならばお前の落ち着きも理解できる。
まさか、この危険な金陵から出ておらぬとか?。」
「いや、誉王は金陵には居ないし、保護してもいない。
少々、遊歴に出てもらっている。」
さらりと言う長蘇に、靖王の眉間に皺が寄る。
「は?、、、この非常時に誉王は遊歴だと?。
何を呑気に、、、。
視察という名の遊歴は、今迄も幾度も、、、。」
「誉王と誉王妃と侍女と三人の、のんびり旅だ。」
長蘇は、憤る靖王を宥めるように、落ち着いた口調で言った。
「はぁ?????。」
更に深まる靖王の眉間の皺。
「場所は、、、、まぁ、暖かい地方だ。
持ち金や装飾品も、途中、騙されたり人助けをしたりで、全て無くなった。
今は貧しい村で、農民に助けられ、土耕しを手伝っている。」
「はああああ????。
誉王が土仕事だと!?。
、、、まさか、お前がそう誘導したのか?。
江左盟が無理矢理に?、、、、。」
「失礼な事いうな、誉王に無理矢理など。
江左盟は陰から、危険から守っているが、手は貸していない。
夫婦で頑張っているぞ。
微笑ましいな。」
太々しい態度で長蘇がさらりと言った。
「たった三人で?。
途中、盗賊に襲われたりしなかったのか?。
誉王は武術が不得手なのに。
誉王妃を守りきれぬのでは?。」
「本当に危なかったら、隠れて警護している江左盟が出ていくが。
一緒にいる、王妃付きの侍女はそこそこの使い手だ。
今の所、何とかなっているそうだぞ。」
「まさかとは思うが、、、その侍女は、江左盟の者なのか?。」
「まぁ、、そんな所だな。
誉王は幾度も視察に行ったとは言え、ほぼ、役人に都合の良い所ばかりを見せられていただけで、本当に見るべきものを見ていたとは言えん。
草民と共に、不便を感じながら生きていくのは、皇族として快適に生活できた者にとっては、相当の苦痛だ。
色々と勉強になってるんじゃないか?。
あはははは、、、。」
「不足だらけのそんな生活は、誉王どころか、誉王妃が耐えられないのではないか?。」
「所がだ、景琰。
王妃はかなり気に入っている様子だぞ。
弱気になり、帰りたくなる誉王を叱咤して、時には褒めて、誉王を上手く扱っているらしい。」
「あの、おっとりした誉王妃が??。」
「女人は分からん。ふふふ。
あの夫婦には、もう暫く楽しんでもらおう。
夏江が誉王の居所を掴むまでは、まだ暫く刻がかかる。」
笑いながら長蘇が言った。
「、、、驚いた、、、。
誉王が土仕事とは、、、。」
「誉王は病弱という話だが、鍛えていないたけで、身体は健康そのものだ。
小さい頃、皇后に運動を禁止されたそうだぞ。
実質、皇后が親代わりだったのだ。
心配性の皇后の言いつけを正直に聞いたのだろう。
大監の話では、誉王が走っただけで叱りつけたと。
『危険だ』と。
子供は怪我をしながら危険を知っていくのにな。
まぁ、気の毒な話だ。
嘗て幼子を亡くし、子のおらぬ皇后には、誉王を帝位に就かせる事が、権力の拠り所だったのだ。
今、誉王の側に皇后はおらぬし、少し身体を動かして、体力をつけ、丈夫にしたら良い。
どうやら誉王は、手足に肉刺(まめ)を作って、頑張っている。
色白な誉王が日焼けして逞しくなり、久々に会ったら、本当に誉王なのか分からぬかも知れないぞ。
あはは、帰ってきても、皇宮に入れぬかもな、誰か分からなくて。」
くすくすと笑いながら、長蘇が言った。
「そ、そんなに面変りするものか?。
誉王か判別できぬ程変わると?。」
「はははは、、、、、。
周りの者には、当然身分を隠しているが、何やらあの夫婦は、その土地に根を下ろすすもりの様子だと、侍女が報告をよこしている。
、、、誉王は本当に、帝位争いを抜けるつもりらしい。
皇后の庇護のもと、今までは、帝位を争わねば、生きる場所が無かったのだろうが。
生きる場所など、その気になれば何処にでもあるのだ。
漸く誉王は、気がついたのではないか?。」
「貧しい村ならば、衆民の『世間』を知らぬ二人がいては迷惑がかかるのでは無いのか?。」
貧民の暮らし向きなど、聞いたことも無い皇子夫婦が村に居ていつもの調子で過ごしては、村人にどれだけ迷惑をかけるかと、靖王は、村人達が心配になった。
「ふふふ、、、役人が来るような村ではないし、のんびりとした所だ。