三大欲求
見たことのない表情だ。
まるで、親に褒めてもらえることを確信している童のような笑顔に思わず口を噤む。
「お前にしてやれることだ!」
生来からの勘の良さが、これはまずい展開だと警鐘を鳴らす。
言わせまいと、咄嗟に口が動いていた。
「いやそれは大丈夫だ!それよりも、君の見舞いが俺の眠りの妨げになっていることのほうが重大だな!」
「まあ聞け。お前の性欲を俺が」
「いや君が聞け!俺の身体を案じているなら、もう俺のもとに来ないでもらえると」
「いいから聞け!」
「まずは聞け!」
お互い身を乗り出す勢いで言葉を重ねていたが、最終的に折れたのは煉獄だった。
ぜーはーと両者肩で荒い呼吸をしていたが、煉獄がやがて深く長い溜め息をつき「…わかった。聞かずともわかるが、聞こう」と諦観の念が滲む声音で呟くと、猗窩座が自慢げに話し始める。
「ふん。いいか?食欲は食えばいい。睡眠欲は眠ればいい。では性欲は?」
「抜けばいい」
間髪入れずにさらりと言ってやると、猗窩座は想定外の返答だったのか、硬直してひくりと口元を歪ませた。
「お…おおおお前が?抜くのか?……自分のものを?」
「君は俺をなんだと思っている。俺とて健全な男児だ」
努めてなんでもないことのように言ってのけるが、実際は頭から煙が出そうなほど全身が熱い。なんでこんな話を鬼にしているんだ、俺は。
隻眼を閉じ、ふーと細く息を吐いて呼吸を整えつつ無心を保つ。
が、相手はこちらの胸中など知る由もなくて。
「そ、そんな…そんな禁欲的な装いをしていながら自慰だと!?」
「じっ…」
「お前は清廉で高潔な強者だろうが!隊服だけではない、今だって着流しの袷を深く重ねて、そんなことに興味はないと鉄の壁をつくっているくせに…!」
「す、少し落ち着け」
「それがなんだ…?その裾を自ら割り裂いて脚を晒し、逸物を取り出して自慰をしているだと!?褌は外すのか?それともずらすだけか?答えろ杏寿郎!」
「ちょっと黙ってくれないか!?」
何故こんな辱めを受けなくてはならないのか。
というか猗窩座の瞳孔がひらいてしまっている。彼の興奮をどうにかしなくては。
そうだ、話を戻そう。そうすれば彼も我に返るはず。
「とにかく。そういうことだから、君に俺の性欲処理を手伝ってもらう必要はない」
「……」
「そう、まずは深呼吸だ」
「……杏寿郎。」
「うむ。落ち着いたか?」
「いや……」
「…?」
珍しく歯切れの悪い物言いを不審に思い、どこか神妙な様子の猗窩座の視線の先を追う。
そこで煉獄は、石にされたかのように固まった。
胡座をかいた猗窩座の中心部。雄の象徴が、服越しでも一目でわかるほど悠々と立ち上がっているのだ。
「何故。君が。そうなる」
「し、知るかっ!」
ありったけの嫌悪を込めて半眼で問う煉獄に猗窩座は噛み付くが、衣類を押し上げるそれを隠そうともせずに「いや待てよ」とこちらの股間付近に視線を投げる。
「…杏寿郎、素晴らしい提案をしよう」
「断る」
「なっ…、まだ何も言っていないだろうが!」
「凡その予測がたつ。そしてそれは意味がわからないほど価値のないものだと断言できる」
先ほど同様、嫌な予感に心臓が早鐘をうつ。
どうにかして切り抜けなくては。