三大欲求
しかし猗窩座は考える間を与えることもなく、無情にも尻でいざって距離を詰めてくる。
「価値など知ったことか。俺は俺のしたいようにするだけだ」
「それ以上近づくな。己の提案を人に受け入れてもらえることを当然だと思ってはいけない」
「この際受け入れずともいい。さっさと魔羅を出せ」
「急に最低な発言をするんじゃない…。出さない」
無遠慮に着流しの帯にかけられた猗窩座の手を捻り上げるが、関節を決められ身動きが取れなくなっても、めげずに足を伸ばしてこちらの股間を爪先でつついてきた。
「まさか人に見せられないくらいお粗末な魔羅なのか…ってあだだだだだ!折れる!折れるぞ杏寿郎!」
捻り上げていた手を更に捩り、肘と肩を可動域外まで誘導してやる。
「うむ…折れてもすぐに治るからな…。一度外そう。外したらどうなるんだ?」
「ぐ……お前本当に杏寿郎か!?そんな物騒なことをそんな冷たい声で…!」
「鬼に物騒などと言われる筋合いはない」
にべもなく言い放ったとき、猗窩座の下半身の山がなりを潜めたことに気がつき、煉獄は彼の手を解放した。
さすがにあの状況で勃起を維持できるほど異常ではないらしい。
猗窩座は軽く涙目になりつつも、危うく脱臼しかけた肩と肘を大仰にさすって庇うようにしながら恨みがましそうに呟く。
「くそ…。ちょっとお互い抜き合おうとしただけだろうが…」
「そら見ろ。ろくな提案じゃない」
どうにか流されずに済んだ。
嘆息を落として内心安堵していると、どことなく拗ねたように唇を尖らせて猗窩座が言う。
「…俺は諦めないぞ。食いものでお前の精気を養い、俺の身体で性欲を鎮めてやる」
「この上なく大きなお世話だ。別に俺は性欲を持て余しているわけではない。とにかく今日はもう帰ってくれ」
終わりのない言い合いになりそうで、煉獄が強引に打ち切って腰を上げかけたとき。
前触れなく肩をぐいと尋常ではない力で押しやられ、体勢を崩したところを更に押し込まれると、背中を壁に強かに打ちつけた。
間髪入れずに着物の裾を乱されてぞわりと悪寒が走る。
「っやめろ!なんの真似だ!」
「どうせ俺が帰ったあとにひとりでするのだろう?ならば今俺がやってやる」
「勝手なことを言うな…!鬼に触れられるなど死んでも御免だ!」
上体を起き上がらせて相手を突き飛ばそうとするが、前腕で寄りかかるように肩と首を抑え込まれると折れている肋骨が悲鳴を上げた。
痛覚を捩じ伏せて膝で蹴り上げようと試みるが、猗窩座の足が大腿部に乗り上げてきて姿勢が固定されてしまう。
そのまま自由な片手で足の付け根を撫で上げられ、褌の薄い布越しに雄の形をなぞられる。
「さあ杏寿郎、勃たせていいぞ」
指先でふにふにと刺激されるが、こんな状況で兆すわけがない。
しかも勃起したら最後、この男の手で抜かれてしまうとわかっているのだから尚更勃たせてはいけない。
「……。おかしいな。何故反応しない?」
「俺にその手の趣味がないからだな。退いてくれ、これ以上は時間の無駄だ」
「趣味でなくとも少しくらい固くなるものだろう?」
どこか不満げにそう言って、猗窩座はこちらの逸物を褌からずるりと取り出した。
嫌悪感が鳥肌となって全身に伝播する。どうにか拘束から抜け出そうと試みるが、無理な体勢が祟ってうまく力が入らない。
猗窩座は手の中の雄をじっと顔を寄せて観察しながら、やはりと言うかなんと言うか、ゆるゆると扱きはじめた。
「ッ…!」
「これならどうだ?気持ちいいか?」
至って悪気のない、いっそ無垢とすらいえる眼差しで見つめてくる。
それも、非常に弱い力で抜きながら。痛みを与えないようにと遠慮していることがものすごく伝わってくる。
「おい、気持ちいいのか?杏寿郎、言え」
「…………言わない」
瞳を覗き込まれ、咄嗟に頭をずらして視線を逃す。
「言わないとわからんだろう。…ん?いや、少し大きくなったか?」
「なっていないしなる予定もない!いいから離してくれ!」
「何故だ?勃ちかけているということは、少しは気持ちいいのだろう?」
「……。」
正直なところ、微妙だ。
相手が鬼である以上、与えられる刺激を無意識に身体が拒んでしまう。
が、それはそれとして。
その弱すぎる触れ方は気持ちがいいとは言い難い。なんというか、皮膚の表層をなぞっているだけだ。
勃ちかけていると猗窩座は言ったが、贔屓目に見てもそんな気配はなかった。
煉獄は安堵するものの、猗窩座は真剣そのもので。
こちらが快感を拾えているのだと信じて、懸命に手淫を施してくる。