三大欲求
…それからどれほど経っただろう。
いい加減逸物はくたくただ。強靭な精神力を誇る柱である己ですら、心身ともにくたくただ。
猗窩座はというと、時間の概念が薄いのか未だ奉仕を続けていた。
しかし、そこでようやくひとつ息を吐き、怪訝そうに眉を潜める。
「…なあ、杏寿郎」
「どうした」
やっと諦める気になったかと思い、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
猗窩座の口から耳を疑う発言が飛び出した。
「お前、不能だろう」
「……何?」
今、彼はなんと言った?
散々赤子よりも弱い力で魔羅をこねくり回していたかと思えば、言うに事欠いて、なんと?
「…君の思考過程が理解できない。今、不能と言ったか?」
地を這うような低い声音で問うと、猗窩座はようやく逸物から手を離して腕を組んだ。
「認めたくない気持ちはわかるがな。これだけやって一向に勃たないのは、最早不能以外ないだろう」
「……」
「男として屈辱かもしれんが……女を喜ばせてやれなくとも、子を成せずとも、俺が永遠にそばにいてやろう。高みを目指すにあたって魔羅は関係ないからな」
「……」
「しかしまさか炎柱が不能とは…。それも隠そうとしていたとは驚いた」
「……」
「なに、心配するな杏寿郎。俺は誰にも口外しないぞ。お前と俺だけの秘密にしておいてやる。今日はもう遅い、俺はそろそろ…」
何故、俺は不能判定を下された上に慰められている?
好き勝手に言うだけ言って立ちあがろうとする猗窩座の腕を、煉獄はがしりと掴んだ。
大抵の侮蔑の言葉は受け流せる。忍耐は武道の基本だ。
だが、煉獄家長男として、不能の謗りを甘んじて受け入れてしまうことにどうしようもない抵抗を覚えた。
「…俺は不能ではない」
「ん、ああ。大丈夫だ。口外しないと言っただろう?」
嗜めるような物言いに、思わず手に力が入る。
どこか近いところで、みしりと何かが軋むような音が聞こえた。
「お、おい杏寿郎、腕が潰れそうだ」
「口外も何も、事実ではないと言っている」
「わかったわかった!わかったから離せ!」
「いや、君はわかっていない。俺が事実を認めず逆上していると思っているな?」
指先が。手掌全体が。
猗窩座の腕にめり込み、少しずつ筋繊維を押し潰していく。
脱しようと力任せに引き抜こうとしてくるが、逃してやる気は毛頭ない。
「ッ…じ、実際逆上しているだろうが!くっ……怪我人のくせになんという馬鹿力だ…!」
「それが違うと言っている。黙って見ているといい」
静かな怒りを撒き散らしながら相手の腕をぞんざいに解放し、完全に萎えきっている己の息子を手のひらに収める。
乱れていた心を落ち着かせるように深呼吸をひとつして、煉獄は手を動かした。
半ば自棄になって自身を追い立てる。他人の視線を感じるとどうにもやりづらいため、目を閉じて意図的に作業に没頭した。
しばらくして芯に熱が生まれ、竿が立ち上がっていく。
薄く目を開けて相手の反応を窺うが、猗窩座はまだ認めていないとばかりに注視し続けている。
多少勃っただけでは駄目か…。しかしこの状況下でしっかり勃たせることなどできるだろうか…。
あまり自信はないが、やるしかない。
気合いを入れ直し、腰を据える。手の動きを少しばかり大きくしたところで、正面から声がかかった。
「……俺がやる」
「……」
絶句。
どういうつもりなのかと相手を見遣るが、猗窩座は真面目そのものだ。学び取るようにこちらの手を凝視している。
その心意気や良し。だが。
「…君、出来ていなかったじゃないか」
「あ、あれはっ……痛みを与えてはいけないと思って…いや、お前が何も言わないからだろうが!」
まあそれもそうだ。
どことなく拗ねたように唇を尖らせて言う猗窩座に、思わず小さく笑ってしまう。
「君も諦めが悪いな」
「ふん。向上心があると言え」
言いながら、再び欲に指をするりと絡めてくる。
先ほどよりもしっかりと握り込み、見ていただけのはずなのに自ら慰めるときに近い力加減に変わっていることに驚きを隠せない。
…間違いなく、学習している。
「…確かに向上心はある。それは認めよう」
「俺をみくびるなよ、杏寿郎。今から俺がお前を気持ち良くしてやる」
その自信がどこから来るのか不明だが、鬼であることには変わりない。きっとまたすぐに萎える。
彼が強情であることはよく理解した為、ここでの問答は無意味だろうと踏み、煉獄はやれやれと壁に軽く凭れた。