Tパロ
この世界の月を三回ほど跨いだその日、やっと待ちわびた報が来た。セフィロスがいつものように書庫で文献を漁っていると、執事が来客を告げた。
「ザーギドスの商人とのことです……お探しのものの件で、お役に立てると申しております」
ザーギドスはランベリー地方の北東に位置する貿易都市である。鴎国国境に程近い立地はいまだに先の戦争の影響が強く残っているという。寂れた貿易都市の商人が欲している情報を持っているとは思えなかったが、情報収集にも息詰まっていたところだった。
「すぐに行く」
セフィロスは返事をし、積み上げた本をそのままに応接間へ向かった。
応接間のソファの前に立っているのは痩身の商人だった。こけた頬と商人にしては貧相な服装はザーギドスの景気を表しているのだろう。入室するセフィロスを見て、背筋をビッと伸ばしていかにも緊張した様子だった。駆け引きの必要がないのはありがたいが、変に畏まられすぎても扱いづらい。セフィロスは口角を上げて、商人に席に着くよう勧めた。
「わ、私、ザーギドスで商人ギルドの取りまとめをしております、ジャックと申します。エルムドア公におかれましては……」
「前置きはいい、要件を手短にお願いしたい」
「は、はい!お探しの”「リユニオン」という言葉を知る者”についてでございます。実は――」
ザードギスは腐っても貿易都市、しかし景気の悪さ、スラムの治安の悪化の一途によって非合法の商いに従事する者は多い。治安維持すら危うい都市ではギルドがそんなもぐりの商売の問題処理をも担う必要があった。それを放置すればいずれ自分の領域も侵されてしまうからだ。
そうしてジャックはギルド長として危うい商売のケツ持ちをしていた。その日は食い逃げ犯が違法奴隷だったことで芋づる式に奴隷商人を拘束せざるを得なくなり、売り買いされた奴隷の所在をどうすべきかと途方にくれていたときだった。
奴隷たちはワインセラーだったであろう石の詰まれた地下室に閉じ込められていた。大陸の違う人種が多種多様に入り混じっている中に、様子の異なるものがいることにジャックは気づいた。奴隷は皆疲弊しているか、嫌悪、憎悪の目をジャックに向けてきたが、彼だけは違った。何の感情もないその様相はいっそ無垢さすら感じさせた。
「こいつずっとこうなんだ。言葉を喋れないんだ、かわいそうに」
彼の隣に座る年若い奴隷が言った。
ジャックは彼の様子をつぶさに観察した。奴隷らしく薄汚れた顔とぼろきれのような服を着せられているが、貴族のような見事な金髪だった。うつろな瞳は深い青色で、これに意思の光が灯ればさぞや美しいかんばせだろうに。半開きの口からはうわ言とも似つかない呻き声が漏れている。スラムではこういう子供が捨てれられていることがある。珍しくもない。
稼げそうなのに、もったいない。商人の悪い癖で、ジャックは彼を商品として値踏みした。顔もいいし、体つきもしっかりしている。どんな用途でも使えそうな奴隷だ。元は違法な取引でここにいるのだから、ギルド長権限でどこかの貴族に売ってしまおうか。ジャックはそう考え、彼を今一度改めようと近づいた。顎を掴み上を向かせると、ぽかんと開いた口が何かを呟いている。意思が、あるのだろうか?ジャックが耳を寄せると、彼は繰り返しこう呟いていた。
「リユニオン……と。間違いなく、そう言っておりました」
事のあらましを聞き終え、セフィロスは思わず頬を緩めた。その微笑みを見たジャックはさっと顔を青褪めさせた。
「よくぞ探し出してくれた。それこそ、私の求めるものだろう」
冷え冷えとした笑みとは裏腹に、セフィロスは心躍らせていた。すぐさま出立しようと馬車を用意させようとするも執事に止められ、仕方なく馬に飛び乗って単身でザードギスへと向かった。馬を乗り潰しながらも、セフィロスは翌々日の朝にはザードギスの件の石牢へと辿り着いた。
ギルドの者だと名乗る見張り番の男に金を握らせ、セフィロスは中へと入った。数人の奴隷がセフィロスを見て怯えたように部屋の隅へと身を寄せる。その中に、壁に身を凭れさせたまま身じろぎせず俯いたままの男がいた。清拭すらされていないであろうくすんだ肌と髪、ずた袋のような服という粗末な格好をしていても、彼の姿を見誤るはずがなかった。仇敵にして従僕、細胞を分けた同族――無二の存在であるその名を忘れるはずがない。
「クラウド」
名を呼ぶと、彼が顔を上げた。中毒者の瞳は誰も映してはいない。ただ聞き覚えのある音を拾っただけの反応なのだろう。セフィロスの中で形容しがたい感情が噴きあがる。それは怒りと歓喜が綯い交ぜになった殺意だった。
「私を、主人の顔を忘れたか」
クラウドの傾げた首を掴み上げ、その体を宙吊りに持ち上げた。ざわ、と背後の奴隷がさざなみのような声を上げるが、もはやセフィロスの耳には届いていない。
クラウドの体内にはジェノバ細胞が、しかもセフィロスの体内で生成されたものが移植されている。セフィロス自身の意思でそうしたわけではないが、その細胞のおかげでクラウドがどんな状態か把握するのは容易かった。
クラウドは魔晄中毒に陥っていた。恐らくはセフィロスの転移に引き寄せられるようにライフストリームに落ちたのだろう。ジェノバ細胞は親となる本体へ統合しようとする本能がある。クラウドはジェノバの本能に従うがままにこちらの世界へ来たのだろう。
三月前、エルムドアの貴族として振舞うことと引き換えにセフィロスが家令に出した条件こそ、「リユニオン」の言葉を知るものを探すことだった。リユニオンの習性を利用し元の世界へ戻る道を辿れるのではないか。その考えはクラウドの存在によって証明された。
クラウドの中毒症状が彼の来た道を示している。クラウドがリユニオンの習性でここにいるのならば、どこかに元の世界に繋がるライフストリームの吐き出し口があるはずだ。
それを知らしめるクラウドの存在は今のセフィロスにとっては僥倖だった。今はクラウドから情報を引き出す必要がある。彼を痛めつけるのは後でもできるし、廃人となった男を一方的に切り裂いたところでセフィロスの復讐心は収まらないだろう。せいぜい利用しつくし、貶め、膝を折らせて絶望を与えなくてはならない。
「……世話の焼けるやつだ」
やるべきことが多い。しかし膠着したこの状況を打開するものは手に入った。セフィロスは宙吊りにしたクラウドを石床へ放ろうとし、やめた。苦しむ様子もなくされるがままのクラウドを荷物のように俵担ぎし、セフィロスは石牢から出た。



