構築者
茫然自失のネツァワルピリの頬を、ガウェインはぺちりと軽くはたいた。
「ネツァワルピリ。おい、大丈夫か」
「……はっ!ガガガガウェイン殿…!い、生きているか!?」
「俺もお前も無事だ。時間はかかるだろうが、無理に速度を出さずにこのまま行くぞ」
「……よかった。お主に怪我がなく、本当に…」
ようやく呼吸を再開した鷲王は、逞しい体躯をシートに深々と沈めて片手で目元を覆い天を仰いだ。
自分のほうが余程神経を擦り減らしていただろうに、当たり前のようにこちらの心配をしてくる男にガウェインは視線を落とす。
「…貴様のおかげで、動かす要領はわかったと思う。帰りは、俺でも運転できそうだ。……すまなかったな」
ぼそぼそと言葉を選びながら伝えると、ネツァワルピリは虚を突かれたように目を瞬かせていたが、数秒ののちには柔和な笑みを見せてかぶりを振った。
「なに、我が勝手にしただけのこと。それに、愛しい者をエスコートしたいと思うのは男として当然である」
「い、愛し…い」
恥ずかしげもなく堂々と言い放たれると、どんな顔をしたら良いかわからなくなってしまう。俯けた顔に熱が集まるのを自覚していると、「まあ、まったく格好はつかなかったがな!」とネツァワルピリが声をあげて笑い飛ばしたことで、空気が軽くなり救われた。
先程の一件もあり、なんだか今のも気を遣わせたのかもしれないと思えてきて、どことなく悔しい気がしてくる。
意趣返しを込めて、ガウェインも羞恥をおして口をひらいた。
「…苦手なものまで引き受けようとするな。貴様は一人ではない。俺にとっても貴様は……その、そういう、相手…なのだから、……頼ってくれ」
「…うむ。しかと胸に刻もう」
ネツァワルピリが眩しそうに双眸を細めて頷くのを横目に見て、ガウェインは顔を伏せてからそっと相好を崩した。
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アクセルを踏まずに緩慢な進行速度で翼の一族の島を目指した二人は、本来二時間もあれば十分なところを半日ほど要して目的地に辿り着いた。
ネツァワルピリはブレーキ担当、ガウェインはハンドル操作を担当という形にして、大きなトラブルなく地面に降り立つことができたが、二人揃って心身ともに疲労困憊である。
慣れないことをしたというのはもちろんだが、長時間同じ姿勢で狭い席に座ったままという苦行はなかなか堪える。全身の筋肉が硬直しているようだ。グランサイファーのような立派な艇と比べるべくもない、快適さの欠片もない乗り心地だった。
帰りのことはひとまず考えないでおこう。
島に複数点在する村のひとつにまっすぐ向かい、ネツァワルピリがその中でも人目を引く屋敷のような建物にガウェインを連れて行った頃には、日もすっかり傾いた時分となっていた。
「ただいま帰参した!」
横開きの玄関をがらりと開け、中によく響く声を張ると忙しないふたつの足音がぱたぱたと廊下を走ってくる。
「ネツァワルピリ様!おかえりなさいませ!」
「おかえりなさいませ!本日はもうお見えにならないのかと思っておりました」
髪や衣服に羽飾りをあしらった若い女性が二人、帰宅した主人を迎えに出て深々と頭を垂れた。
特に説明はなかったが、おそらくこいつの住まいなのだろう。
王という立場上、てっきり城か宮殿のようなものに住んでいるのだと思っていたが、そういった建造物は見当たらなかった。
「すまぬな。もう少し早く着くはずだったのだが…、」
荷物を預かろうと手を差し伸べてくる給仕の女性たちを、ネツァワルピリは苦笑して片手で制し、半身をひらいて後方に控えていたガウェインを二人に紹介する。
「こちら、我が世話になっている騎空団の仲間であるガウェイン殿だ。大切な客人故、丁重にもてなして欲しい」
「ガウェインだ。数日間宜しく頼む。…邪魔する身だ、もてなしは要らん」
無愛想に挨拶を済ませ、軽く頭を下げると年若い女二人はこちらを見つめてほぅ、と何やら惚けた溜め息を落としている。
意図が読めない視線を向けられて内心困惑していると、ネツァワルピリにぽんぽんと背を押された。
「では、部屋に案内しよう」
「あ、ああ」
「お前たち、すまぬが我のぶんの軽い握り飯を頼む。すっかり腹が減ってしまってな。外の様子を見に行く前に少し入れておきたい」
当然のように再び外出しようとしている男に、ガウェインはむっとしてから思考した。
既に日は沈み、空は暗くなってきている。つまり、翼の一族が警戒している夜目の一族の活動時間ということだ。
ネツァワルピリの器は、正しく王である。一族の平穏を思えばこそ、帰省したばかりとはいえじっとしてなどいられないのだろう。
促されて歩いていた足を止め、ガウェインは鷲王を振り仰いだ。
「貴様、ひとりで行くつもりか」
「ひとりではないぞ、巡回の者もいる」
「そういう意味じゃない。俺を置いていくのかと訊いている」
じとっとした目で詰め寄ると、いつも余裕のある男が慌てて両手のひらをこちらに向けて宥めるように言い繕う。
「い、いや…慣れない長時間に及ぶ移動でガウェイン殿も疲れていよう。そもそもお主にはそういった目的で声をかけたのではなく…」
「おい、握り飯は二人ぶんだ」
言葉を遮って、ぽかんとしている女たちにそれだけ言い放ち、ネツァワルピリの腕を掴むと廊下を勢いよく突き進む。
「ガ、ガウェイン殿…っ」
「部屋はどこだ。荷物を置いたら出るんだろう」
「そこの突き当たりの…左手の部屋がそうであるが、単なる見回りにお主を連れずとも…」
言われた部屋にずんずんと歩みを進め、扉を開けて相手も引き入れ、しっかり閉めてから口をひらいた。
「貴様、俺と離れたくなくて呼んだのではないのか?」
「それは…」
「少なくとも、俺はそのつもりでついてきたぞ」
ぐっとネツァワルピリの顔面に詰め寄って問いただすと、普段豪快な男はそれでも尚なにか説得の材料を探しているかのように目を泳がせる。
ガウェインはその頑固な様子にむっとして、片手を伸ばし精悍な相手の顔をがしりと掴んで問答無用に唇を重ねた。