構築者
「ッ…い、いきなり何を…」
すぐに離したが効果はあったようで、猛禽類の鋭い視線が動揺しつつもこちらに向けられる。
「ここまで来て、俺だけ物見遊山などできるわけないだろうが」
「む…」
本当は、彼の力になりたいという気持ちしかなくて。しかしそれを直接言葉にできるほど素直になれず、代わりにできそうな気の利いた言葉も見つからなかった。
部屋の奥に置かれたベッドに歩み寄り、荷物を適当に置き剣斧 のみを手にして肩に担ぐ。
「凝り固まった身体をほぐすのにちょうどいい。行くぞ」
「…忝い。では、お付き合いいただこう」
「ふん、初めからそう言え阿呆」
交渉の余地なくついて行く気満々のこちらを見て困ったように笑い、頷くネツァワルピリにガウェインも満足そうに口角を上げて笑った。
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外は既に夕闇に染まっていたが、村のそこかしこには松明が設置されて赤々とした炎が灯されていた。
その数は一般的な町にあるそれの比ではない。ここに来る前にネツァワルピリが言っていた対策というのはこれのことだろう。
低い位置には松明が。高い位置には金属製の太い柱のようなものが地面から伸び、先端で何かが発光していることでそれぞれ視界を確保していた。
柱のてっぺんには大きな透明な球体がついており、その内部が光っているようだ。
ここまで明るければ昼とそう変わらないかもしれない。
「ネツァワルピリ、あれはなんだ?」
柱に視線を向けて隣を歩く男に訊ねると、周囲への警戒はそのままに鷲王が口をひらいた。
「街路灯というそうだ。この島は近隣であることからアルスター島と交流があるのだが、セルエル殿に相談したところ勧められてな」
「ほう…、どういう仕組みだ?」
「燃料は風力である。一族の者は風の流れを読むことに長けておる故、向かい風となる方向にあれを向けておくだけで良い。」
あれ、と村の外れにある無数の風車を槍の先で指し示す。かなり距離があるが、それでも視認できるほど光源が充実している。
「暗くなるとあのように光るのだ。昼間は鳥たちの止まり木となっているがな」
ネツァワルピリの説明を聞いて、ガウェインは周囲の民家を見渡した。
どの家もカーテンが閉め切られている。
「…こんなに明るくて、夜は眠れるのか?」
ぽつりと疑問を口にすると、ネツァワルピリは表情を険しくしてかぶりを振った。
「熟睡は……難しいであろうな。」
それはそうだろう。いくら遮光したところで漏れ出てくる光まではどうにもならない。
炎の明かりならまだしも、問題は街路灯のほうだ。白色系の光は目に突き刺さる印象があり、視界の確保には最適だろうが睡眠の妨げであることは否めない。
離れたところを巡回していた三人組の男たちに手を振りながら、ネツァワルピリが言葉を続ける。
「それでも、夜目の一族からの脅威の軽減に繋がるのならと、皆この環境には納得しているのだ」
「…どのみち寝こけてはいられない、か」
確かに、同じ眠れない夜を過ごすにしても、敵からの襲撃に備えての不眠か明るすぎて寝付けない不眠かの二択なら、誰しもが後者を選ぶだろう。
どうしても眩しければ布団を頭まで被れば良いだけの話だ。
「おい見ろ、ネツァワルピリ様だぞ!」
「本当だ、お帰りになられたんだ!」
「王様ー!こちらは異常なしでーす!」
三人組が手を振り返し、元気な声をあげてくる。
以前は自分たちの行く末を案じるあまり王への不信感のようなものがあった民たちも、ネツァワルピリの終末を乗り越えるという宣言を受けて以降は前向きになったようだ。
表情に翳りはなく、自らの意思で職務を全うしているような、そんな印象だ。
「うむ、巡回ご苦労!お主等の働きの上に、今の一族の平和は成り立っているぞ!」
明朗にそう告げて槍を突き上げて見せるネツァワルピリに、男たちは嬉しそうに得物を持ち上げて応じた。
人を鼓舞し、士気を高めることができる人物は限られている。やはりこいつは、上に立つべき男だ。
その隣を肩を並べて歩いている己がなんだか誇らしくて、無性に嬉しさが込み上げてくる。
「…ガウェイン殿?どうされた。まさかどこか痛むのか?」
顔を見られまいと唐突に俯いたこちらをそんな風に心配してくることには遺憾を覚えたが、その優しさの意味を知っている己には受け入れることができた。
これは軟弱と見做されているわけではなく、無二の存在と想われているからこその気配りであるということ。
呪いが解けている自分には、そこのところの違いが理解できる。…否、理解できているから、呪いが解けたと言ったほうが正しいか。
ガウェインは首を振り、やや上背のある相手を軽く見上げて悪戯っぽく笑った。
「いや。俺が選んだ男が貴様で良かったと……そう思っただけだ」
「……、」
面食らったような面持ちでネツァワルピリは一瞬動きを止めたが、すぐに無邪気に破顔した。
「それは…我の台詞である」
そう言って無造作に落ちていた手の甲を、こちらの手の甲にこつんとぶつけてきて。
想い合っている幸福感に息苦しさすら感じつつ、ガウェインは鎧の中の身体がじわじわと熱を上げていくことを自覚していた。