構築者
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翌朝。
ネツァワルピリとガウェインは、長老たちが集う庵に向かった。
ガウェインの記憶ではかなり偏屈というか、老害に近い存在であったはずの長老たちも今ではすっかり丸くなっている。
王を王とも認めないような発言の数々は空の彼方で、今ではネツァワルピリという男を完全に頼みにしていた。
「王よ。こうして帰還して頂けることを大変心強く思う」
「夜目の一族への牽制ともなろう」
「王がおられるならば、いっそこちらから攻め込むのも手ではないかな?」
「確かに。一気呵成に攻め立て、翼の一族を襲うなどという気の迷いを正す好機じゃな」
以前のような、ネツァワルピリを試すような言動は一切見られない。
調子の良いことだ、と内心ガウェインは苛立ちを覚えたが、ここで感情を剥き出しにしてはこいつが積み重ねたものがすべて水泡に帰してしまう。
口を挟むことをぐっと堪えていると、ネツァワルピリが落ち着き払った低い声を静かに紡いだ。
「我は撹乱に過ぎぬ。鷲王はいつ島を出たのか、いつ島に来るのか、そう思わせることが狙いである」
好戦的に色めき立つ庵が、不意に静まり返る。
少しして、長老の一人が口をひらいた。
「…であれば、あえて情報を流す必要があるのう」
「うむ。それについては、我に考えがある」
庵に鎮座する巨大な円卓の上座で立ち上がり、ネツァワルピリは自信に満ちた表情で堂々と宣言した。
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庵を出て並んで歩きながら、ガウェインは感心半分呆れ半分に溜め息をついた。
「いつの時代も、年寄りという生き物は都合がいいな」
自分たちにはなんの力もないくせに、変化を恐れて何かと口を挟み若い力を抑圧してしまう。
そうかと思えば、責任をすべて押しつけて手のひらを返し担ぎ上げてくる。
幸いダルモアにそういった輩はいなかったが、この島は少し目に余る。
そんな中、王としてまとめ上げていくのは骨が折れるだろう。こいつも大変だな。
ガウェインが不憫に思っていると、ネツァワルピリは眉尻を下げて小さく笑った。
「長老たちは皆不安なのだ。代々言い伝えられてきた不吉な予言により、生まれたときから己を信じる心とは縁がなかった」
「……ふん。だから貴様が言うことを絵空事としてあしらっていたと?それが理由になるか?」
守るべき民から不信の眼差しを向けられることは、相当つらかったはずだ。それでも屈さずに希望を探し続けていた姿を思うと、自分のことでもないのに酷く悲しくなってくる。
同時に、予言に振り回されるだけで何も行動を起こさず、口だけは達者な存在に怒りを感じた。
不意に、ぽんぽんと頭が手のひらに優しく叩かれて目を瞬かせる。
隣を見遣ると、愛おしそうに柔らかく細められた双眸に視線が絡め取られた。
「お主の怒りに、我のこれまでの紆余曲折全てが報われた思いである。感謝する、ガウェイン殿」
「っ、貴様の味方をする奴はいないのか?」
あまりにも深い慈愛に一瞬で甘い空気が漂いはじめて、慌てて相手の手をどかしながらぶっきらぼうに訊ねる。
名残惜しそうに指先にこちらの髪を緩く絡めつつ、どことなく自嘲気味にネツァワルピリは笑った。
「…王とは孤独なものよな」
「……」
人を惹きつけるカリスマ性を備えながら、本当の意味で味方となってくれる者はいない。
ネツァワルピリは孤独と言ったが、恐らく王とは孤高の存在なのだ。どうあっても民たちからは畏怖や崇敬の象徴となる。味方など……友など、いない。
この男の翳りのある笑顔など見たくなくて、相手の真似をして思いきってその頭を撫で……ようとして、兜のせいで出来ず、そこから覗く羽根がついた耳飾りにチャリ、と指先で触れた。
「…独りでよく頑張ったな。褒めてやる」
「……、……」
硬直するネツァワルピリの反応に、一拍遅れて羞恥心が怒涛の津波の如く頭の先から足の先まで押し寄せてきて。
なんて言うわけがないだろうなどと茶化そうとして、彼の顔がみるみる赤らんでいく様子にガウェインは衝撃を受けた。
あの余裕の権化といっても過言ではない男が。
俺がピアスに触れただけで。
赤面している。
互いに、耳飾りと髪に触れている姿勢のまま身じろぎもできない。
まるで二人の空間だけ世界から切り離されたかのように、周囲の雑音も聞こえなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…おい」
「……う、うむ」
「何か言え」
「!すっ、すまぬ」
見つめ合うこときっかり五秒。
呪縛から解かれたようにネツァワルピリが飛び退いた。茹で蛸の如く真っ赤だが、きっと人のことを言えないくらい自分も茹で蛸になっているので言及はしないでおく。
今になってばこんばこんと心臓が内側から胸を殴りつけていて、なんだかもうこのまま俺は破裂するんじゃないかと思う。