構築者
そのとき。
頭上からけたたましい羽音が近づいてきて、一羽の鷹がネツァワルピリの腕を啄んだ。
「クゥ…!これ、よさぬか…っ、わかったわかった、我が悪かった!」
ひとしきり主人を嗜めたあと、ネツァワルピリの相棒であるクゥアウトリは大人しく腕に止まり、まったくとでも言わんばかりに胸を膨らませている。
一部始終を何事かと傍観していたガウェインに、ネツァワルピリが気まずそうに苦笑した。
「見苦しいところをお見せした。クゥに叱られてしまったな。王たる者、このような往来で情けない姿を見せてはならぬな」
「…俺もか」
大の大人が二人揃って顔を赤くして見つめ合うなど、確かに普通ではない光景だ。威厳も何もない。
ガウェインも倣って居住まいを正し、周囲を見渡す。
昼が近づく時分であることから、人通りも増えてきてこちらを気にするように横目を投げる者も多い。
「よし!ガウェイン殿、先の案を実行しに行こうぞ!」
気持ちを切り替えるように声を張り、ネツァワルピリは村の外の森に向かって歩き出した。ガウェインもばちんと自身の頬を両手で挟み、あとに続く。
ここからは気合を入れなければ、下手をすれば怪我を負いかねない。鷲王が長老たちに提示した考えとは、そういうものだった。
しばらく歩き村を出て、周りに誰もいないことを確認すると、ぽつりとネツァワルピリが呟いた。
「…先ほどはああ言ったが、正直我も変われば変わるものなのだなと思いはした」
「……だろうな」
長老たちの態度の話をしているのだろう。
なんの脈絡もなかったが、声の低さと語り口からなんとなく察することができる。
ガウェインが静かに同意を示すと、ネツァワルピリは続けた。
「形のないものは心の拠り所にはならぬ。目に見える対策をとって、ようやく人は不安から解放されるのであろうな」
「それであの行き過ぎた明かりか」
「夜目の一族との決着がつくまでとはいえ、多少大袈裟に見えるほうが皆の緊張も和らぐかと思ってな。が、不便を強いていることには違いない」
「そいつらの襲撃は、存外渡りに船だったんじゃないか?」
「そうとも言える。かの一件を沈黙させたことで、我に力があるということを示せた。我の言葉に耳を傾けてもらえるきっかけになったことは事実である」
落ち着き払った物言いはある種の諦観を思わせたが、匙を投げているというより過ぎたことへの愚痴のようで。この男の口から不満や文句などついぞ聞いたことがないだけに似合わなくて、違和感があった。
さくさくと草を踏み分けながら森の中を進み、やや拓けた場所に来るとネツァワルピリは足を止め、くるりとこちらを振り返る。
その表情はこれまでの憂いを吹き飛ばすような明るいもので。
「さて、ガウェイン殿!これより思いきりぶつかろうぞ!」
そう言って、手にしている杖に似た槍をぐるりとまわして下段に構えた。
少しでも相手が背負っているものを軽くしてあげたくて、色々伝えたい思いが溢れているのにうまく言葉にできない歯痒さに、ガウェインは剣斧をぎゅっと握りしめる。
己の不器用さにはほとほと呆れてしまう。結局言葉よりも刃を交わすことでしか、真なる対話は叶わない。
今はただ、奴の刃を全力で受け止めるのみ。
「…ふん。手加減はしないからな」
ガウェインも柄を腰に乗せて、剣斧を静かに横に構えた。
+++
森が丸ごと震えるような地響きが低く轟き、鳥が群れを成してばさばさと飛び去っていった。
かと思えば、ある一箇所に向かって風が吹き込み、つむじ風となって荒れ狂う。
その中心からは金属同士がぶつかり合う激しい剣戟の音が響いていた。
村から離れた、森の深部。
二人の男が、出し惜しみせず全力でぶつかっていた。
ネツァワルピリが踏み込み、ガウェインの懐にむかって槍をまっすぐ繰り出す。ガウェインは身体を開くようにしてそれをかわし、軸足を基点にそのまま回転して剣斧を相手の足元に叩き込んだ。が、片足を上げることでそれを回避したネツァワルピリが、突き出していた槍を手前に引くと同時に柄を横にして、石突を脇腹目がけて見舞う。
ガウェインはかわされた剣斧を勢いのまま己の脇に引き寄せ、柄で相手の軌道をずらすようにぶつけた。
重くも鋭い音を上げて互いの得物が衝突する。ぶわりと風が下から吹き上がり、両者の髪を巻き上げた。
距離をとり、再び対峙する。
「…馬鹿力が」
小さく呟くガウェインは、相手の攻撃をやり過ごしただけにも関わらず痺れを残している右の手首を軽く振った。
対するネツァワルピリは兜から鋭い眼光を覗かせ、こちらが構えなおすのを認めてからにっと笑い、槍を大きく振りかぶる。
穂先を真下に向け、叩きつけるように。
はっとしてガウェインは自身の周囲に盾を展開した。
その直後、盛大な破壊音を伴ってネツァワルピリの豪槍が大地を抉り、風の煽りを受けて土塊や岩、石、土煙、砂が一緒くたとなって彼の周囲に高々と撒き散らされる。
凶器と化したそれらが、ガウェインのノブレスにばしばしと勢いよく吹き飛んできて。
とんだ力任せな目眩しもあったもんだと内心苦笑しつつ、この弾幕に乗じて突っ込んでくるであろう筋肉馬鹿を迎え撃とうと、距離を取るべく後方に飛び退いた。背後からくる可能性も考えて警戒していると、不意に足元が揺れて大地に亀裂が走るのが見え、ガウェインはぎょっとした。
先程の地面への刺突でここまで影響が出るのかと、相手の豪胆さに驚きを隠せない。
そしてその一瞬の隙を突き、ネツァワルピリが上から降ってきた。
気がついたときには既に避けられず、苦渋の決断で迎え撃つ。
予想通りの…否、予想を上回る破壊力に、ノブレス越しでも衝撃が凄まじく足が地にめり込む。
一撃の重さに押し潰されそうになりながらも、歯を食いしばってガウェインは剣斧を振り抜き、どうにかネツァワルピリを弾き飛ばした。
相手が体勢を立てなおすのを待たずに足場を蹴り、低い姿勢で肉薄する。手の中でくるりと剣斧を返して、地面に擦れるほどの低さで風を巻き込みながら振るった。
「ぬう…!」
空中で崩れた姿勢。それでも槍の腹でなんとか攻撃を受け止め、こちらの柄に足の裏をかけるネツァワルピリ。
そんな彼ごと、ガウェインは渾身の力で横様に得物を振り切った。押し戻される感覚があったことから、飛ばされる瞬間に力が働く方向に跳躍したようだが、それでもネツァワルピリは吹っ飛び離れた木の幹に激突した。