狂愛
「何故そう思うか、理由を教えてくれ」
炎柱の問いに、上弦の参は機嫌良さそうに鼻を鳴らして答えた。
「刃など叩き割ればいい」
「君、俺の日輪刀を割ることはできなかったじゃないか」
「質問は拳と刃だ。杏寿郎の刃ではない」
「では、君ではない拳と、俺ではない刃ではどうだ?」
「……、……」
上弦の参は虚を突かれたように口を噤み、眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
そのまま草履の裏が地面を擦る複数人の足音だけが、仄暗い空に嫌に響く(一名裸足だが)。少しして、唐突に炎柱がくるりとこちらを振り向いた。
「君たちはどう思う?」
「えっ……と、」
まさか質問が飛んでくるとは思っていなかったが、青い羽織の隊士は慌てて背筋を伸ばして答える。
「刃、だと…思います。再生しない腕なら、斬り落とせます」
「なるほど。君は?」
炎柱はひとつ頷くと、こちらの隣にいた髪の短い隊士に訊ねた。あわあわとそいつも戸惑いつつも、精一杯考えを述べる。
「お、俺は拳だと思います!刃だけを気にすればいいから、身体のどこにでも撃ち込めます!」
「確かにそういう考え方もあるな」
炎柱は楽しそうに目を細めて、自分たちの拙い回答を受け入れてくれる。
答えはなんなのだろう。
やがて、長考の末に上弦の参が口をひらいた。拳一択だろうと思っていたが、その答えは意外なもので。
「わからん。比べられん」
苦虫を噛み潰した顔で吐き捨てるように呟く鬼に、炎柱は大きく頷いた。
「うむ、そういうことだ!強さには様々な形がある。容易に比較することはできないが故に、甲乙をつけてはならない」
「…だったらお前も撤回しろ。最も戦力が低いとか言っただろう」
「む。それもそうか。はっはっは!これは一本取られたな!」
声をあげて炎柱が笑ったところで、鬼の気配を感じて一行は足を止めた。
「…炎柱!」
「うむ。向こうだな」
短いやりとりを経て、気配がある方角に炎柱が走り出す。裾に炎をあしらった白い羽織のあとを追うと、やはりというかなんというか上弦の参もついてきていて。
これはまさか、共闘してくれる流れなのだろうか。鬼が味方となって戦うなど、まったく想像できないが。
ここまで炎柱と心の置けない応酬をしておきながら、まさか土壇場で敵対はしないと思いたい。
「くくく、杏寿郎の声がうるさくて堪らず出てきたか」
「その前に君の殺気に充てられたのだろう!」
軽口を交わし合う二人はなんだか対等の関係に見えて、この先も叶わないであろう柱の隣というその場所が、更に手の届かないものに感じられた。
上弦にでもならなければ柱とは釣り合わないのだろうか。
気配を追って現場に駆けつけると、建ち並ぶ家屋のうち、玄関が蹴倒されたように不自然に内側に崩れている家がひとつ目についた。
鬼の気配はそこから漏れ出ている。続いて、女性の悲鳴が響き渡った。
「君たちは周辺の家から人が出てこないか見ていてくれ!発見次第避難誘導!」
「はいっ」
鋭く、しかししっかり伝わるよう闊達に指示を出し、炎柱は屋内に踏み入っていった。
てっきりその後ろを上弦の鬼もついていくのかと思っていたが、彼は向かいの家の屋根にしゃがみ込んで所在なさげにしている。
だからといって、避難誘導を手伝うわけもないだろう。目的がまったくわからない。
程なくして炎柱が女性と男の子をそれぞれ脇に抱え、男性を背中に引っ掛けて飛び出してきた。
「保護を頼む!」
「っ、はい!」
家から離れた場所に三名を下ろすなり、炎柱は一足飛びに引き返そうとして、何故かその場で抜刀して踏み留まった。
それを視界の端に認めつつ自分たちが三名のもとに辿り着いたとほぼ同時に、例の家から何かが勢いよくこちらに向かって伸ばされてきて。
咄嗟に刀の柄に手をかけたときには、既に炎柱によりそれは斬り落とされていた。
ぼとりと地面に落ちたものは、鬼の左腕。異様に長く、関節を感じさせないそれはまるで鞭のようで。
もし炎柱が屋内に戻っていて、振るわれた腕がこちらに届いていたら、どうなっていただろう。自分たちは、対応できていただろうか。考えて、ぞっとした。
柱の恐ろしいほどの反射神経と対応力に、畏怖のようなものを感じてしまう。
保護対象者を更に離れた物陰に避難させ、三名とも意識を失っているようだが息はあることを確認してから見張りに戻る。
すると家屋の中から、右手首と左上腕半ばから先がない鬼がゆらりと現れた。その後右手は再生され、落とされたばかりの左腕は切断面からぼたぼたと多量の血を滴らせている。身体に対する腕の長さは別段おかしくない。伸縮するのだろう。
鬼は周囲をぐるりと見渡すと、舌打ちして己の後方へと右腕を振りかぶって伸ばす。それは長く長く伸び、十メートル近く離れた建物の屋根を掴んだ。
「ほう、逃げるか」
右手を起点に、鬼が身体を引き寄せてその場を離れようとしたとき。
炎柱の別段焦るわけでもない至って淡白な声がしたかと思うと、次の瞬間には鬼の後ろに炎柱が立っていた。鬼の首と右手がいつの間にか斬り捨てられている。
一拍遅れて熱気がごうっと通り抜けていったが、どう見ても瞬間移動をしたとしか思えない移動速度。目で追うことができなかった。
「は、早い…」
呆気に取られてぼんやりと呟く。
見ているだけで心拍数が上昇し、体温が上がる。熱い。
これが柱だ。憧れてやまない、炎柱。
実力はもちろん、判断が早く、指示は適切でわかりやすい。