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狂愛

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「君は大丈夫なのか?」


食後の下膳が済んだ頃、煉獄がふと猗窩座に訊ねた。
一瞬なんの話かときょとんとした猗窩座だったが、すぐに食事の件かと合点し首肯した。


「お前と会う前には必ず食ってから来るからな。腹は減っていない」


人の記憶を取り戻し、無惨からの支配を抜けてからというもの、猗窩座は人を食うことをやめた。
決して味は良くないが、獣の肉を胃袋に収めることで飢餓状態を回避している。しかし煉獄に会えば無性にその血を求めたくなってしまう為、予め食事を済ませてから来るよう心掛けていた。

煉獄は宿の者が用意した浴衣を腕に引っ掛けて風呂に向かう準備を整え、顎に指をかけて思案げな顔をする。


「動物の肉を食べられるなら、人間と同じ食事を摂ることも可能になるのか?」

「どうだろうな。少し前に逃れ者に血を抜かれたが、血の成分が変化してきているという話だけで、具体的なことは聞いていない。…というか杏寿郎、これは俺のか?」


自然な動作で浴衣と手拭いを差し出され、つい受け取ってしまってから訊くと「そうだが?」と逆に何故そんなことを確認するのかわからないとばかりの反応が返ってきた。
いや、一緒に風呂に行くのか?


「以前、俺は人間の食事をまったく食べることができないという鬼に遭遇したことがある。生理的に受け付けないようだった」

「そういう鬼のほうが多いだろうな」


話しながら廊下に出る煉獄に、猗窩座は気後れしつつ浴衣を持ってついていく。
…ついて行って、いいんだよな?これが正解でいいんだよな?
俺が行かなければ杏寿郎は独り言を言いながら廊下をひとり闊歩することになってしまう。一緒に行こうということであっているんだよな?


「逆に、何故君は獣の肉を食べられる?」


脱衣所に入り、カゴに浴衣をかけて隊服の上を無造作に脱ぎ始める煉獄には迷いがない。
ここは戸惑うべきではないと判断し、猗窩座は観念して裸の付き合いをする覚悟を決めた。


「何故と訊かれてもな…。鍛錬や任務の途中で腹が減って、その辺の熊や猪を食うことなど珍しくもなかった。いちいち人を探すのも面倒だったしな」

「なるほど。君は探しものとやらの関係で、縄張りを持たないんだったか。目的地も山や林か」

「ああ。しかしその山や林の中には武芸に秀でた者が稀にいてな。鍛錬の為か知らんが、そういった奴らは戦ってから食ったぞ」


今思えば、人間を食うのは殺し合いのついでだったような気がする。
特別うまいと思ったこともない。逃れ者からの受け売りだが、人肉よりも獣のほうが栄養価は高いのだという。人を食って力をつける鬼の構造機能は不明だが、腹に入れるだけなら熊で十分だ。強くなりたいなら食に頼らず鍛錬をすれば良いのだから。


「もしや、君は味音痴か?」

「お前に言われるのはなんだか釈然としないが、否定はできん」


安い豚肉や鶏肉も高級な牛肉も、全て等しく美味なものとして食ってしまう男に味音痴と評されることに複雑な気分になるが、そういえばいつだったか童磨に稀血を飲まされたことがあった折、強烈な味と匂いに眩暈を覚えたことを思い出した。
あれがうまかったかどうかは、正直わからない。
肉が溶けて味がよくわからないという杏寿郎と、もしかして俺は大差がないくらい味については無頓着なのかもしれない。

衣服をカゴに入れて手拭いのみとなり、二人は風呂場へと向かった。
他に客はいないようだが、これも人攫いが原因なのだろうか。

そして、この状況になって初めて、杏寿郎がはっとしたように俺を注視してきた。
先行していた杏寿郎が立ち止まって振り返った為、こちらも足を止めざるを得ない。


「…なんだ」


眼帯も外している今の杏寿郎の顔は、傷痕こそないが左目が不自然に窪んでいて目の遣り場に少し困る。
かつて俺が潰したその目は、自分のやるべきことを見据えた意志の強い綺麗なものだった。今やひとつとなったその瞳が全裸の俺を映し出している。


「ああ…いや、」


佇む俺の全身に不自然に目を泳がせ、杏寿郎がらしくもなく顔を伏せたかと思うと、背を向けていそいそと洗い場に逃げていった。
…まさか、今になって恥じらいを?自ら布団を敷いて風呂に誘っておきながら?


「……」


誤魔化すように桶の湯を頭から思いきり被っている白い背中を呆然と眺めていたが、沸々と腹の底から衝動が迫り上がってきて。
猗窩座は無言で煉獄の隣の洗い場に陣取り、湯を被ると黙々と頭や身体を洗いはじめた。
ちらりと探るような横目が向けられるが、今はそれどころではない。

ひと通り洗い終えると、猗窩座は早々に立ち上がり、湯に浸かることもなく踵を返した。


「杏寿郎、先に戻っているぞ」

「え、わ、わかった」


いつでも迷いのない声に動揺の色が混ざるだけで、ひどく胸がざわつく。
杏寿郎を乱したい。全身を巡る欲求を必死に抑えつけ、脱衣所でぞんざいに身体を拭いて浴衣を身に纏うなり、猗窩座はひとり部屋へと足早に引き返した。


作品名:狂愛 作家名:緋鴉