狂愛
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部屋の窓を開け放ち、猗窩座は夜風に当たっていた。
別段湯当たりしたわけでもない。湯に浸かってすらいないのだから当然だが。
鬼の身体は外気温などにあまり影響は受けない。知覚することはできるが、寒さや暑さは感じない。
では何故窓を開けているかというと、目的はひとつ。ムラムラしてしまった気分を落ち着かせるためだった。
窓枠に肘を引っ掛け、下を覗き込む。
すっかり辺りは暗くなり、やはり事件のせいか外を歩く者はいないようだった。まだ寝静まるには早い時分で、くぐもった話し声や笑い声がどこかからか微かに聞こえてくる程度の、心地よい静けさに心が落ち着く。
…まずいな。小腹が空いた。
冷静になったところでふと自覚をしたとき、廊下からこちらに向かって足音が届いてくる。
すらりと襖が開くと、まだ湿っぽい髪の水気を手拭いに吸わせながら煉獄が戻ってきた。手にしていた隊服を部屋の片隅に畳んで置き、居心地悪そうにその場から声をかけてくる。
「君、ろくに温まっていないだろう。大丈夫なのか?」
「問題ない。そもそも風呂など滅多に入らないからな。それより杏寿郎、」
猗窩座は煉獄を呼ぶと、窓をしめて布団の上に胡座をかいて座り、隣の布団を軽く片手で叩いた。
「お前が準備したんだ。覚悟はできているんだろう?」
「い、いや、これは…つい癖で…」
頭に乗せた手拭いの両端を左右それぞれの手で握りしめ、どう切り抜けようかと思考を巡らせている煉獄に猗窩座は質問を重ねる。
「癖?癖とはどういうことだ?お前はいつも誰かと添い寝をしているということか?」
「君には関係ないことだ。誤って敷いたことは謝ろう。俺はこっちの壁際で眠るから、君はそのままの場所でいいだろうか」
「まったく良くないぞ杏寿郎。お前、普段誰と寝ている?」
猗窩座は、こちらにいそいそと歩み寄り、自分の布団を引っ張って移動させようとする煉獄の手首を掴んで詰め寄った。
寝ている、という言葉に煉獄は何かを察したようで、眉根を寄せて猗窩座を半眼で見返す。
「勘違いするな。弟と寝るときはいつもこうしているというだけだ」
「ああ…あのそっくりな弟か」
「そうだ。わかったら離してくれ」
猗窩座の手を振り払い、再び布団を移動させようとする煉獄。屈んだその胸元の袷が緩んでいて、それを認めた瞬間ほとんど無意識に猗窩座は煉獄に飛びかかっていた。
後方に姿勢を崩した煉獄の腹の上に馬乗りになって胸倉を掴み上げるように袷を握り、床に相手の背を押し付ける。手拭いが外れ、若草色の畳に美しい金と赤の髪が散った。
「…なんの真似だ」
突然突き飛ばされた煉獄は、心底嫌そうに目元を歪めて隻眼で睨みあげてくる。
その挑む眼差しに身が震えるような喜びを覚え、猗窩座は自身が高揚していくのを感じながら言う。
「ここまでその気にさせておいて、ひどい男だ。寝床や風呂まで共にしておきながら袖にするのか?」
「それは…っ」
「俺はお前が欲しくて堪らない。いい加減腹を括れ」
煉獄はまだ何か言いたそうにしていたが、袷をぐいと引っ張り、強制的に首を引き寄せて唇を塞いでやった。
頭を振って逃げようとするのを、顎を掴んで阻止すると煉獄の右腕が最小限に振りかぶる様が視界の隅に映って。咄嗟に猗窩座が反対の手の平を自分の脇腹の前に構えると、間髪入れずに拳が飛んできた。
皮膚同士が打ち合う高い音が室内に響く。
こいつ、完全に俺の肋骨をもっていこうとしていたな。
さすが杏寿郎、迷いがない。とんだじゃじゃ馬だ。寝転がっているとは思えない胆力の拳にも恐れ入る。
次いで左手が煉獄の顎を掴むこちらの手首を掴み返してくる。
尋常でない握力。指先に腕の筋繊維を破壊されていく中、猗窩座は舌を煉獄の口腔内に捩じ込んだ。
縮こまっていた相手の舌を擽ってやると、ぴくりと鍛え抜かれた肩が小さく跳ねる。更に深く押し入り、舌を絡ませて何度か吸うと湿った吐息が口唇から溢れた。
「は、…ぁ」
杏寿郎は、口の中が弱い。その中でも一等弱い箇所が、上顎だった。
舌先を尖らせてそこを軽く擦ってやるだけで、明らかに身体の力が抜けて弱々しく逃げを打とうとする。
しかしそんな据え膳を猗窩座が大人しく見逃すはずもなく、上顎に円を描くように舌を動かすと、擽ったいのだろうか、煉獄は悩ましげに眉を潜めて顔を真っ赤にし、熱っぽい呼気を漏らした。
「んぅ…、ッふ」
口の中が気持ちいいという感覚がどういうものなのか猗窩座にはわかりかねたが、ぴくぴくと震えながら目を閉じて呼吸を乱し、必死に甘い声が漏れないよう堪えている煉獄の姿を目にしただけで、腹には劣情がとぐろを巻いていた。
こちらの手首を掴んでいた煉獄の手は縋りついているようでもあり、潰された腕が再生されていく。
「や、めっ…」
舌をきつく吸い上げると背中が反り、唇の裏や上顎をなぞり上げると逆に背中がたわむ。
息継ぎの合間に拒絶を示してくるが、そのすべてに煽られて無自覚に口付けは乱暴なものになり、溢れる唾液を猗窩座はもったいないとばかりに飲み下した。
血でもないのに甘く感じる。
杏寿郎の肌の匂い、吐息、体温、唾液、汗、それら全部が甘い。
ぐちゃぐちゃに暴いて、壊したくなる。
ふと気がつけば、煉獄の拳を受け止めていた手のひらもいつの間にか自由になっていた為、猗窩座は相手の腹の上から身体をずらしてその手を足の付け根に忍ばせた。
際どい箇所を触れられることに対する抵抗が出てくる前に、口腔内をぐちゅぐちゅと水音を立てて犯し相手の意識を逸らしていく。
浴衣の裾を割り、そろりと指先で煉獄の雄の形を確かめると、それは既に十分兆しを見せていて。
自分との口付けだけでこうなったのかと思うと、濁った征服欲のようなものが胸に詰まって息苦しさすら覚えた。
「んん…!」
褌から逸物を取り出し、直接手に収めるとさすがに我に返った様子で煉獄の左手に唐突に握力が戻る。
掴まれた手首からみしみしと骨が軋む音がして、猗窩座は漸く顔を離した。
「っはあ、杏寿郎……」
「ぷはっ…、ぁ、やめ、ろっ」
両者の口元をいやらしく銀糸が繋ぐ。
唇を唾液に濡らし、頬や耳を赤く染めて、潤んだ瞳を反抗的に歪めている。
されるがままに凌辱される非捕食者の立場であるはずなのに、この男はこんなときでも気高く清廉で、強者として芯がぶれない。
ああ…欲しい。
殊更そう感じると同時に、ぞくぞくと悪寒にも似た震えが肌を駆け上がってくる。
その身にかぶりつきたい衝動を押し殺して健気に立ち上がっている雄を扱くと、慌てて煉獄が上体を起こして後方に居ざった。