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想いと誓い

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+++


無限城。

天井から生えた触手のような巨大な腕に頭部を掴まれ、猗窩座は宙に浮いていた。足下にどれだけ目を凝らしても床はなく、暗闇がぽっかりと大きな口を開けて奈落の底へと誘っている。
宙吊りの猗窩座のやや上方。少し離れたなんの支えもない空間に、ひとつの部屋が存在していた。そこにある唯一の椅子に、悠然と腰掛けて足を組んでいるのは鬼舞辻無惨である。


「この世に存在する鬼は、すべて私の作品だ」


無惨は片手に持った書物に視線を落としながら、独り言のように口にする。

猗窩座からの返答はない。
否、返答したくても出来ないのだ。
猗窩座の頭部を鷲掴みにしているその異形の手は、彼の頭部を既に半分以上握り潰している。指先が顎に減り込み、耳も形を成していない。口を開くことも叶わなければ、もしかしたら無惨の声すら届いていないかもしれない。
ぼたぼたとしとどに流れ続ける血液により全身が赤黒く染め上げられ、力なくぶら下がるだけの手足の先からは夥しい量の鮮血が既に下の奈落へと吸い込まれていた。


「猗窩座。貴様は人間の頃から鬼のように大勢を虐殺していた殺人鬼だ。素体としてはかなり優秀だった」


淡々と、まるで本に書いてある文章を読み上げているかのような平板な声で無惨は言う。


「私の支配をどのようにして抜けたのかは知らんが、貴様は消すには惜しい」


ぱらりと、無惨の指先が一枚頁をめくる。


「何より、監視下にないにも関わらずこの無限城の存在を鬼狩りどもに話していないこと。柱に取り入り信頼を得られていること。これらは評価して然るべきだ」


そこまで言うと、無惨は本を閉じて徐に立ち上がり、椅子に置いて猗窩座を見下ろした。
相変わらず頭部は半ば潰れた状態。再生しては破壊されるという終わりのない暴力に、血液はとどまることを知らずに溢れ出ている。

これまで無表情だった無惨が、薄く笑った。


「褒美をくれてやろう」


すい、と無惨が軽く指を振ると天井から異形の腕がもう一本生え、尖らせた先端を猗窩座の心臓部に目がけて突き立てた。衝撃によって身体が慣性に従い揺れるが、抵抗もなくその身はされるがまま。
やがてびくん、と猗窩座の身体が大きく痙攣し、その後も続け様にびくんびくんと跳ねた。


「私の血をふんだんにくれてやる。これで支配が戻れば尚良し。耐えきれずに理性を手放すか、肉体が壊れるかは貴様次第だ」


その声音は愉快だと言わんばかりで、満足そうに無惨の赤い双眸が細くなる。
どれだけの間そうしていたかわからない。しばらくして漸く腕は心臓から離れていったが、猗窩座の痙攣はおさまる気配がなかった。


「ほう。あれだけ注ぎ込まれてもまだ肉体を維持するか。ますます気に入ったぞ、猗窩座」


機嫌良く笑いながら、瞳孔が縦に切れた瞳を大きく見開き、無惨は呪詛のように殊更ゆっくり言葉を紡いだ。


「良いか猗窩座。鬼狩りを殺せ。柱を殺せ。人間を食え。そうすればお前はもっと強くなれる」


それだけ言うと、べん、と弦が弾かれる音を残して無惨がいた部屋が消えた。
同時に猗窩座の頭部を掴んでいた腕も消滅し、支えがなくなった身体が重力のまま無造作に落ちていく。
ひたすら風を切って自由落下をしていくその身体を、横合いから伸びてきた氷の蔓が絡めとった。


「…やれやれ、随分と虐められたものだね。…いや、可愛がられたと言ったほうが正しかろうな」


廊下の端にちょこんと胡座をかいて座っていた童磨の腕に、蔓にぐるぐる巻きにされた猗窩座が運ばれてくる。
繰り返し潰された頭部は再生が終わっていたが、未だ意識はないようで長い睫毛は伏せられたままだ。首から下は猗窩座本人の血でぐっしょりと濡れそぼっていて、彼を抱き留めた童磨の衣服も赤く染まっていく。


「猗窩座殿…」


自身よりもふた回りほど小柄なその身体に表面上の傷はなかったが、首筋や腕などに走る目に見える太い血管は、別の生き物のように時折り蠢いている。
猗窩座という存在が、内側から作り替えられていることを肌で感じる。

童磨の顔は笑顔を象っていたが、今するべき表情はこれではないということだけはわかっていた。わかっていても、どんな顔が正解なのかはわからない。

強さに固執している猗窩座殿が新たに無惨様の血をもらい、力を得られたというのは喜ばしいことのはず。ふた月にも渡る折檻があったとはいえ、鬼の身には別段何が残るわけでもない。
感情が欠落している自分には、こういうときに抱く気持ちがどんなものなのか、想像できなかった。

これまで無惨様から彼の抹殺命令や捕縛命令が出ていたものの、遂行せずに逆に同じ命令を受けた鬼たちを始末していた己の行動原理も、よく分析できていない。
無限城に連れ戻せば血を与えられるだろうという推測は立っていた。そうすれば猗窩座殿は求める強さを手に入れられて、喜んでくれるはずだと思った。
…思ったけれど、何か違うような気もして行動に移すことができなかった。


「琵琶の君ー、俺と猗窩座殿を寺院までお願い」


童磨が顔を上げて声を投げると、いつからいたのか少し離れたところに正座をしていた鳴女が、琵琶をゆったりと構える。


「承知致しました」


べん、と弦が弾かれ、二人は無限城から姿を消した。


+++


「うーむ。ここも違ったか」


煉獄は独りごちると首を傾げ、覗き込んでいた洞窟から頭を引っ込めた。
すぐ後ろを落ちていく滝に当たらないよう身体を捌き、ざあざあと激しい水音に鼓膜を叩かれながら足元の岩場を注意して下っていく。
湿った岩肌で滑らないよう気を配りつつ、草が生い茂る地面に降り立ち、当てがはずれてしまった滝を振り返った。

日中でも太陽の光が届かない山の中。
近くの崖のように切り立った岩に、鍛錬の跡と思しき痕跡もあったことからかなり期待していたのだが…

滝と洞窟や洞穴がある立地というのは、それほど多くはない。
そもそも滝自体の数が限られている上に、鬼であるからには日陰が大前提。そして人が入り込める空間。更には彼のことだ、すぐ近くには鍛錬ができるようなひらけた場所も必要だろう。

任務終わりにしらみ潰しに探してはいるが、それらしい場所はあっても肝心の桃色頭は見当たらなかった。


「……」


宇髄に背を押されてから、またふた月が経過した。
寝倉に潜んでいるだけならとっくに顔を出しに来ているはずだ。

…つまり、彼の身に何かあった。

そう考えるのが妥当だろう。
上弦の参であるあの鬼に『何か』があるとすれば、鬼舞辻無惨に召集されたか、或いは彼より上位の鬼と接触した可能性が非常に高い。


そこまで思考した煉獄は、顔を上げて迷いのない足取りで山を下り始めた。
現在は夕刻。日が落ちる頃には下山できるだろう。


作品名:想いと誓い 作家名:緋鴉