二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

想いと誓い

INDEX|5ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 


不意に、名を呼ばれた気がした。
方向感覚も、肉体の感覚もわからない暗闇の中のことだ。
気のせいだったのかもしれない。

聞き間違えるはずのない、大切な人の声。
……お前は、誰だ?

呑まれそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、懐かしい闘気を手繰り寄せて、光を求めるように感覚のない手を伸ばす。声が聞こえた方へ。

そのとき、


『起きろ、猗窩座!君が負けてどうするッ!』


突然怒鳴りつけられ、真っ黒な泥沼から掬い上げられたかのように五感が急上昇し、視界がひらけた。
目と鼻の先に、金の髪の青年がいて、姿を認識した瞬間どうして今まで忘れることができていたのかと、自分自身に唖然とした。

煉獄杏寿郎だ。
…杏寿郎が、俺の手に触れていた。

しかし、傷つけてしまうことを恐れて、咄嗟に離れる。
少しでも気を抜けばまた身体を奪われると確信があった。


ありったけの集中力を己の内側に向けつつ、伝えなくてはいけないことだけを音にしていく。思うように口が動かず、もどかしい。俺はちゃんと喋ることができていただろうか。
その後、杏寿郎が俺を信じると言ってくれたその言葉を聞き届けて、その場の離脱を第一として今に至る。


ちりちり、とまた手の中で鈴が鳴った。
大丈夫だ。聞こえる。触覚もある。見えている。
この身体は、俺のものだ。

ここまではっきり五感に触れることができているのは、この状態に陥ってから今が初めてだ。
確か童磨は、俺には無惨様の大量の血が注入されたと言っていたか。なるほど確かに腹の底から沸々と湧いてくる高揚感のようなものが、これまでよりも強い。熱く焼け付きそうだ。溢れ出る力を発散したくてうずうずしてくるが、まさかこの程度の衝動に呑まれて俺は童磨や奴の寺院を破壊したのだろうか。

…いや、そんなはずはない。
杏寿郎と相対したときの、あの本能が暴走するような抗いようのない感覚は、こんなものではなかった。

が、先程猪を狩ったとき、支配されたままでは杏寿郎を守れないと強く思い、自分の意思で身体を無理矢理動かした。張り付いた皮膚を力づくで引っ剥がすような強烈な不快感と不安感に襲われたが、呪縛から解放されたとでも言うべきか、比較的自由が効いたのだ。


「あー、いたいた。猗窩座殿!ここにいたのか。随分と探してしまったよ」


本堂の開戸をがらりと開け、童磨がひょっこり顔を出してきた。
別段隠れているつもりはなかったが、奴がこちらを探しているであろうことは知っていた。

あの一件以来こいつには世話になっている。何かにつけて心配そうに追い回してくるのは耐え難いが、今は意識が途切れることも多い為助かっていることを認めざるを得ない。


「さてと。今の猗窩座殿はどの猗窩座殿であろうな?容赦なく殺しにかかってくる猗窩座殿も好きだが、ぼんやりしている猗窩座殿も可愛らしくて実に好みだ」

「…気色の悪いことをぬかすな」

「うふふ。……え、あ、あれ?喋れるのかい…?」


はたと童磨が動きを止めたかと思うと、ものすごい勢いでこちらにすっ飛んできた。
急接近してきた奴の顔面に遠慮なく拳を叩き込んでやる。童磨は避けることもなく、鼻から上を消失しながらもこちらの両肩をがっしと掴んでくる。


「あ、猗窩座殿…!まさか血を克服したのかい!?今の一発は意思のある一発だったようだが…!」


やや芝居がかっているが、本気で驚いているようだ。
まあ、当然だろう。これまでどうにか意識を保てているときも口が上手く回らなかった為、会話らしい会話など出来ずに単語を繋ぎ合わせていただけだったのだから。


「克服したのかはわからん。ただ…、今は身体の自由が効くようだ。すぐにでも貴様を殺してやりたいという衝動は渦巻いているがな」

「そうかそうか、それはめでたいなぁ!俺はあのまま猗窩座殿が殺戮人形になってしまうのかと心配していたんだぜ」

「ふん…。とんだ醜態を晒したな。世話になった」


形だけでも礼を述べる。
童磨の頭部が再生され、虹色の双眸がにこやかに細められた。


「水臭いなぁ、猗窩座殿。俺と貴殿の仲ではないか。…おっと、その心底嫌そうな表情も久しぶりに見る。稀血で祝杯でも上げようか」

「いらん。飯なら済ませた」


肩に置かれた手を適当に払いのけて顔を背けるが、童磨はぐっと顔を寄せて、感情などないくせに嬉しそうに言葉を続ける。


「ならば俺の晩酌に付き合っておくれ。さあ、寺院に戻ろう」


その言葉に、猗窩座は緩くかぶりを振った。


「一人で戻れ」

「おやおや、何を言い出すんだい?今は自由が効くとはいえ、衝動があるということは完全に克服したわけではないはずだ。まあ、猗窩座殿の場合は俺への殺意など日常の一部であろうが」


童磨の言わんとしていることはわかる。
またいつ身体が支配されるかわからないから傍にいてやろう、と。そういうことだ。


「大きなお世話だ。これ以上貴様といたら胡散臭さがうつる」


適当に言い捨てて無造作に立ち上がる。
童磨がのけ反るが構わず、開戸のほうへと足を向けた。

身体はまだ不安定な状態であることに変わりはなく、うまく制御できるかどうかも不明だ。本来ならまだ童磨のもとに身を置いて、経過を観察するべきなのだろう。
しかし、奴の寺院をこれ以上破壊するわけにはいかない。あそこには人間も大勢出入りするのだ。これ以上世話になるだけでなく迷惑までかけてしまうなど、俺が耐えられそうになかった。

それに、杏寿郎が待っている。
さっさとこの得体の知れない力を自分のものにして、あいつを安心させてやらないと。


「どこに行くつもりだい?」

「どこでも良いだろう」

「そうは言ってもなぁ…。猗窩座殿は相変わらず無惨様の支配から外れている。つまり俺とも繋がりが断たれている。何かあっても拾いに行けないではないか」


普段ならここで噛み付いてやるところだが、つい昨日まで実際に何かある度に拾われていた身である為、あまり口答えできないのが痛いところだ。


「俺がどこで野垂れ死のうがお前には関係ない。俺に構うな。」

開戸をあけると、月の光が冷たく全身に降り注いだ。
山の中とはいえ、この廃寺の周囲には背の高い木が少なく、空がひらけてよく見える。どの道朝まではいられない。

背後で童磨が立ち上がる気配がする。
まだ呼び止める気だろうか。そこのところはわからなかったが、相手が何か言う前に猗窩座は顔を半分だけ振り向けて短く言った。

「この数ヶ月、助かった。もう大丈夫だ」


それだけ言い残して、廃寺を後にした。


作品名:想いと誓い 作家名:緋鴉