それも悪くないだろう?
「明日には中央へ?」
「・・・何で知ってんだよ」
「とある情報筋から、ちょっと小耳にね」
涼しい顔でしれっと言い切る上官でもある男に、判ってんならわざわざ聞くなよ、とすげなく返しておいて、エドワードは一つ大きく息を付いた。
「随分、お疲れのようだが」
「うるせーな、アンタみたいにさぼりまくってるワケじゃねーんだよ」
苛々と手にしたコップをあおるその様子をちらりと見下ろすと、ロイは口元に僅かに弧を描いた。
「焦りはミスを呼ぶよ、鋼の」
しかも取り返しの付かないようなのを。
唐突に切り替わった空気に一瞬流されかけ、ただその言葉を拾い上げたエドワードの視線が、幾分きつくなる。
「立ち止まってるヒマはないんだ。…オレたちには」
「無理に走り続けて途中で倒れるのはただのバカのすることだ、と前に君に言った事はなかったかな?」
「――――時間がないんだ。オレも、アルも」
「さて、それはどうだか。余裕がないのは君だけではないかな」
「・・・どういう意味だよ」
「少なくとも弟君は大丈夫のようだと思ったが。肝心の兄の方こそがまだまだかな」
はぁやれやれ、とこれまたわざとらしい大げさな仕草に段々腹が立ってきた。
「ん…だよ、言いたい事があるならさっさと・・・!」
「――――憶えていたよ」
「・・・え?」
「彼は憶えていたよ。村の大半が借り出される夏祭りの事も。その時に聞いた、空に見えた星を繋いだ星座の物語も」
ゆったりとした時間が流れた、故郷の祭りを。
よく憶えている、と言って話してくれた。
「・・・君は思い出さないのかい?」
その程度の余裕もないのか、と。彼は笑わない目の奥、そう言っていた。
今まで向けられたことのなかった目に、とっさに答えられずに黙り込む。
どのくらいそうしていたのか。
「大佐~!そろそろ締めお願いします!」
不意に遠くから割り込んできた声に反応して、目を逸らしたのは彼の方が先で。
残念、とか何とか。ワケのわからない事を呟きながら、男は背を向けた。
「大佐大佐、ほら、いつもの派手な奴をパァ~っと!」
「・・・お前飲みすぎじゃないのか?」
「だってこの後やっとこオフですよ!明日の仕事考えなくて良いって最高で~」
「ああ寄るな酔っ払い!」
大振りな手招きをしながらしぶとく呼んでいた少尉の声には、もう半分出来上がった人間特有の妙な上下がある。
上機嫌に上司を急かす調子を聞きながら、エドワードはゆっくりと力を抜いて詰めていた息を吐き出した。
改めて言われなくても、自分に余裕がないことくらい判ってる。
ここしばらくの空振り続きに、滅入った気分はロー側に最高潮で、弟に心配をかけていたことだって。
だから、今回のこの誘いだって本当のところはありがたかったのだ。
・・・素直にそうと伝えることは出来なくても。
こんな時、自分の余計な捻くれっぷりが恨めしくもあるのだが。(ちなみに素直に礼の一つも言わせてくれない大人げない大人の根性の悪さも恨めしい)
ここの人たちはごく自然に受け入れてくれる。
故郷の皆とは違う、スタンスで。
・・・帰るところを無くすことで、戒めと決意とした身としては、ちょっと複雑なところだが。
パキン、と乾いた音がいやに耳に付く。
「・・・?」
ざわざわとした控えめなどよめきが静かに広がっていくのに、エドワードは顔を上げた。
その鼻先を掠める、微かな光。
ふよん、と頼りない動きで目の前を横切る、光。
「蛍・・・?」
誰かがぽつりともらした呟きが耳に届いたと同時に、ばっと背後を振り返った。
膝をついた男が足下に描いた錬成陣から、次々と現れては不規則な動きで辺りを漂い、闇に融けるように消えていく光。
「派手な打ち上げ花火も良いが、たまにはこんなのも風情があるだろう?」
ただの火の玉だから触るなよ、と現実的な注意も忘れずにしておいて、無数に生み出された焔に照らされた主はゆっくりと顔を上げ、笑みを浮かべた。
作品名:それも悪くないだろう? 作家名:みとなんこ@紺