魔界と妃と天界と・4
頭が回るなんて、よく臆面もなく言えたものだ。
それでいて、自分は力任せだとかほざいてやがった。
その力が無い自分が、どれだけ惨めだったのか。
どんなにあんたが羨ましかったのか。
「ほんっとわかってねえよなぁ、バカ兄貴!!」
お前は隙ができたらそこにつけ込め、無理なら構わん。
そんなふざけた適当な言葉一つで放り投げて、舐めるな!!と。
弟悪魔は、魔力同士がぶつかり合って混じり合い、反発し合い、荒れ狂うその場に飛び込みながら吠える。
静けさを取り戻したその場に、ゆらりと立ち上がる影が一つ。
「……クッ……クハハハハッ!!このクソ野郎がよぉ!!てめえらなんぞにやられる訳ねえだろうがっ!!」
血走った目で。焦げた身体からぶすぶす煙を上げながら。
怨嗟と嘲笑と罵倒を吐き散らし撒き散らす。
「ぐっ……!!このっ……!!」
「チッ……」
兄弟悪魔も満身創痍ながらも立ち上がろうとし。
「無駄なんだよぉ!!てめえらみてえな雑魚がっ!!とっととくたばりなぁ!!」
叫びながら魔力弾を打ち出そうとした瞬間。
「えいっ!!」
気合いの入った、しかし子供らしいその声は、どごず、という凶悪な打撃音と共に、その場に響いた。
マデラス。王妃を殺めた罪人。クリチェフスコイを悲しませ、ラハールを歪ませ、追い詰めて。
一時はラハールを蹴落とし、魔王の座に──
それはもう、過去の事。
──何故そんな回りくどい事をした?
自身が無邪気に笑い、庇護される様なモノではないと解らせる為に。その存在を許されている訳ではない事を、解らせる為に。
一度目は失敗した。
あの魔王の妃の庇護によって。更に、奴を見付けたのが天使だった所為で。
天使に効かないあの呪いは、力を増す条件としての異次元の悪魔共からの指示だったが、まさか奴を初めに迎えに来た者が天使だとは。
ならばと二度目は操り人形に。呪いを改めて掛け直し、あの天使と殺し合わせてそれを楽しむつもりであったのに。
邪魔されたとはいえ、マデラスが自力で呪縛を解くなどとは。
自らの手で始末しなかった理由だと?
奴をただ痛めつけて苦しませて殺すだけなど、己の気が済まない。
周り全てを傷付け破壊し失って、自身の存在を否定した挙句に消滅させる筈だったのに。
……利用されただと?それがどうした!!俺は奴が苦しみもがいて無様に死ねば満足だったんだよ!!
「……などと供述しており」
「いい性格してるわねー。正に悪魔の見本だわ。でもま、相手が悪かったわね」
笑う。嗤う。嘲笑う。
「よりにもよって陛下と王妃の庇護下に置かれてる奴に、あんな小物の悪意が届く訳ないじゃない」
魔王の副官はそう言って、それはそれはとても愉しそうに、そしてどこか誇らしげに微笑んだ。
時間は前後するが、全てが終わった後の話だ。
「ばっかだよなー、ほんと」
「あんな奴の為に無茶してどーすんのさ。バイアスの返り討ち講座、聞いた方がいいんじゃねぇ?」
「身体張る必要なかったろ、あんなのの為に。しかもトドメはマデラスに持ってかれるという間抜けさ!!」
「………うるせー」
「オレはこんな戦い方しかできん」
後ろの方で黒焦げのまま、頭にでかいたんこぶをこしらえてぴくぴくしている復讐に邁進してきた悪魔の成れの果てを省みる者は居らず。
拗ね気味の弟悪魔と開き直って澄ました顔をしている兄悪魔に、教会の子供達はやいのやいの言いながらもお手当てだ。
「………その……いいだろうか……?」
と、声が掛かる。
扉の封印をしようとしていた高官の天使の一人だ。
遠慮がちなその声には怯えと悔恨が含まれていたが、気にする事もなく兄悪魔が応じる。
「……何だ、天使さん。何か用かい」
「………」
だが、言葉は続く事無く俯いてしまう。
その反応に嘆息し、
「……アンタらも結界張って被害軽減してたんだから、疲れてんだろ。早く帰って休みな。魔界じゃ寛げねぇだろ」
「お優しいこって」
「うるせーよ。天使さん達と揉めると妃さんが大変な事になんだろ」
「………まぁ………」
具体的にどうなるかは解らんが、確かに大変な事になりそうだ。不本意ながらも納得し、同意して弟悪魔が口を噤む。
弟悪魔としては天使連中には言いたい事があるのだが、大して気にしていないらしい兄悪魔と子供達がいては分が悪い。自分達が軽傷なのは結界のおかげもあるのだし。
「……君達にはすまない事をした。彼女には……いや、君達の王妃様には及ばないが、癒しの魔法をかけさせてもらえないだろうか」
謝罪と、その申し出に目を瞬かせる弟悪魔。兄悪魔はふむ、と頷き、
「有難いが、いいのか?」
「良いも悪いも無いだろう……。今回の件は、私達にも責任がある……。この程度で償えるとは思っていないが……」
「他の天使達逃げたよね?」
「だせーなー。おっちゃんはまぁ及第点だけど」
「お、おっちゃん……」
子供の言葉に汗を垂らす高官天使だが、勿論誰も気にせずに。
「逃げた連中はラミントンにお仕置きされるだろーけどなー。先生にもフルボッコだろ」
「言葉でな!!」
「せんせーだしなぁ……ラミントンも立場上無理だろーし」
「物理はオレに任せろ」
「兄貴!?」
「手伝うぜ!!」
「オレもオレもー!!」
「顔面パンチかましてやろーぜー!!」
「やめろガキ共!!めんどくせー事になんだろ!!」
「えー」
「えー」
「えー」
「えーじゃねえよ!!三連発やめろ!!」
「いつからツッコミキャラになったんだお前」
「好きで突っ込んでんじゃねーからな!?つーか兄貴も考えて発言しろよ!!」
「めんどくせえ」
「この脳筋がぁぁ!!」
この面子で突っ込み担当になるのはどう足掻いても弟悪魔らしい。フリーダムな連中の中で常識人寄りの誰か一人に負担が集中するのはお約束だ。
そして。
(……あ、悪魔……?)
今まで抱いていたイメージと違いすぎる眼前の悪魔達の遣り取りに、高官の天使は戸惑いながらも癒しの魔法を兄悪魔にかけていた。
天界で魔界との交流に表立って反対する者は、ブルカノだけだった。
彼は裏で同志を募ったりはせずに単独で行動していたので、捕らえられた時にも協力者の存在は見当たらず。
それでも内心で魔界に敵意を持っている天使達はいたらしく。
わかりやすく目立っていたブルカノを囮に、水面下で動いていたのだろう。
とは言っても、魔界を滅ぼすだのといった過激で物騒なものではなく、変化を嫌う保守的な考えからのもので、再び扉を閉ざし、自分達天使だけの楽園を取り戻したいと。
そして選んだ手段が、扉の封印である。
だが。
ブルカノが牢から出され、大天使に連れられて魔界へ行く様になり。
更にブルカノ一人でも魔界へ赴く様になって。
その過程で何があったのか、段々と発言が変化し、魔界や悪魔達に対する態度を軟化させてきているのが見て取れる様になった頃。
ブルカノの変化が焦りを呼んだらしく、封印を強行したのだ。
だがマデラスに復讐する為に力を欲していた悪魔と干渉してきた別次元の別魔界の悪魔の手により、その力が暴走するという事態に陥った、と。
作品名:魔界と妃と天界と・4 作家名:柳野 雫