魔界と妃と天界と・4
別次元に存在する、別魔界。
上位天使や一部の悪魔などにしか知り得なかったその存在が。
普通ならば、交わる事も無かった筈のその存在が。
ここにきて、脅威となる事になった。
──とは言え。
結局その正体は、先代魔王、クリチェフスコイに封印された別魔界の別悪魔。
その封印が破られたのは長い年月によってその効力が弱まったせいであり、更にはそれぞれの欲望を果たす為に封印された悪魔の強力な力を利用しようとした別魔界の別悪魔達の行いのせいであった。
元々ラハール達のいる次元の魔界に侵攻しようとしてきた連中である。
次元を超える術を持つ者も多く、そしてまた、その本性は凶悪であり凶暴。
この魔界の連中はマシな方かよクソが!!などとブルカノが吠えつつ悔し気に地面を叩く程度には最悪だった。
そしてその封印が完全に破られる事になったのは、天使達の抱える不安や恐れ、復讐に燃える悪魔の恨みや憎しみといった負の感情と、それぞれの力を吸収した為だ。それは、次元を強固に繋げる為の道としても作用した。
だがラミントンとバイアスの手により大部分は封印され、表に出たのは本体そのものでも別悪魔達でもなく、僅かに漏れ出た妄執と負の感情の集まりであり、残骸だった。
それはラハール達の手により完全に消滅させられた。
「さて、とどのつまり、ざっくり纏めると」
次元に穴を開け、他の世界をも手中に収めようとした者達は、天界に目を付けた。
現状に不満を持つ者たちを焚き付け、操り、別魔界の住人も手足とし。
逆らう者は殺し、魔界を制圧した後は天界だと。
勿論この魔界の悪魔の手引きもあった。
こちらはマデラスを目の敵とし、奴に報復しようとした者。
奴が一時的に玉座に座った際、恥をかかされた、と。
理由は、それだけだ。だが、その悪魔にとってはそれだけで十分な理由だった。
そして報復のみを目的とし、他の事には目を向けず、その結果、魔界が、天界がどうなろうと知るものかと。
だがそれは、大天使と先代魔王の手により阻まれ。
扉を再び封印しようとしただけなのに。
利用され、その扉は別魔界からの侵攻の為に使われてしまった。
ひび割れた扉の枠、弄られ呪いを掛けられた天使言語、別魔界と繋がれた時空の歪み。
元々何代か前の大天使が作り上げ、天界側からしか開けられなかった扉だ。
封印するのは容易いだろうと、天使達も楽観していたのかもしれない。
時空の歪みを発生させても、そこからこの魔界に攻め込むのは容易ではない。
言葉通り時空が歪んでいるのだ。不安定な空間を道とするのは危険すぎる。
だからこそ扉を侵食し、別魔界と繋げようとしていたのだから。
いつぞやの金で雇われたプリニーも、遥か昔にクリチェフスコイに打ち倒された、別次元に存在する別魔界の悪魔であったりする。
記憶はあやふやだったのだが、次元が歪み、別魔界の悪魔の気配が流れ込んだ事でハッキリと思い出したのだという。
今回のマデラスの見張りに立候補し、そしてフロンにぶっ飛ばされ情報を引き出されたプリニーである。
ラハールとエトナの尋問だか拷問だかでアッサリとこの一件の事を洗いざらいぶちまけたのだから、所詮その程度の恨みだったのだろうが。
「キリキリ働きなさいよー?」
「ぐっ……!!屈辱っス……!!」
今ではエトナにこき使われるプリニー隊の一匹に落ちぶれている。
口では屈辱とか言ってはいるが、エトナに睨まれればヘコヘコしだすのだから、しっかりと管理していけばまたやらかす事もないだろう。
「……まあ、こんな感じですかね」
「では、一件落着という事で。ああ、そういえば、別魔界からの襲撃もあったね」
「天使達が扉の封印を強行した際に発生した次元の亀裂から出てきたアレですね」
「最後の締めとしては少々物足りなかった様だけど……魔王の力を示せた良い場だったね」
「おや、大天使の言葉とは思えませんね」
「ドヤ顔で親馬鹿発揮していたビューティさんもなかなかに威厳はありませんでしたよ」
「おっと、これは手厳しい」
おどけるバイアスと、知己相手に珍しい敬語で揶揄うラミントン。
その様子は遠い地から映像で見ていた二人だ。
結果、それは大分呆気ないものではあったのだが──
別次元の別魔界から満を持して現れたそれは、巨大。
その姿を見た者がまず抱く感想はそれだろう。
魔王城よりも大きな身体、獣の様な造形、そして凶悪にひび割れた様に裂けた口から放たれるのはおぞましくも力強い咆哮。
それは本能に恐怖をもたらす様な、服従を命じる様な、脳髄に、内部の奥深くへと響く様な。
「……ふん」
だが、この魔界の魔王は面白くもなさそうに鼻を鳴らし。
「ラスボスがコレとは……舐められたものだな」
やれやれ、と溜息を一つ。
大天使と先代魔王の封印は既に完了している。
これはただの最後っ屁というか、単なる嫌がらせに過ぎないのだから、脅威になる様なものではない。
確かに普通の悪魔達ならその腕のひと振りで塵芥と化すのだろうが。
「まあ、よかろう。最後なのだから、精々派手に散り、オレ様の下僕共を喜ばせるがいい」
その後は祭りだろう。ただの宴会にしかならないだろうが、皆で騒ぐのもたまには悪くない。
どうせ後片付けが大変なのは確定しているのだし、その前にテンションを上げるのも必要だ。
……落差が酷くなるという現実からは目を逸らしつつ。
「さあ、このラハール様の前に、砕け散るがいい!!」
──その結果は語るまでもないだろう。
ただ、それを目にした者達は。
魔界の王、ラハールへと喝采を上げた事を明記しておく。
そして、バイアスとラミントンもまた、満足気だったのだった。
そうして。
全てが終わったその後で。
「さぁ、びしばしいきますよーっ!!」
気合いの入ったフロンの声が響く。
苦笑する子供達と、溜息を吐くプリニー達と。教会で働く悪魔達も同じ様に苦笑しながら、溜息を吐きながら。
「愛を説いてこその天使が何ですか!!ちゃんとした話し合いも無しに、思い込みと決め付けで行動するなんて浅慮に過ぎます!!」
ひいぃ、と情けない悲鳴を上げるのは天界の高官達だ。
「せんせー、張り切ってるね!!」
「ブルカノ程図太そうでもなさそうだし、またすぐ逃げそうだな」
「先生から逃げられる訳なくね?」
「まー陛下のご命令だ。逃がせんしな」
その言葉通り、これはラハールの決定である。
全てが終わったその後、怯える高官達に剣を突きつけながら。
「……そうだな。ならば、罰を与えるか」
にぃ、と嗤うその表情は、正に魔王のものであったのに。
フロンの授業を受けるがいい、と言って。ぽかんとする彼等に笑うその姿は、ただの悪戯っ子の様だった。
エトナは今日もそこそこ仕事しつつサボリつつ。
「後で街の修復もしないとだしねー……。めんどくさぁ……」
「城はともかく、街の修復は住んでる連中に任せれば負担も軽いだろう。たまには働かせろ」
「はいはーい。それは当然!!あ、プリニー共もシャキシャキ働きなー!!」
「エトナ様相変わらず容赦ねーっス~!!」
作品名:魔界と妃と天界と・4 作家名:柳野 雫