魔界と妃と天界と・4
結果的に影に呑まれた者達は全員戻ってきた。
あの闇は、生命を呑み込み、魂を汚染し、堕とし傀儡にする忌むべきもの。
だが、それに易易と呑まれる程、この魔界にいる者達は弱くなかった。それがプリニーだとしても。
ただ、それだけの事だ。
因みに復讐の果てにボコられた悪魔はぞんざいに牢の中に入れられた。
その内マデラスを伴って、揶揄い、いびり倒してコケにし倒すのだろう。
「クソがっ……!!このまま済むと思うなよ……!!」
そんな事を言ってはいるが、いつまでその威勢が続くかは見物である。
教会にて。
今日も今日とて、子供達はやたらと元気に日々を生き。
「ええいっ!!これだからガキはっ!!零すでないっ、ちゃんと食器を持ってだな……こらっ、持ち方が悪いっ!!」
「重要なのは早く正確に確実に食う事だぜ、ブルカノ!!」
「奪う奴などおらんだろーが!!もう少しゆっくり食え!!」
「ブルカノの分、にーちゃんに持ってかれてたよ?」
「ごらああああ!!」
「早く食わねーと冷めちまうじゃん」
「おのれこの悪魔めえぇぇぇ!!」
弄られつつ、揶揄われつつ、相も変わらず怒鳴りつつ。
「ブルカノー!!こぼしたー!!」
「あああだから言わんこっちゃない!!早く拭かんか!!」
最早日課となりつつある魔界訪問ならぬ教会訪問中のブルカノが、何だかんだと面倒を見ていたりした。
「すっかり馴染みましたね!!」
「毎日の様に来ておるしなぁ……」
「暇人よね~」
その後、教会へと訪れた妃と魔王と腹心の言葉に、慌ててブルカノが言葉を返す。
「し、仕方あるまいっ!!悪魔共が悪さをせん様に監視するのも我等天使の役目なのだからな!!」
「ほほぉ~?」
それにしては、土産などを手にいそいそと来ている様な。
わざわざそれを言葉にはしないが、しかし態度には惜しみなく出す三人。
「ニヤニヤ」
「にやにやー」
「2828」
「きっ、貴様等ぁぁぁ!!?」
上から順に、ラハール、フロン、エトナである。
にやにやしながら口でも言うのがポイントだ。
「ええい何だその反応は!!その人を小馬鹿にした様な顔をやめぬかっ!!」
「一応貴様は天使だろうが。悪人面だが」
「ですよねー。ホント、天使にしとくのが勿体無いわ」
「駄目ですよそんな本当の事言ったら!!気にしてたら可哀相じゃないですか!!」
「きっ、貴様等ァ……!!これだから悪魔共は!!」
「何を騒いでいるんだい、ブルカノ」
「だ、大天使様!!そ、それはこいつらがっ……」
「それにしても微笑ましい光景だったね。ニヤニヤ」
「大天使様ぁぁぁぁぁ!!?」
ラミントンまで加わった。
ブルカノの悲鳴は最高潮だ。
そして、そこにやって来るのはマデラスである。
「ブルカノー、お花世話しにいこー!!」
「何故私が!!」
「お花育てると心がきれいになるってせんせーが言ってた!!」
「貴様ァ!!私の心が汚いとでも言うつもりか!!というか呼び捨てするでない!!」
「じゃあブーちゃん!!」
「だから何でだよ!?」
そんな二人の遣り取りに、その場の面々はやはりにやにやしつつ。
「良いではないか。ブルカノなどという偉そうな名前よりよっぽど親しみやすい呼び方であろう?なぁ、天使長殿?」
「微笑ましいですねぇ♪」
「えっらいデコボココンビねー。でもま、いんじゃない?」
「ニヤニヤ」
「大天使様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
教会に響くのは、叫びと笑いとそれに付随するドタバタ音。
「……相変わらずの様ですな、天使長様達は」
それを耳にしながら苦笑するのは、土産の紅茶の葉を手にした高官の天使だ。
「あれで定着したからな。今更態度を変えられても対応に困る」
土産を受け取りながら苦笑を返すのは兄悪魔だ。
「それにしても大天使様ェ………」
「いつもあんなだぞ。慣れるしかねぇ」
「………善処します」
「おう、頑張れ」
苦々しく、しかしどこか諦めた様に答える高官天使に笑いながら、近くにいたプリニーに紅茶を淹れる様に頼み。
「あんたもあの中入ってくりゃいいさ。慣れるには場数踏むしかねぇ」
「……頑張ります」
糞真面目に、重々しく頷く高官天使に、兄悪魔はまた笑う。
まぁ、そんなこんなで。
魔界と天界の歩み寄りは、何だかんだと着実に、進行している様だった。
ブルカノは己の嘗ての欲望を打ち破り。
マデラスは己の罪も一緒くたに、前進する事を止めようともせず。
フロンは世に蔓延る悪意も敵意も愛で包み込む事を宣言し。
ラハールも内に潜む弱ささえ力に変え、そして彼の周りに居る者達の強さを認め、受け入れて。
そして笑いながら、決して負けないと言い放つ。
エトナはそれを揶揄いながらマイペースに。
ラミントンやバイアスは皆を見守りながら。
日々を過ごしていくのだった。
そして百周年のその日。
「………ふん。全く、堕天使の分際で……」
白を纏った天使を視線の先に、ぶつぶつとぼやくのはブルカノだ。
だが、その傍らではしゃぐ悪魔、マデラスの声に止められた。
「せんせー、きれいだね!!」
「……悪魔がそんなもの、解るのか?」
「わかるよー!!ブーちゃんだって、そう思ってるくせにー!!」
「思っとらん!!」
「えー。ブーちゃん目ぇ腐ってる!!」
「何だとこんガキャア!!……ごほん。……全く、これだから悪魔は……」
「で、ほんとはどー思ったの?」
「ぐぬ……」
逃げるのは不可らしい。
小賢しくなりおって、と内心で舌打ちしつつ、壇上に目を向ける。
魔王と天使の、天界での百周年記念の式。
色々とあったが、この日を迎えられる事は、まぁ、喜ばしい事だとは思う。
未だに魔界と天界の和平などを完全に受け入れた訳ではない。訳ではない、が。
「………まぁ、あの野蛮な魔王の隣に居るのだ。客観的に見て、良く見えるのは道理だろう」
「ブーちゃんめんどくせー!!」
「やかましいわ!!」
もっと素直になればいーのに!!これが私の本心に他ならん!!えー。ないわーマジないわー。どこで覚えたそんな言葉!?エトナ様が!!やはりかあのちっぱい小娘ぇぇ!!なんていう相変わらず騒々しい遣り取りしつつ。
「ふん。……似合いの夫婦である事は、純然たる事実だろうがな」
ぽつりと小さく呟かれたそれに、マデラスは破顔して。
「ブーちゃんマジめんどくせー!!」
「や、やかましいわっ!!」
ぷりぷり怒るブルカノを笑いながら。
壇上で寄り添い微笑う魔王と天使を仰ぎ見て。
(オレ、生きててよかった!!)
死を願われた事を覚えている。過去に何があったのか、何をしてしまったのかはあまり思い出せていないけれど、きっと酷い事をしたのだろう。
それでも、自分の生を喜び、慈しみ、受け入れてくれたひとたちがいる事もまた、知っている。
だから、マデラスはそう思う。
この今をくれたのだろう魔王と天使に。自身の陛下と先生に。
ありったけの感謝と祝福を抱き、送りながら。
マデラスは、楽しそうに、幸せそうに、いつもの様に、笑っていた。
作品名:魔界と妃と天界と・4 作家名:柳野 雫