風の隣
黙り込んでいると、等々力が顔を上げて長い金の睫毛に縁取られた青灰色の瞳をこちらに向ける。
自身の指先の輪郭すら闇に溶け込んで視認できていなかったが、彼の姿は不思議とはっきり見えていた。
「…俺は、死なねえから」
小さな声で。しかしはっきりとそう言うと、等々力は一度瞠目してからすぐに口角を上げる。
「当然だ。鬼國隊の副将は、お前をおいて他にいない」
綺麗に弧を描く唇についたピアスが、月光に優しく輝いた。
薄い唇に視線が吸い寄せられる。
…ああ。塞ぎてえなぁ。
あのピアス、キスしたらやっぱ当たるんだろうな。外してって頼んだら外してくれんのかな。
顔真っ赤にして、目を伏せて恥ずかしそうにしながら外してくれたら最高だ。……違う、俺が外してやりゃいいんだ。
「……」
……うわ、やべ。興奮してきた。勃ちそう。
妄想が捗ってしまい、鳥飼は膝の上で腕を組んで顔を隠すように突っ伏した。今が夜で良かった。
とはいえ、これまで数えきれないほど頭の中でこいつのことは抱いてきた。
今更キスを想像するだけで勃起するなど、思春期の中学生もいいところだと我ながら呆れてしまうが、要はそれほど焦がれているのだ。
「大丈夫か?眠いのか?俺に付き合うことはない、休んでこい」
「…いや、」
……どこまでなら許される?
この関係を壊さないまま、どこまでなら、バレずに近づける?
「ここが一番落ち着くんだわ。…お前の隣が」
地面に尻をついて座り、肩が触れるか触れないかという微妙な距離を保って、ほんの気持ちだけ、等々力のほうに身体を傾ける。
相手がどんな顔をしているか不安で、顔は腕に押し付けたまま。
少しして、小さな吐息が聞こえた。笑ったのだろうか。
直後、無遠慮に肩がぶつかってきて鳥飼は身を固くした。
等々力も膝を立てたまま尻をつけて座り直したようだ。
「お前が疲れている姿はよく目にするが、こうして弱っているのは珍しいな」
「…悪かったな。醜態晒して」
「違うぞ、羽李」
何が違うのかと思考する余裕など、鳥飼にはなかった。
等々力が、肩を組むように腕をこちらにまわしてきたのだ。
顔と顔の距離が一気に近くなり、身体が熱くなる。
次いで、まわされていた手で髪をわしゃわしゃと掻き混ぜられた。
「う、わ、」
「俺は嬉しいんだ」
「な、何がっ…」
好き放題に頭髪を乱されながらも隣を見遣ると、どこか憂い顔で笑う等々力と目があった。
「俺は戦うことしか能がない。お前たちには何もかも頼りきりで、特に羽李には一等迷惑をかけている。」
至近距離でこちらを見つめてくる青灰色の双眸が、柔らかく細められる。
「そんなお前が、鬼國隊を選び続けてくれている。そして弱さを見せてくれる」
「……」
「もっと頼ってくれ。大将として、お前のすべてを受け止める」
「……」
鳥飼はすぐ近くで紡がれる芯のある穏やかな声をすべて呑み込んでから、そっと目を閉じた。
「…俺は別に、鬼國隊を選んでるわけじゃねえよ。」
頭に乗せられていた等々力の手を捕まえて、首元まで引っ張り下ろす。手袋をしていない、白い手。
「ましてや、大将を選んでるわけでもない。」
ゆっくり瞼を押し上げると、真剣な面持ちでこちらの言葉に耳を傾ける等々力がいて。
どことなく覚悟を固めているような、そんな表情を視界に映しながら鳥飼は彼の手を更に引いて、その白い手首にちゅ、と軽い口付けを落とした。
「…お前だよ、颯。俺は、お前を選び続けてるんだ」
「ッ……」
印象的な等々力の目が、驚きに大きく見開かれる。真一文字に唇を引き結び、自身の手首を凝視して固まっていた。
この行為も、俺の発言も、きっと真意はこいつには届いていないのだろう。それで良い。
というかそうでないと困る。つい手というか口というか、衝動が抑えきれずに出てしまったが、これで気色悪がられて距離でもとられたらどうしようか。
いやしかし今のはこいつが悪い。
俺が鬼國隊にいる理由も、副将という立場を請け負っている理由も、すべては等々力颯という個人に入れ込んでいるからだ。
そこのところを履き違えられていたら、あまりにも滑稽すぎる。
まあでも颯だからな。その辺の細かいことなんて言いなおしたところでそうか!の一言で流されてしまうのがオチだろう。
鳥飼は内心自嘲して、相手の手首を解放して相好を崩した。
「なんてな。それより明日、ひと息入れるって言ってたよな。どっか観光とか……え、」
気持ちを切り替えて話題を変えたところで、鳥飼は言葉をぶち切った。
等々力が。
先程の姿勢のまま硬直し、その顔を耳の先まで真っ赤にしていたのだ。
え。まさか意味が通じたのか?
手首へのキスがどういうことかこいつが知っているとも思えないが、この反応は単純にびっくりしたというものではない。
え。え。どうする?
というかもしかして俺たちどうにかなれるのか?いや期待するな。だって颯だぞ?俺の颯だけどみんなの颯だ。どうにかなっちゃ駄目だろうが。
それはそれとして赤面クソ可愛いじゃねえか。こんな至近距離で拝めるなんて俺の人生も捨てたもんじゃ
「…羽李」
「は、はい!」
思わず居住まいを正す鳥飼から、そっと腕を解いて等々力は互いの身体を離し、可哀想なほど赤らめた顔を伏せた。
「気をつけたほうが良い。お前は…色気が…散漫だから」
「………え、……、………え?」



